第28話 あなたの、本当の能力は
サチがアジトにやって来て、3日目。
いまサチは、ミナミやハル、ほかの若いメンバー達と、談笑しながら洗濯物を畳んでいる。
サチが来てから、確実にアジトの雰囲気が明るくなったと、誰もが感じていた。サチの屈託のない明るい性格が、内にそれぞれ闇を抱える組織員たちの心を、ゆっくりと癒していた。
ルキヤは、自分の仲間達がサチを囲んで笑っている様子を、眩しそうに眺めていた。
ああ、サチ。
あなたは本当に…
「ルキヤさん?どうしたんですか?」
サチが顔を上げて、首を傾げる。
ルキヤはにっこりと笑みを浮かべた。
「いいえ。…サチ、もしよかったら、私とも少しおしゃべりしてくれませんか?できれば、2人きりで。」
ルキヤは、自分の私室にサチを招き入れた。
たくさんの書類を詰め込んだ本棚に囲まれて、執務用デスクが1つと、ソファーとテーブル。そして部屋の奥に、ベッドがあった。
促されてソファーに座ったサチは、落ち着かない様子で周りを見回す。その様子を見て、またルキヤがくくく、と笑いを堪える。
「え?…な、なんですか?」
「いえ。相変わらず、あなたには警戒心がないな、と。私の部屋にここまで抵抗なくついてきてくれるとは、思いもしませんでした。」
サチは少しムッとして言った。
「……そもそもここに来た時点で、ある程度の事は覚悟しています。」
ルキヤは目を細める。
「おや?そうですか。どんな事を覚悟していたんですか?」
「う、…具体的には、特に…」
ルキヤはサチの隣に腰を下ろした。…近い。サチは一瞬緊張したが、すぐにふっと力を抜いた。
「でも…、何となくあなたは、私に危害を加えない、気がする。」
「ずいぶんと、信用されたものですね。…状況を考えたら、あなたはもう少し慎重になるべきかと。私が言うのも、何ですが。」
「分かってる…けど、ここの人たちは、みんな悪い人たちじゃないと思う。」
ルキヤは右手でサチの頬に触れた。サチはビクッと震える。
「……あなたのその危うい部分に、あなたの父親と弟がやきもきする気持ちが、今なら私にも理解ります。」
「……え?」
「天性の、人たらし。」
ふっ、とルキヤが笑むのを見て、なぜかサチはどぎまぎする。
「あっという間に、あなたはここの者たちの懐に入り込んだ。あの子達それぞれに傷を抱えているにも関わらず、皆あなたに心を許している。
…本当にあなたは、リヒト様によく似ている。その温かさで、皆を包み込む救世主。」
「い、いや……わたし、そんな大層なモノじゃ……」
サチは戸惑いつつ、ふと、1つどうしても聞きたかった事を思い出した。
「…リヒトって、…お父さんって、どんな人だったんですか?」
それは、アザイ家では、誰も答えてくれなかった問い。
ルキヤは一瞬目を見開いた後、寂しそうに微笑んだ。
「本当に…素晴らしい方でした。」
ルキヤは、リヒトの人となりについて、サチに語って聞かせた。両親を亡くしたルキヤを、優しく受け入れて認めてくれたこと。類稀なるカリスマ性を発揮して、たった1人で若くして組織をまとめ上げ、リーダーにのし上がったこと。能力者としても、組織内で誰もが認める実力者だったこと。冷静に、時に冷徹に、目標への最短距離を見極める鋭い視点を持っていたこと。ルキヤにとってリヒトは、兄であり、父であり、そしてヒーローだった。
ルキヤは、デスクの引き出しから1枚の写真を取り出して、サチに手渡した。
「この方が、リヒト様です。」
サチは写真を覗き込む。
リヒトは赤みがかった髪色と琥珀色の瞳を持ち、どこか異国の血が混じっているように見えた。
ああ、この人が、私の本当の父親なのか。
サチはすんなり腑に落ちた。
自分自身の容姿の随所に、リヒトとの共通点を見出す事ができた。
「リヒトは…そんなにいい人なら、どうしてお母さんを、無理やり妊娠させたりしたの?」
ルキヤは肩をすくめた。
「私がリヒト様から聞いた話によれば、もともとはリヒト様とあなたの母親が想いを寄せ合っていたのに、アザイ家当主が横恋慕した、という事でしたが。」
サチは絶句した。
お父さんが、お母さんをリヒトから奪った?そういえば、2人は同じ孤児院出身だったと、指輪を念視したアラタが言っていた。
…いや、お父さんとお母さんは相思相愛だったはずだ。ミオリやサトルの話からもそれは伺えたし、事実、2人の間にタイチも産まれている。
ただ、サチが物心つく前にユキは抜け殻になってしまったので、実際に2人が愛し合っているところを、サチが直接見た訳ではない。……
サチはかぶりを振った。
ルキヤは目を細めてサチを見る。
「サチ。あなたは本当に、リヒト様に似ている。紛う事なく、私たちの救世主です。
精神的にも、…物理的にも。」
「…え?」
「あなたの本当の能力。それがあれば、世界のパワーバランスが崩れる。…私たちの理想郷が、一歩近づく。」
