第25話 家出少女
ちゃん ちゃーちゃ ちゃちゃちゃん♪
軽快なピアノ曲に合わせて、サチとタイチは庭で一心不乱にラジオ体操に興じる。
「ふぅー…本気でやると、ラジオ体操も結構汗かくねぇ。っていうか、久しぶりのお日様の日差しが沁みるぜぃ!」
サチは、Tシャツの襟ぐりで額の汗を拭いながら笑う。
「お姉ちゃん…なんで僕まで…」
ややうんざりした表情で、タイチがぼやく。
「いーじゃないの、健全な精神は、健全な肉体に宿る!ってね。タイチも1週間閉じこもりっぱなしだったから、体鈍っちゃってるんじゃない?そんなんじゃ、おじーちゃんにまたシゴかれるよ?」
「僕は、部屋でも毎日ちゃんと日課の筋トレフルセットでこなしてたから。お姉ちゃんより体動かしてるし。」
「それでもさぁ。キミ、9歳の男の子だよ?普通だったら、セミ取りとかで外を駆け回ってる年齢だよ?ちょっととりあえずその辺走ってきたら?」
はぁー、とタイチが大きなため息をついた。
縁側に座りながら、2人で冷たいお茶を飲み、おにぎりを頬張る。
「まぁ、その辺走ってきたら?ってのは冗談として。…実は折り入って、タイチにひとつお願いがあるんだわ。」
「……なに?」
サチは短パンの右ポケットから、ごそごそと何かを取り出した。見ると、手作りのミサンガだった。
「あんたが私の部屋で筋トレに勤しんでる間に、暇つぶしに部屋にある材料で作ったんだけどさ。マサヤと、ナホちゃんカホちゃんにも心配かけちゃっただろうから、お詫びにこれ渡してきて欲しくて。」
「…お姉ちゃん、自分で渡しなよ。」
「んー、でもさ、私はまだしばらくこの家出れないし、マサヤの出禁もまだ解除されたわけじゃないし。タイチも、そろそろマサヤに会いたいんじゃない?」
「…僕は、お姉ちゃんのそばを離れたくない。」
「だーいじょうぶだって!この1週間、なんの動きもなかったでしょ?ナホちゃんカホちゃんの予知夢、外れたんだよ、きっと。ていうか、この家の中にいれば、今日はお父さんもいるし。」
「………」
タイチは、なおも首を縦に振らない。
「実はさ。ミサンガ、お姉ちゃんとタイチの分も作ったの。」
はい、と1つをタイチに手渡す。
「みんなで、お揃いで着けよう?あ、今度マリとアラタにも作ってあげなくちゃなー。」
「…お姉ちゃん、お揃い好きだね?」
タイチは、左腕にミサンガを結びつけながら言った。
「うん。…みんなと一緒だと思うと、なんか心強いから。」
タイチはサチの顔を見た。昨夜ぐっすり眠れたからか、目の下のくまは幾分薄くなっている。部屋の外に出られて、昨日より心なしか少し表情が明るいようにも思う。
「……わかったよ。行ってこればいいんだろ。その代わり、渡したら速攻で帰ってくるからな。」
言いながら、タイチはサチの左手首にもミサンガを結んでやる。
「さっすがタイチ、頼りになるぅ。」
サチはにっこりした。
ほんとに、絶対に家を出るなよ?とサチに何度も念を押して、タイチは1週間ぶりに家を出た。
サチは手を振ってタイチを見送り、家の中を伺う。タケルは、書斎にいるようだった。
「さて、と。」
サチは廊下を迷いなく進んでいき、奥座敷に向かった。
「お母さん、入ります。」
声をかけて、ゆっくり襖を開ける。ユキは、いつもの定位置に座っていた。
サチは襖を閉めて、ユキのそばに座る。
しばらく黙り込んだ後、サチは自分の右手の薬指から、静かに指輪を抜いた。そして、その指輪をユキの左手の薬指にはめる。
「これ、お母さんに、返すね。」
ユキの手を握る。温かい。
「お母さん、ごめんね。
でも、私もう…お父さんの事が分からないんだ。
何が真実なのか、ここの人達に聞いても教えてくれないから、……私、行くね。」
