第34話 襲撃
ミナミの能力は、瞬間移動だった。
と言っても、自在に使えるエネルギーは弱く、小さなものなら1メートル、人間だと数十センチを移動させるので精一杯だった。実戦では、あまり使えない。
しかし。
サチの封印が解けた今、増幅能力を使えば、ワンボックス車ごと数キロメートル瞬間移動させる事も容易な事だった。
あの日、ルキヤの術によって封印を解除したサチは、目覚めた後まるで別人のように顔つきが変貌していた。
以前のような朗らかな笑顔を見せることは全くなくなり、表情は無く目も虚で、ミナミが何を話しかけても返答してくれない。
唯一、ルキヤがサチの耳元で何かを囁くと、わずかに頷いた。
ミナミはサチが心配だった。
しかしルキヤは満足そうで、ミナミが大丈夫か尋ねても「大丈夫。全て思惑通りです。」と言うばかり。
そして、サチの増幅能力の初お披露目が、ミナミによる車ごとの瞬間移動だった。
サチがルキヤに命じられて、ミナミの腕に触れる。その状態でいつものように瞬間移動術を発動させようとしたところ、突然爆発的なオーラの増幅が起きた。
(これが……エンハンサーの力…!!?)
ミナミは信じられない思いのまま、ルキヤ、サチ、ハル、ミナミ、そしてタイチと同じ位の年頃のユウジを乗せた車を、丸ごと瞬間移動させた。
車は、事前にルキヤから指示されていた人気の少ない地点にピンポイントで移動した。
「はぁ、はぁ…」
ミナミが興奮冷めやらぬまま、隣のサチを見ると、
サチは気を失って、座席のシートに倒れ込んでいた。
「さ、サチさんっ…!!?」
慌ててサチを抱き起こすと、ルキヤがぽんとミナミの肩を叩いた。
「大丈夫。……じきに、目を覚まします。寝かせておいてあげましょう。」
「ルキヤ、さん…」
ルキヤはいつになく上機嫌だ。
「全て、リヒト様の仰っていた通りだ。増幅者は、術発動者に触れるだけで自動的に能力をブーストする。そして増幅能力発動後は、一時的に脳の休息を要する。」
ルキヤは、眠っているサチの頬を優しく撫でた。
「それにしても、本当に素晴らしい力だ…。まさに我々の希望の光、救世主。サチが私達と共にいてくれたら、理想郷実現は夢ではない。…」
恍惚とした表情で話すルキヤの顔を、ミナミは不安そうに眺めた。
*****
アザイ家は、サチを再び見失った事で騒然としていた。
サチを乗せた車が突然消失したのは、ほぼ間違いなく能力が関与しているだろう。…そして、車ごと物理的に移動させるエネルギーは、並大抵ではない。相当の手練でも、難しいだろう。
サチの能力が、関与している可能性がある。
「……サチ……」
タケルが絞り出すように呟いた、その時。
本邸別宅の方から、誰かの叫び声が聞こえてきた。
「……っ!!??」
急いで外に出て、別宅の叫び声がした方へ向かうと、
そこには、サチがいた。
サチは、ルキヤに抱き抱えられるように寄りかかって立っている。そして2人の後ろには、サチよりやや背の高い細身の少年と、サチと同じ年頃の女の子、そしてタイチと同じ年頃の男の子が立っていた。
ゲンドウが背後に妻のタマキを庇いながら、距離を取ってサチを見つめている。
「……サ、チ……?」
タケルは言葉を失った。
今まで見た事もない、サチの表情。
あれは本当にサチなのか?…洗脳されている?
「サチ、こちらへ来なさい。…その男は犯罪者だ!」
ゲンドウがオーラを練り上げてルキヤに攻撃をしかけようとすると、
ルキヤがサチを抱き寄せて耳元で何かを囁き、サチは振り返って背後の少年の腕に触れた。
途端に、耳をつんざくような爆音と爆風で、タケルは吹き飛ばされて地面に倒れた。
(何が、起こった…!?)
