第23話 精神攻撃
精神感応。
それが、ルキヤの本当の能力だった。
通常精神感応の能力でよく知られているのは"思考の伝達"だが、ルキヤの場合は珍しい能力で、相手の意識に作用して恐怖や不安などの負の感情を増幅させる術を得意としていた。
もともとアカデミー編入時は、ルキヤはゲンドウにより防御者と判定されており、実際防御者としての教育を受けた。
しかしアカデミー在学中に、ある日何の前触れもなくルキヤの能力は精神感応に形質転換した。形質転換が起きるのは非常に稀なケースで、教員達は誰も気づいていなかった。ルキヤの事を、なかなか芽が出ないディフェンダー、と誰もが思っていた。そしてルキヤ自身も、本当の能力を秘匿したまま、アカデミーを卒業した。
アカデミーを出て、【ゼロ】の再興を目指して活動を始めてみると、過去の【ゼロ】の極秘資料を目にする機会が増えた。その中で、かつてリヒトの前のリーダーだったカナモトも、ルキヤと同じ精神感応の持ち主だった事を知った。
カナモトの残した記録を見ると、カナモトは独自の研究と訓練の末、他人の記憶を操作したり、他人の夢に作用して感情操作を行えるようになっていた。そしてその力を使って、組織員をもコントロールしていた。
ルキヤは、カナモトの文献を寝食を忘れて読み漁り、密かに独学で訓練を開始した。そして独自に術の開発も行った。
難点は、他人の情動操作を行った後はルキヤ自身の精神もかなり消耗するため、半日から1日は眠りについて回復する必要があった。そのため、術の行使は諸刃の剣だった。
さらに、操作対象が遠方であればある程、消耗も激しくなるため、なるべく対象に物理的に近づく必要があった。
それでも、徐々に技の精度が上がっていくと、精神感応はルキヤにとって格好の攻撃手段となっていった。
*****
「あーあ。さすがに、暇ねー。」
サチはタイチに愚痴をこぼした。
サチの部屋での軟禁生活は、6日目に突入していた。
「うちにある漫画はあらかた読み終わっちゃったし。ゲームも飽きたし。ましてや勉強なんて、もってのほかだしぃ。」
ぶーぶーとぶーたれるサチを、タイチは宥めた。
「まぁまぁ。1週間様子を見て動きがなければ、少しずつ軟禁を解除してくれるってじーちゃん言ってたから、きっと明日には久しぶりに外に出れるって。」
「ほんとかなぁ…。」
「さすがに、永久にお姉ちゃんをここに閉じ込めておく事なんてできないんだから。大丈夫、外に出ても、僕がずーっと、そばについてるからね。」
「ハイハイ…」
ふぅ、とため息をついて、ふとサチが黙り込んだ。
タイチはサチの様子を伺う。
相変わらず、目の下にくまができていて、顔色が悪い。
「…お姉ちゃん。また、夜、寝れなかったの?」
「あー、そうそう。昼間部屋にこもってるからなのか、いつも夜途中で目が覚めちゃってね。それでついネットサーフィンしちゃって。お姉ちゃん完全にスマホ中毒だわ。それか、加齢?」
あはは、とサチが力なく笑う。
「…顔色が悪いよ。ねぇお姉ちゃん、お父さんに言った方が、」
「お父さんには、絶対に言わないで。」
サチが、タイチを遮ってぴしゃりと言った。
「…大した事ないから。ただの、寝不足だから。お父さんに、余計な心配かけちゃうでしょ。」
軟禁生活が始まって以降、結局タケルは一度もサチのもとに顔を出さなかった。まるでサチを、避けているように。
タイチはため息をついた。
昼すぎに、タイチのスマホにメッセージが届いた。
アラタからだった。
>なぁ、タイチ。サチ、大丈夫か?
>え?
>マリとも話してたんだけど、最近メッセージの返事が極端に遅くて。それも、スタンプを押すだけで、何も話してくれない。電話にも、出てくれないし。
「………」
タイチは、サチを盗み見た。ベッドの上でうたた寝している。
>最近、夜あんまり眠れてないみたい。でも、僕がいくら聞いても、お姉ちゃんは大丈夫としか言わない。
>そうか…。ずっと部屋に篭っているから、メンタルやられてるんじゃないかと思って、心配してる。
>起きてる間は、僕とは普通に話はする。ただ、父さんの話題を徹底的に避けてる。あと、少しカラ元気みたいにも見える。まぁ状況を考えれば、それは当然だけど。
>でも、タイチとは普通に会話してるんだな。それ聞いて、少し安心した。
>うん。それに、何もなければおそらく明日から、段階的に軟禁を解除してくれることになってる。それで、また夜眠れるようになるといいんだけど。
そうか、とアラタが呟く。
もう、あれから1週間も経つのか、と。
ゲンドウももちろん、サチの表情が冴えない事には気づいていた。ただ、長引く軟禁生活のせいだろうと深く考えていなかった。
サチが毎晩精神攻撃を受けている事など、誰も知らなかった。
もちろん、サチ自身も。
*****
ルキヤは、アザイ家の敷地裏に停めたワンボックス車の中で目を覚ました。ちょうど日が暮れたばかりで、あたりはどんどん暗さを増していた。
「ルキヤ、目が覚めたの?」
ハルが呼びかける。ルキヤは運転席のデジタル表示の時計を見る。
