第30話 親の心、子知らず
サチが乗り込んだワンボックス車が、茨城で発見された、とタケルに報告が上がる。
ただちに、その周辺の捜索が開始される。これまでのパターンからいけば、【ゼロ】のアジトは一見ただの廃墟のように見える建物の地下に設けられている事が多かった。周辺の廃墟ビルを中心に、徹底的に調べ上げていく。
ユキの夢を見てから、タケルは少し冷静さを取り戻していた。今できる事を、淡々とこなしていく。結局はそれが近道になると、経験上も分かっていた。
『あなたに足りなかったのは、サチとの対話。』
ユキは夢の中で、そう言っていた。
今ならタケルにも分かる。…自分の言動や行動が、サチに不信感を与えたのだ。
タケルの本当の気持ちをサチに隠し続けてきた、そのツケが回ってきたのだった。
サチの能力が顕現したときの事を、タケルは今でも鮮明に覚えている。
あれはサチが6歳になる手前だった。ユキが"抜け殻"になった、少し後。
タイチはまだ2歳だったが、アタッカーの能力が発現し、既にゲンドウの手解きを受け始めていた。
サチはタイチの特訓の様子を、いつも傍から心配そうに見守っていた。時折ゲンドウがエスカレートしてタイチを怒鳴りつける事もあり、サチは心を痛めていたのだった。
そして、あの日。
訓練でゲンドウから一方的に攻撃を受けて大泣きするタイチを見兼ねて、サチが思わずタイチをゲンドウから庇うように抱きしめた。
その時。
タイチのオーラが、一瞬で増幅した。
まだ力のコントロールが利かないタイチから、四方八方に強力なエネルギー弾が矢継ぎ早に放たれる。
『……ぐっ…!!』
ゲンドウがタイチからの攻撃を辛うじて防御するが、タイチ自身パニックになっており、制御不能に陥っていた。
異変に気づき駆けつけたタケルは、咄嗟に叫んだ。
『サチ!!!タイチから離れろっ!!!!』
サチは何が起こっているのか訳が分からないまま、タケルの命令に従ってパッとタイチから離れた。
途端に、タイチからオーラがすっと消える。
そしてサチは、気を失ってその場に倒れた。
ああ……どうして。
タケルは眩暈がした。
サチの能力は、ユキの生き写しだった。
サチの能力を知っているのは、その場に居合わせたゲンドウとタケルだけ。タイチは幼過ぎて、何一つ理解できていないようだった。
ゲンドウは、幼いサチの能力の暴発を恐れて、他の者の目に触れる前にただちに地下牢に入れるよう命じた。タケルは躊躇したが、確かにサチの能力が周囲に漏れると危険だと判断し、しぶしぶゲンドウに従った。
気を失っている間に地下牢に幽閉されたサチは、目を覚まして恐怖で泣き叫んだ。
『いやだ!出して!!お父さん…っ!!』
悲痛な叫びに胸を抉られる。しかしタケルはただ、サチに謝る事しかできなかった。
封印者にも色々と流派があるが、サチの能力の件はアザイ家のトップシークレットで、信頼のおけるアザイ家の息がかかった者を探す必要があった。
アザイ家の遠縁にあたるその人物は、かつてユキの封印用の指輪を作った女性だった。
まだ体が小さくこれから成長するサチには、装飾品による封印ではなく、直接身体に封印の紋様を刻む術の方が確実に封印できると判断した。それも、解除不可能な最上級の術で。タケルとゲンドウは、サチの能力を永久に封印する事にしたのだった。
本人には見えづらいところを選んで、背中に封印の紋を刻む。サチの表情が激痛で歪むのを、タケルは見ていられなかった。そしてサチ自身もこの事を忘れてしまうよう、記憶と共に能力を封印した。
サチの記憶が戻り始めている事に気づいたタケルは、ユキの指輪をサチに着けてもらう事で封印を二重に強化する事にした。本来サチの封印は解除できない術のはずだったが、サチの成長と共にサチ自身の精神エネルギーが大きくなってきたのかもしれない。ユキに事情を説明した上で、「少しだけ、力を貸してほしい」と告げて、ユキの薬指から指輪を抜いたのだった。
タケルが目を閉じると、あの日の地獄の光景が浮かび上がる。
ユキの増幅能力を利用した、史上最大規模の無差別殺人テロ。リヒトによって、平和な昼下がりの官庁街は、一瞬で地獄と化した。目の前で大勢の人々が命を落とし、重傷を負った。
増幅者は、それを所有している側に圧倒的にパワーバランスが傾く。逆に言えば、敵側に奪われた瞬間に、いとも容易く形勢がひっくり返る。
サチには、サチにだけは、ユキと同じ思いをさせたくない。その上、増幅能力を使えば使うだけ、サチの精神は削られていき、やがてユキのように心が死んでしまう。
全ては、サチを守るため、だった。
タケルは、これまでサチを憎いと思った事など、ただの一度も無かった。
ユキが残してくれた、ユキにそっくりな愛娘。
初めてサチに会った時の事も、今でもよく覚えている。まだ1歳くらいだった。
ユキはサチを身籠もってからタケルの元を自ら去り、しばらくハルオミの所に雲隠れをしていた。そこで人知れずサチを出産し、1人でサチを育てていたのだった。
初めて会ったサチは、屈託なくニコニコとタケルに笑いかけてくれた。ユキによく似ていたが、注意深く見ると、髪の色と瞳にリヒトの面影が宿っていた。しかしそれでも、タケルはサチの事を愛しいと思った。そして、この子を生涯をかけて守り抜くと、心に決めた。
それなのに、…今思い浮かぶのは、サチの悲しそうな顔ばかりだった。なぜもっと、サチの側にいてあげなかったのか。本当の事を話せば、サチを苦しめてしまう。タケルはそれが怖くて、逃げてしまったのだ。
いま、どこにいる。
どうか、無事でいてくれ。
タケルは祈り続ける。
ふと、タケルのスマホから通知音が短く鳴る。
スマホを手に取ろうとして、ストラップが目に入った。
『早く早く!こっちだよー!』
あの日、テーマパークで楽しそうに笑うサチの姿を思い出す。
ああ、もっとサチとタイチを、色んな所に連れて行ってあげれば良かった。
後悔はいつだって、後からやって来る。
「待っててくれ……絶対に、助け出すから。」
タケルは自分自身に言い聞かせるように、そう呟いた。
サチの体に異変が起こり始めたのは、その日からだった。