硝煙が収まり、タケルが周囲の様子を伺うと、
ゲンドウが血だらけで倒れていた。
そのそばでタマキが、呆然としている。
「……な……」
振り返ると、サチが気を失ってルキヤに体を支えられている。
「まさ、か……」
ふと、サチが目を覚ます。
「おや、目覚めが早かったですね。やはりユウジ程度の術の増幅では、そんなに消耗が激しくないようです。」
ルキヤの言葉で、タケルは目の前が真っ暗になった。
間違いない。
サチの封印は解除された。
サチはあの少年の術を増幅させたのだ。
少年の能力は、おそらく、
「爆撃手。」
ハッ、とタケルがルキヤを見た。
「かつて【ゼロ】が全盛期だった頃、テロ活動で大活躍した能力。何の訓練も受けられておらず力が弱いユウジだが、サチの祝福を受けて、彼も強くなれる。」
タケルはユウジと呼ばれた少年を見た。
今起きた事が信じられない様子で、血だらけのゲンドウを見て言葉を失っている。
「はは…サチ、見える?さんざん君のことをいじめ抜いたアザイ家前当主が、あのざまだ。せいせいするね?」
サチの表情は相変わらず欠落したままで、ルキヤの呼びかけにも反応しない。
そこへ、爆音を聞きつけてタイチとサトルが駆けつけてきた。
「お姉ちゃんっ!!!??」
サチを見つけて近づこうとするタイチを、咄嗟にタケルが制した。
「待て…!危険だ!」
「……!!?」
タイチとサトルは、血だらけで倒れているゲンドウを見つけて絶句する。
「…サチのブーストだ。あの少年は爆撃手。下手に近寄るな。」
「なん、で…」
タイチはサチに向かって叫んだ。
「お姉ちゃんっ!!!僕だよ、弟のタイチだよ!!!
ねぇ、どうして…」
「……る、い……」
サチが小声で何かを呟く。
「お姉ちゃ……」
「気持ち悪い。」
サチは吐き捨てるように言い放ち、タイチを睨みつける。
まるで汚い物を見るような冷たい眼差しに、タイチは凍りつく。
堰を切ったように、サチが呪詛のように呟き続ける。
「気持ち悪い。あんた達全員。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。…」
壊れた人形のように繰り返すサチを、ルキヤが抱きしめる。
「ああ、サチ…大丈夫。私がそばにいますから。私が、この一族からあなたを守ります。」
ルキヤはサチの顎を引き上げて、皆に見せつけるように唇を重ねた。
「……っ!!!」
タイチは目の前の光景に、頭を殴られたようなショックを受けた。
サチが抵抗もせずに、ルキヤの口づけを受け入れている。
これが、洗脳なのか。
「……お姉ちゃんに、何をした……」
タイチは怒りで震えながら、何とか声を絞り出した。
「私は、サチを助けてあげただけですよ。」
ルキヤがふっと冷たい笑みを浮かべる。
「あなた方によって、不当に封じ込められてきた能力を、解放してあげたのです。」
「嘘だ……お姉ちゃんを、洗脳したんだろ!!??」
タイチはルキヤを睨みつけた。
「洗脳…?君は何か勘違いしているようですね。
私に洗脳の力はありませんよ。全てはサチ自身が、心の中に既に抱えていた感情です。」
「なん、だと…?」
「おしゃべりはここまでです。ここからは、サチ自身に聞いてみましょう。…ねぇサチ、この人たちをどうしたい?」
「気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。…」
両手で耳を塞いでぶつぶつと呟き続けるサチの頭を、ルキヤが優しく撫でる。
「そうだね。気持ち悪いね。この家の人たち、みんなサチを気持ち悪い目で見てくるね。…サチを傷つけるこの人たち、みんな片付けちゃおうか?」
「……っ!!!」
タケルとタイチ、サトルは身構える。
ブースト攻撃を何とか耐え抜いて、サチが気を失った瞬間に攻撃を仕掛ける。それが作戦だった。
「タイチ、耐え抜けよ。」
サトルがタイチに囁く。
しかし変わり果てたサチの姿を見て、タイチは既に気が狂いそうだった。
『気持ち悪い』
サチの言葉が頭の中でリフレインして、胸を抉る。
「…来るぞ!」
タケルが3人を包み込むように強大なシールドを出現させたのとほぼ同時に、
ルキヤが術を発動した。
一瞬にして、夜が訪れたかのようだった。
ルキヤの術が広大なアザイ家の敷地をすっぽりと包み込み、中の人々を飲み込んだ。
1人、また1人と、アザイ家の人間が精神を支配されて意識を失い、倒れていく。
タケルのシールドに守られた3人も、ルキヤから至近距離だった事が仇になり、ほどなく崩れ落ちた。
やがてすべてが、闇に飲み込まれた。
サチは再び気を失い、ルキヤがその体を抱き止める。
「あは、はは…っ、…サチ、あなたは本当に…、
本物の、救世主だ…!」
想像以上のブーストの威力に、ルキヤが心底愉快そうに、甲高い笑い声を上げる。
その傍で、ミナミとユウジがぎゅっと手を握り合って、震えていた。