「ああ、もうこんな時間ですか。…やはり、日に日に回復に時間がかかるようになってきましたね。」
「朝から何も食べてない。これ食べて。」
ハルが、コンビニで買ってきたと思われるおにぎりとお茶を差し出す。ルキヤはお茶だけ手にして、中身を一気に飲み干す。
「ハル。分かっていますね。今夜が正念場です。
…サチを、あの鳥籠から解放してあげましょう。」
ハルは、返事の代わりに深く頷いた。
ーーー
寝る時間が近づくにつれて、サチの表情はさらに沈んでいった。
今夜もまた、あの悪夢を見るのか。
サチは、もう寝ること自体が恐怖だった。
「お姉ちゃん。…お姉ちゃんってば。」
サチがぼんやりしていると、布団を敷き終えたタイチが声をかけてきた。
「あ、…ごめん、ぼーっとしてた。どしたの?」
タイチは肩をすくめた。
「お姉ちゃん、明日部屋の外に出ていいって言われたら、何したい?」
「え?うーん、そうだなぁ…」
何だろう。
あれ?わたしって、どんなことを楽しいって思ってたんだっけ。…
最近何だか、自分のことが分からなくなってしまった。
途方に暮れて、サチはぼんやりとタイチを見る。
よく考えたら、元気な盛りの9歳の男の子が1週間も部屋に閉じ籠るのは、きつかっただろう。
でも、タイチは泣き言ひとつ言わずに、サチのそばにい続けてくれた。
「…タイチ。1週間ずっと私と一緒にいてくれて、ありがとね。」
「……え?」
突然姉に感謝の言葉をかけられて、タイチは面食らった。
「タイチって、ほんとに優しい、できた弟だわ。
…私、あんたみたいな弟がいて、本当に良かった。」
「お姉ちゃん…?」
なんでそんな、最後みたいな感じで話すんだ。
お姉ちゃん、やめて。
「…これからもずっと、僕はお姉ちゃんを守る。
だからお姉ちゃん、僕のそばを離れないで。」
サチは一瞬目を見開いた後、タイチに微笑んだ。
そして、目を伏せて呟いた。
「ありがとう…タイチ。」
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同じ頃。
タケルは公安警察内のテロ対策チーム本部にいた。
サチと顔を合わせたのは、地下牢が最後だった。以降、アザイ家は父親のゲンドウに任せて、自身はほとんどこの本部に詰めていた。サチをいつの間にか追い詰めて泣かせていた事を後悔したタケルは、頭を冷やすため敢えてサチから距離を置き、【ゼロ】に関する情報を昼夜なく片っ端から調べ上げた。
そしてタケルは、サチに近づいてきた男の正体を突き止めていた。
ルキヤ・フジモト。
3年前にアカデミーを卒業して、一時官庁勤めをしていたが、能力が一向に花開かず、やがて体調不良を理由に長期休職に入り、それ以降の消息を絶っていた。
ルキヤには親がおらず、物心ついた頃から【ゼロ】で過ごしていた。リヒトが死んで事実上組織が解体された後、幼かったルキヤは能力を見込まれてアカデミーで引き取る事になった。アカデミー編入時、ルキヤは『本当はあそこを早く出たかった』と述べたという記録が残っている。アカデミー在籍中も、一貫して【ゼロ】を忌み嫌っているように振る舞っていたらしい。…しかしそれは、教員を欺くための演技だった。
タケルは、ルキヤのプロフィールの能力の欄に目を移す。
防御者。奇しくも、リヒトと同じ能力だった。
一度だけ、ルキヤと対峙した時の事を思い出す。確かにあの時、タケルやタイチの攻撃を防御していた。ただし技のレベルだけ見れば、リヒトの方が圧倒的に優れたディフェンダーだった。アカデミー時代も卒業してからも、ルキヤの能力は一向に向上する兆しを見せなかったという。
【ゼロ】のリーダー格は、歴代有能な能力者だった。そうでなければ、彼らの掲げる"理想郷"を実現できないからだ。ならば、ルキヤは?
タケルは、違和感を抱く。
ルキヤは、まだ俺たちを欺いている。
奴の、本当の能力は?
タケルはコーヒーを一口啜り、ふぅ、と一息つく。
そこでふと何かを思いつき、デスクの背面の書棚から1冊のファイルを取り出す。【ゼロ】の歴史についてまとめた資料だった。そこに、歴代のリーダーのプロフィールも載っている。
ページをめくり、リヒトの前のリーダーのプロフィールを見つける。
第47代リーダー、カナモト。能力は、精神感応。
他人の記憶を操作したり、他人の夢に作用して情動操作を行う。
そうだった。この男が、幼少期のリヒトの記憶を消したのだ。
リヒトはもともと産まれた時から【ゼロ】で育っていたのだが、ある時記憶を消された状態で、ユキの入所していた孤児院の前に置き去りにされた。そして本人もそれと知らぬまま、スパイとしてアカデミーに編入する事となった。やがてディフェンダーとして成長したリヒトにカナモトが接触して記憶を蘇らせ、何らかの方法でリヒトを追い詰め、アカデミーを離反させた。
タケルは、リヒトが【ゼロ】の手に落ちる直前の様子を思い起こした。…いつも顔色が悪く、目の下にくまを作っていた。まるで、ずっと寝不足が続いているように。あれは、カナモトの術にかかっていたからなのか。
タケルは首を振って、疲労を吹き飛ばすように残りのコーヒーを飲み干した。




