第26話 どうして、出て行ってしまったの?
車で3時間弱ほどで、【ゼロ】のアジトに到着した。
そこは外から見ると朽ち果てた廃墟ビルだったが、階段で地下に降りると、不釣り合いな最新のセキュリティシステムの先に、ワンフロアをまるまる改築したと思われる広い部屋が現れた。中央に大きな事務所のような部屋があり、その周囲を恐らくは組織員達の私室が取り囲んでいる。
事務所の一角の会議スペースの椅子に座るよう促されて、サチは周囲を見回しながら腰を下ろす。
「あなたをここにお迎えできて、幸甚の至りです。」
ルキヤは恍惚とした表情で、サチの向かいに座る。
「…聞きたい事が、たくさんあるんだけど。」
「何でもどうぞ。時間はたっぷりありますから。」
そこへ、サチと同じくらいの年齢の女の子が、氷のたっぷり入ったアイスティーを運んできた。
「救世主様、どうぞ。」
「きゅ、きゅうせいしゅ、って…」
サチは面食らいながら、お礼を言ってグラスを受け取り、アイスティーを啜った。
途端に、ルキヤがくくくと笑いを堪える。
「え…!?な、なに?」
「いえ…あなたは本当に、天真爛漫と言いますか。私が言うのもなんですが、もう少し人を疑った方が良いですよ。そのお茶に、何か入っているかもと疑いもしないんですね。」
「えっ!?な、何か入ってるんですか!?」
サチはびっくりして、慌ててグラスの中を覗き込む。
堪え切れずにルキヤが声を上げて笑うのを見て、サチは憮然とした。
「救世主様、何も入っていません。安心して下さい。」
女の子が、まっすぐな瞳でサチに言った。
「あ、ありがとう…」
サチは女の子を見た。黒髪癖っ毛のショートヘアで、サチと同じくらいの背丈の、ごく普通の女の子だ。
「あなた、名前は?」
「わたし、ですか?…ミナミ、です。」
「ミナミね!私はサチ。普通に名前で呼んで欲しいな。よろしくね!」
にこっと笑いかけると、ミナミは赤面して、慌ててぺこりと頭を下げて立ち去った。
「ここにいる者たちは、ミナミのように、多くが10代から20代の若者です。」
ルキヤがミナミの後ろ姿を見送りながら言った。
「11年前リヒト様が亡くなられた時に、まだ幼かった、組織員の子供たちです。いま、10人ほどがここで暮らしています。」
「……あなた達の組織って、一体何なんですか?」
ルキヤはサチに向き直る。
「【ゼロ】。歴史上最も古い反政府組織です。
我々の理念は、一貫して『能力者による国家統治』。
ここにいる者達も皆、何らかの能力を持っています。」
「…どうしてあの子達は、アカデミーに行かないの?」
「アカデミーはアザイ家の息がかかっていますから。…彼らは皆、親が組織員として活動していたので、粛清対象になる事を恐れているんですよ。それで、アカデミーに見つからないように身を潜めている。」
「粛清…対象?」
ふっ、とルキヤが冷笑する。
「今まで表の綺麗な面しか見てこなかったあなたには、俄には信じられないでしょう。でも能力者の中には、歴史上、表舞台に立てずに裏側で搾取される者も多くいた。そしてこの国はこれまで、そういう能力者を簡単に”使い捨て“にしてきたのです。邪魔になれば、情報秘匿の名目の下、秘密裏に始末される。
…そしてその粛清には、これまで一貫してアザイ家の中枢が関わり続けてきた。」
サチは目を見開く。驚いて、声が出ない。
「もちろん現代では、昔ほど大っぴらに粛清が行われる機会は減りました。しかし今でも、あの家の当主には、当局から粛清の権限が暗黙のうちに認められてる。」
あの家の当主。サチはタケルの顔を思い浮かべる。
「…じゃあ、どうしてあなたは、アカデミーに…?」
「私の両親は、厳密には組織員ではありませんでした。私はみなしごだったところを、【ゼロ】に拾われたのです。ですから、組織を憎んでいると一芝居打って、更生の機会を与えて欲しいと訴えたのです。」
「…みなしご…?」
「ええ。4歳の時に、両親を"粛清"されました。」
サチは息を呑む。
「私の両親は、どちらも予知能力者でね。私も能力持ちだったので、【ゼロ】に拾ってもらえた訳です。…そこで、リヒト様と出会った。」
「あなたの能力って、他人の夢に入り込む事?」
「それも能力の一種ですが、それだけではありません。…それについては、おいおい、お教えしましょう。」