サチは怪訝そうな表情を浮かべる。
「…いい加減、教えてくれませんか。私の能力について。」
「いいでしょう。…別に、出し惜しんでいた訳ではないのです。あなたが私たちを信用してくれるまで、待っていたのですよ。」
「……?」
「サチ。あなたの身体のどこかに、紋様が刻まれていませんか?」
途端に、サチの脳裏にまたあの光景がフラッシュバックする。
地下牢に、ゲンドウと、タケルと、もう1人知らないひと。
背中に、焼け付く様な痛み。
「…ある。背中に…」
「それはいつ彫られたものか、覚えていますか?」
「ちゃんとは覚えてない。でも…小さい時、おじいちゃんとお父さんと、もう1人誰かいた。」
「サチ。その時に、彼らはあなたの能力を封印したのですよ。」
「……え?」
「ここからは、私の推測になりますが…
あなたの本当の能力はおそらく、あなたのお母様と同じ、
"増幅者"です。」
ルキヤの話は、こうだった。
エンハンサーとは、他者の能力を一時的に増幅させる能力で、あまりにも強大な威力を持ち国家間のパワーバランスにまで影響を及ぼす可能性があるため、その情報は秘匿されがちであった。もともと数が非常に少なく、基本的には非能力者の親から、突然変異で産まれてくると考えられていた。しかし、エンハンサー自身に子供が産まれたケースは、これまでにほとんど報告がない。能力の継承確率についても。
母親のユキは、そのエンハンサーだった。その事自体は、以前アラタが指輪を念視してくれた時に判明していた。でも…
「もしかして…お母さんの心が死んじゃったのって、その能力と関係があるの?」
ルキヤは頷く。
「ええ。…エンハンサーは自身の精神エネルギーを消耗して相手をブーストします。しかし、一定以上精神を消耗すると……あなたのお母様のように、廃人となります。」
そうだったのか。
長い間疑問を抱いていたアザイ家の謎が、一つ解けた。
「じゃあ…じゃあ、私も、いずれお母さんみたいになる?」
「いいえ。あなたは幼い頃に能力を封印されて、これまでほとんど発現していないはずです。ブースト能力をあまり使い過ぎなければ、精神消耗は遅くなるはず。」
「封印を解く事は、できるんですか?」
ルキヤはサチを見た。
「そこなんです。
サチ、できれば、その封印の紋様を私達に直接見せて欲しい。ただそのお願いは、ある程度私たちに信頼関係がないと、聞き入れてもらえないと思いまして。
…無理やりあなたを裸にするような無粋な真似は、したくありませんから。」
サチは、双子の予知夢を思い出した。
『薄暗い場所で男達に取り囲まれて、服を脱がされる。』
なるほど、そう言う事だったのか。
「…ルキヤさんって、紳士なんですね。」
「あなたにそう評価されるのは、大変光栄ですね。」
サチがくすくすと笑う。
「でも、これで分かった。なんでルキヤさんが、こんなに私に拘るのか。私が増幅者だから、なんですね。」
ルキヤはサチの顔をまじまじと見つめる。サチは思わず赤面する。
「断じて言いますが、それだけではありません。…いえ、どちらかといえば、あなたの能力はあくまでも付随事項です。」
「え…?」
「私は、ただあなたを、…愛しているのです。」
ルキヤの瞳に射竦められて、サチは頬を赤らめた。
ふいに、ルキヤの顔がサチに近づいて来る。
あ、と思った瞬間には、もう唇と唇が重なっていた。
サチは目を閉じる。夢の中と、同じ感覚。
「…夢でもそうでしたが、なぜあなたは逃げないのですか?」
口づけを終えた後、ルキヤは心底不思議そうにサチに尋ねた。
「……何で、でしょう。ていうか、ルキヤさんが術をかけて、抵抗しないようにしてるんだと思ってました。」
ルキヤが苦笑いする。
「それこそ無粋ですよ。そんな事はしていない。」
だとすると…サチにも分からない。なぜかサチの体は、自然とルキヤの口づけを受け入れてしまう。
とりあえず、タイチが見たら発狂するだろうな、とサチはぼんやり思った。
「えっと…夢のやつをノーカンとすると、これ一応、私のファーストキスなんですが。」
ルキヤは目を丸くした後に、またくくく、と笑い始めた。サチは茹で蛸のように真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと…!幼気な女の子のファーストキスを奪っておきながら…からかってるんですかっ!」
「くく、すみません…。いえ、サチが可愛らし過ぎて。」
「…な…!?」
ルキヤは、再びサチの頬をそっと撫でる。
「あなたのファーストキスを奪った責任は、これから私の生涯をかけて償いましょう。」
「!!?」
ふっ、と笑みを浮かべた後、ルキヤは続けた。
「ですが、その前に…
まずはあなたの能力を、解放してあげましょう。
…あなたの身体を、見せてもらえますか?」