言うなり、サチはそっと立ち上がって、部屋を出る。
このアザイ家で長く暮らす子供達ならよく知っている、敷地内の秘密基地や抜け道の数々。
特にサチは、この本家の内外を、幼い頃から1人で隅々まで何度も探索した。悲しい事があった時に行く、タイチすら知らないサチだけが知っている秘密の隠れ場所もあった。
サチは、裏庭からその抜け道のひとつを通り抜けて、
誰にも気づかれることなく、そっと敷地の外に出た。
果たしてここに、戻ってこれるのだろうか。
これから行く場所で、自分がどうなってしまうのか分からない。
明らかに、危険だと分かってる。罠かもしれない。
…でも、もうお父さんのもとにはいられない。
いたくない。
連日の精神攻撃によって、サチは視野狭窄に陥っていた。
サチは、左手首のミサンガを見る。
本当は、すごく怖い。
でも、…真実を、確かめるために。
敷地を出たその先には、サングラスをかけたあの人が待っている。
ルキヤは口元に笑みを浮かべながら、サチにそっと手を差し伸べる。
サチが少しだけ躊躇した後に、その手を取ると、
ルキヤの仲間達がサチを取り囲んだ。
彼らに促されるままに、サチは近くに停めてあるワンボックス車に乗り込む。
それは、ナホとカホが予知夢で見た光景そのままだった。
*****
「……クソ!!クソッ!!!どうして…っ!!!」
タイチが拳で壁を力任せに何度も殴り、拳からは血が流れていた。
帰宅後にサチがいない事が発覚して、一族総出で敷地内をくまなく捜索したが、どこにも見つからない。
タイチが目を離した時間は、ほんの10分程度。そのわずかな間に、サチは消息を絶った。
タイチは姉から離れた事を、激しく後悔した。何と言われても、そばについているべきだった。できる事なら、時間を巻き戻したい。タイチはじりじりと焼け付くような焦燥感で、息が出来ない程だった。
タケルのもとに、解析班からの報告が入る。敷地周辺の監視カメラの画像に、サチの姿が捉えられていた。それによると、サチはどうやら無理矢理連れ去られたのではない、ようだった。
自ら監視の目を掻い潜って敷地を抜け出し、自ら【ゼロ】の組織員達と共に車に乗り込んだ。それが、解析班の出した結論だった。
タケルは、タイチとゲンドウを呼び寄せて、この1週間のサチの様子について問い詰めた。タイチは、姉が夜眠れていないようだった事、いつも寝不足で目の下にくまを作っていた事を打ち明けた。
タケルの頭の中で、パズルのピースが1つずつはまっていく。
【ゼロ】の手に堕ちる直前のリヒトと同じ表情を見せたサチ。
この1週間は、ずっと寝不足だった。
そして、自身の能力について何かを隠しているルキヤ。
「精神感応…」
ルキヤはただの防御者ではない。…いや、もしかしたらルキヤその人ではないかもしれないが、いずれにしても敵側に精神感応を使える者がいる。それも、カナモトと同程度の。
そいつがサチを追い詰めて、自分から家を出るよう仕向けた。ちょうどリヒトが、カナモトにそうされたように。
タケルは頭を抱えた。ユキが拉致された時のトラウマから、兎に角外部からの侵入を阻止する事に固執してしまった。しかし外側からの攻撃に対する守りをいくら固めても、意味がなかった。サチの内部から、敵が迫っていたのに。サチが人知れず攻撃を受けている間、タケルはサチのそばにいなかった。
「タケル。…分かってるだろうな。
サチの能力を奴らに奪取されたら、終わりだ。」
ゲンドウの言葉で、タケルの脳裏に、
あの日の地獄の光景がフラッシュバックする。
「………っ!!!」
タケルは苛立ったように、拳で力一杯机を叩きつけた。