そこへ細身の少年がやって来て、ルキヤに耳打ちする。
「タケル・アザイは職権を濫用して、血眼になってここの場所を探してる。…今のとこまだ、見つかってないけど。」
サチはドキッとする。
ああ、今頃お父さん、激怒してるだろうな。…言いつけを守らなかった、私のことを。
「そうですか。また動きがあったら教えて下さい。
…ああ、サチ、紹介しましょう。彼は私の右腕をしてくれている、ハルと言います。」
ハルは、サチに向かってぺこりとお辞儀した。サチより年上なのか少し背が高く、茶色がかった髪の毛は伸びっぱなしなのか肩につきそうな長さで、一見すると女の子にも見えた。
「ハルさん、ですね。サチです。よろしくお願いします。」
サチもぺこりと頭を下げる。
ハルは、毒気を抜かれたような表情でサチを見る。その様子を、ルキヤは目を細めて眺めていた。
*****
タイチは、形振り構わずゲンドウに向かって攻撃を続けた。
タケルから、サチの居場所を探し出すまではその時に備えて待機しろと命じられたタイチは、自らゲンドウに訓練を要請した。タイチが自分から稽古をつけて欲しいと頼んでくるのは、初めての事だった。
自分の失態で姉を奪われた深い悔恨がタイチの胸を抉り続け、目は落ち窪んでいる。サチの事を考え始めると気が狂いそうで、兎に角一心不乱に攻撃を続ける。それでも、頭にはサチの姿が次々と浮かんできてしまう。
あの時、お姉ちゃんは明らかに僕を追い払おうとしていた。僕をラジオ体操に誘った時から、もうここを出ていく事を決めていたのか。
お姉ちゃんの部屋に軟禁されている間、毎晩夢の中で精神攻撃を受けていたのかもしれない、とタケルは言っていた。僕は、四六時中ずっとお姉ちゃんと一緒にいたにも関わらず、お姉ちゃんの苦しみに気づいてあげられなかった。
なんで気づかなかった?
どうしてお姉ちゃんのそばを離れた?
ずっと一緒にいるって、…約束したのに!!!
タイチがオーラを爆発させた衝撃で、どぉんという大きな破壊音と共に、ガラガラと周囲の石塀が崩れていく。タイチの周囲には、かつて無いほど強いオーラが溢れ出ていた。
(こやつめ、とうとう覚醒したな。)
稽古とは名ばかりで、もはやタイチの力はゲンドウとほぼ対等か、凌駕している、と言って良かった。
タケルはまだ9歳。アカデミーに入ったばかりの子供。
末恐ろしい。
ゲンドウは、急激な孫の成長を嬉しく思うと共に、タイチの行く末を思ってゾクッと身震いをした。
一方マサヤの家では、リビングでナホとカホが泣き続けていた。
2人の見た予知夢が現実となってしまった。
ミオリは、2人の背中を宥めるようにさすり続ける。
「サチちゃん…サチちゃん…っ」
「大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて。…いま、当主が全力で動いてるから。ナホとカホは、何か新しい夢を見たら、すぐに知らせて。」
「………」
ナホとカホの予知夢では、連れ去られた後にサチが敵に取り囲まれて服を脱がされていた。その光景に意味を与える事が、恐ろしくて堪らない。…何とかサチを、一刻も早く助け出さなくては。
「お母さん…。サチちゃん、これ、私たちにくれたのに、なんで敵についていっちゃったの…?」
カホが、手首に巻いたミサンガをミオリに見せる。
「私たちのこと、嫌いになっちゃった、の…?」
ミオリは首を振る。
「そんな訳ない。サチちゃんはあなたたちのことが大好きなはず。今は、敵の術にかかって、おかしくなっちゃってるだけよ。」
「サチちゃん、戻ってくるよね?…」
「大丈夫。当主もサトルさんも前当主も、一族総動員で絶対に助けるから。」
ミオリは、自分に言い聞かせるように言った。
その隣で、マサヤはじっと押し黙りながら膝を抱えて座り込んでいた。
本家への出入りを禁止されてから、サチとはメッセージのやり取りしかできなかった。徐々にサチのメッセージが短くなっていき、やがてスタンプだけになり、そして既読スルーになっていく過程に、不吉な予感を抱いていた、のに。自分にも、もっと何かが出来たんじゃないか。マサヤはマサヤで、自分を責め続けていた。
(何とか、無事でいてくれ…)
マサヤは手首に巻いたサチお手製のミサンガを握りしめながら、強く祈った。




