第33話 心の強さ
「サチの居場所が分かった。」
タイチは一瞬息を呑んだ後、すぐに掴みかからん勢いで「僕も連れて行ってくれ」と懇願した。
そこへ、タケルの部下がパタパタと走り寄ってくる。
「どうした?」
「敵に…、動きがあったようです。」
茨城に派遣した偵察部隊によれば、アジトからルキヤとサチを含む数人が出てきて、例のワンボックス車に乗り込んでアジトを離れたらしい。現在後を追跡しているとの事だった。
(こちらが居場所を突き止めた事に、勘づかれたか…?)
タケルはわずかに顔を顰めた。
「父さん…早く、早くお姉ちゃんを助けに行きたい!」
「落ち着け、タイチ。ひとまず最低限、サチの無事は確認できた。奴らがどこに向かっているか分からないが、偵察部隊と合流する準備を整える。ただ、その前に…」
タケルはタイチを連れて、書斎に戻る。
そこにはゲンドウとサトルがいた。
「サチちゃん、見つかったって?」
サトルが尋ねる。
「ああ。…ただ、向こうにも気づかれたかもしれない。ルキヤはサチを連れて、アジトからどこかへ向かっている。」
「でもまぁ、偵察部隊が追跡してくれてるから、ひとまずサチちゃんの居場所を見失うことはないでしょ。あとは助けに行くだけだな。」
「…その前に、みんなに確認しておきたい事がある。増幅者の、奪還法についてだ。」
タイチが、ハッと顔を上げる。
「なん、だって?」
「タイチ…今まで黙っていたが、サチはお母さんと同じ、増幅者だ。ただし、サチが物心つく前に、おじいちゃんと一緒に能力を封じ込めた。」
「……は……?」
タイチは耳を疑った。
隣のサトルを見る。サトルも、知っていたようだ。
…大人たちが隠していたのは、この事だったのか。
「増幅者は、危険な能力だ。敵の手に堕ちれば、こちらは圧倒的不利になる。それに、…増幅能力を使いすぎると、お母さんのように、やがて心が死んでしまう。」
タイチの中で、パズルのピースが次々とはまっていく。
自分が幼い頃に、抜け殻になったユキ。
ユキの能力欄が空欄だった理由。
何かを思い出しかけていたサチ。
ゲンドウが恐れていた能力。
そうか。そういう事だったのか。
お姉ちゃんは……
「…その事をタイチに明かすって事は、もしかして封印が解かれてるかもしれないって思ってるのか?」
サトルがタケルに問いかけた。タケルは頷く。
「確証はない。あの封印は最上級の、不可逆的な術だ。簡単に破られる事はない。…だけど、万が一の、最悪の事態に備えた方がいい。」
増幅者を奪い返す方法。
かつてタケルが、ユキをリヒトから取り戻す為に取った方法。
敵の術が増幅者の能力によってブーストされている間は、まともにやり合っても勝ち目はない。
勝負は、増幅者が精神エネルギーを摩耗して意識を失った瞬間。敵のブーストが終了した瞬間を狙って、一気に畳み掛ける。
「そのためには、まずは相手のブースト攻撃を耐えないとならないって事か。」
タイチは唸った。
「今把握している限り、恐らく敵が仕掛けてくるのは精神攻撃の類だろう。具体的な事は分からないが…サチの様子を考えると、負の感情を植え付けてマインドコントロールする術、のようなものかもしれん。」
ゲンドウが口を開いた。
「…正直、我々アタッカーとの相性は良くない。精神攻撃を受けたら、物理的な力押しでは対応できない。攻撃を受ける前に相手に物理攻撃して術の発動を抑え込むしかない。しかし、増幅者がついているとなると、それも難しい。」
「マインドコントロールされても、誰かが醒ましてくれればいいんでしょ?」
タイチが尋ねる。
「誰か1人でも、マトモな奴が残っていればな。全員一緒に術にかかったら、浮上するのは困難だろう。」
「他に、対抗する方法はないの?」
「精神攻撃に対抗する最強の方法は、強靭な精神力を持つ事だ。」
「……え?」
訝しげなタイチに構わず、ゲンドウは続ける。
「そもそも精神感応能力は、術対象者の精神に働きかけて作用する。その者の精神状態が、術の威力を左右するという事だ。」
なおも納得していない様子のタイチに、タケルが続けた。
「もともと不安が強い人、強い怒りに駆られている人、その他にも精神状態が安定してないと不利って事だよ。……」
タケルは少しだけ思案した後、続けた。
「親父、おじさん、タイチ。聞いてくれ。……おそらく俺は、精神攻撃を受けたら、動けなくなる。」
「……え?」
「俺は……俺の心は、弱い。容易に、飲み込まれてしまうだろう。」
ユキをリヒトに奪われたその時から、タケルの心には常に黒い病巣が巣食い、がん細胞のように増殖を続けていたのだった。
ユキを守れなかった悔恨。
ユキの尊厳を残虐に踏み躙った、リヒトへの怒り。
そして、今後永久に愛する人の笑顔を見る事が叶わないという、絶望。
ユキのために、タケルはこれまで何とか心を奮い立たせてサチとタイチを育ててきた。そしてアザイ家当主として、国家公安警察特殊部隊として、周囲の期待に応え続けてきた。
しかし本当は、心の奥底にマグマのようにドロドロと負の感情を抱え続けていたのだった。
そしてその事を、自分でも自覚していた。
「父さんが……弱い?」
タイチは俄かに信じられなかった。これまでタイチは、父親の事を感情の起伏が少なくて冷静な大人だと思っていた。タケルは自身の内面の脆い部分を、一切子供達に見せないようにしてきたのだった。
はぁー、とゲンドウが大袈裟にため息をついた。
「情けない…。お前は、子供の時からそうだ。当主として、もっと精神を鍛えるべきだった。」
「違う。」
サトルがゲンドウに反論した。
「タケルは弱いんじゃない。……優しすぎるんだ。」
サトルが、ぽつりと呟く。
「お前は弱くなんかない。ユキちゃんが抜け殻になった後、たった1人でたくさんの事を抱えながら、ここまでサチちゃんとタイチを守り続けてきた。本当に弱かったら、お前はとっくに壊れてる。……お前は強いんだ、タケル。」
タケルが、ぼんやりとサトルを見る。サトルはタケルに近づいて、肩を抱き寄せた。
「大丈夫だ。お前が万が一飲み込まれても、俺が絶対助け出してやるから。所詮、精神攻撃だけじゃ即死する事はないし。
…ほら、俺ってこんな感じだしさ?そりゃ今まで色々あったけど、いまは身に余るほどの果報者だし。我ながら、けっこーメンタル強いと思うんだよねー。」
サトルはニヤリと笑みを浮かべる。
サトルは少年期に、母を自死で亡くしている。しかしその傷を埋めて余りある程、ミオリと出会ってから、たくさんの幸せな記憶を築いてきた。
「ゲンドウさんも、全然動じなさそうー。ね、元当主様?」
サトルはニヤニヤしながらゲンドウを見る。ゲンドウはチッと苦々しげに舌打ちした。
「タイチはパパに似て優しいから、おねーちゃんの悪夢見せられて飲み込まれちゃうかもねぇ。そしたらタイチも助けてあげる。」
タイチはむっとしてサトルを睨んだ。
「…僕は、お姉ちゃんのニセモノなんかに騙されない。絶対術にかからない。ぼくがお姉ちゃんを助けるんだ。」
はは、その意気その意気、とサトルはタイチの頭をポンポンとはたく。
「さて、そんな訳で、そろそろ行きますか。お姫様を助けに。」
サトルがソファから立ち上がったのとほぼ同時に、タケルの部下がドアをノックして、慌てた様子で転がり込んできた。
「偵察部隊が…サチさんを乗せた車を、見失いました…!」
「何だと…?なぜだ!?」
「そ、それが……」
部下は息を切らしながら言った。
「突然……目の前で、消えたそうです。」




