第21話 ホイホイしたのは、年下だけではなかった
その人は、静かに涙を流していた。
ルキヤは、4歳の時に【ゼロ】に保護された。
ルキヤの両親は予知能力者で、その能力を利用して新興宗教を立ち上げ、教祖として非能力者からのお布施で儲けていた。しかし規模を拡大し過ぎてしまい、特殊能力者の存在が世間に露呈しそうになった寸前に、両親は当局に"粛清"された。
その頃の【ゼロ】の内部は、一枚岩ではなかった。
組織のリーダーは、カナモトという長髪の男だった。
ルキヤは当時小さ過ぎて理解できていなかったが、組織内は2大派閥に分かれていた。
カナモトと、もう1人強大な能力を持つ、リヒト。
カナモトはどちらかといえば慎重派で、入念に根回しをした上で行動を起こす事を好んだ。一方歳若いリヒトは、当初はカナモトに賛同していたが、やがて急進派の立場をとるようになった。
【ゼロ】の理念は、『能力者による国家統治』。
1日でも早くその"理想郷"を実現するためには、手段を選ばない。リヒトは急進派勢力を徐々に拡大させ、遂にはクーデターを成し遂げた。たった21歳の若さで、リヒトはテロ組織のリーダーにのし上がったのだ。
組織の中には、俗物的で拝金主義だったルキヤの両親を揶揄する者も多く、中には表立ってルキヤを虐める者もいた。しかしそのような中で、リヒトはルキヤに優しく接した。
『ルキヤ。君は、君の両親を誇りに思っていいんだよ。能力を持つ者が持たざる者から搾取するのは、自然界の摂理だ。何も恥じる事はない。』
ルキヤは、自分の存在を認めてくれるこの若いリーダーに心酔し、やがて崇拝するようになっていった。
リヒトの計画通り、増幅者を利用した官庁街での無差別テロは成功を収めた。そしてこれにより【ゼロ】の力を、非能力者含めたニホン中の国民に広く知らしめる事ができた。増幅者を奪い返されたのは痛手だったが、この無差別テロを皮切りに、【ゼロ】はリヒトの指揮の元全国各地でのテロ活動を一斉に活発化させた。
それは初夏の、よく晴れた日。
9歳になっていたルキヤは、まだ幼いながら信頼されて、リヒトの身の回りの世話を任されていた。
その日もリヒトの私室を訪れたルキヤは、ノックの音に反応を返さないリヒトを不審に思い、そうっとドアを開けた。
リヒトは部屋の中にいた。
ルキヤに背を向けて椅子に座り、天を仰ぐように天井を見つめていた。いつもと、様子が違う。
『リヒト…様?』
ルキヤは、恐る恐るリヒトに近づいていった。
そしてリヒトの表情を伺うと、
リヒトは、天井を見上げながら、静かに涙を流していた。
『リヒト様…どう、したんですか?』
そこで初めてルキヤの存在に気付いたように、リヒトがルキヤに目線を移した。
『どこか…お体の調子が悪いのですか?』
リヒトは首を横に振った。
『……ルキヤ。たった今、僕の血を分けた大切な娘が、この世に産まれたんだ。』
『むすめ…?』
リヒトは頷いた。
『僕は、嬉しくて仕方がないんだよ、ルキヤ。あの子は、やがて僕たちの希望の光になるだろう。…もちろん、君にとっても。』
『希望の、光…』
今でも、ルキヤはあの時の光景をありありと思い出す事ができる。
心から尊敬していたリヒトの血を受け継ぐ、祝福された娘。
我々の、希望の光。
その後リヒトは、タケル・アザイに殺された。
ルキヤは10歳になっていた。もう、色々な事が分かるようになっていた。
【ゼロ】の大人の構成員は皆当局に捕らえられたか寝返ったかのどちらかだったが、ルキヤは子供だったため処罰される事はなく、能力者であったためアカデミーへ編入する事になった。アカデミーでは、ルキヤは模範生として如才なく振る舞い、幼い頃【ゼロ】にいたのは自分の意志ではなかったのだという姿勢を貫いた。そしてなるべく存在感を消して、目立たないようにひっそりと過ごした。
ルキヤのアカデミー最終学年の年に、サチがアカデミーに入学した。2人は会話こそ交わした事はなかったが、ルキヤはサチを遠巻きから見つめ続けた。
"予知能力者"とされていたが、一向に能力が発現する気配がなく、周囲からは落ちこぼれと評されていたサチ。おそらく生い立ちも影響してか、本人の自尊心も低そうだった。しかしルキヤだけは、サチに特別な想いを抱いていた。
大好きだったリヒト、もう2度と会えないリヒトの面影を宿す、希望の光。
サチが無能な訳がない。あり得ない。
リヒトと増幅者の間に産まれた、約束された子供なのだから。
やがてルキヤは、サチの能力に関して、1つの疑念を抱くようになっていった。
一方で、サチのストーキングを密かに続けるうちに、ルキヤはやがて別の感情をサチに抱くようになっていった。
サチの屈託ない笑顔、真っ直ぐな性格は、(本人はまるで気づいていないが)周囲の人を明るく照らす太陽だった。不思議な魅力のある子だ、と思った。心の奥底に闇を抱えていたルキヤも、サチの姿を見るだけで、気持ちが落ち着いていった。
1度だけ、サチと廊下ですれ違った時に、ふと目が合った事がある。
その瞬間、ルキヤは時が止まったように感じた。
リヒトと同じ、琥珀色の瞳。
ルキヤは、不審がられるリスクを忘れて、その瞳に見入ってしまった。
すると。
サチはにこっと微笑み、ぺこりと頭を下げて、ルキヤの横を通り過ぎて行った。
おそらくサチは、上級生に対して挨拶をした、という程度だったのだろう。
しかしルキヤの脳裏には、自分に向けられたその微笑みが、鮮明に焼き付いてしまった。
サチの後ろ姿を見つめながら、ルキヤの胸の内に、急速に恋慕の情が湧き上がってきた。
あの笑顔を、自分にだけ向けて欲しい。
抱きしめて、独り占めしたい。
その時、ルキヤの心が決まった。
サチをアザイ家から救い出して、共に【ゼロ】の再興を目指す。
そして一緒に、リヒトの夢見た"理想郷"を実現させる。
*****
ルキヤと仲間の能力者達は、今夜サチを奪取するための作戦を実行するべく、アザイ家の周囲を包囲していた。しかし、まるでルキヤ達の計画を予知していたかのように、アザイ家の防御者達が敷地全体にシールドによる結界を張っていた。
「おや…アザイ家に予知能力者はいなかったはずですが。誰か、目覚めたのでしょうかね。」
ルキヤが首を捻る。
「ハル、何か視えるか?」
ハルと呼ばれた念視能力者の少年が、閉じていた目を見開いて言った。
「サトル・アザイの双子の娘が、予知能力を発現した。」
「ああ…あの子達が。成程。」
ルキヤはアカデミー卒業後、アカデミー関係者の目をくらませるために半年ほど官庁勤めをしたが、体調不良を理由に休職した(実際にはほとんど辞職だったが)。以降は、密かに仲間を増やしながら【ゼロ】の再興を進めていった。そして、同時にあらゆる方面からアザイ家の内情を探り、監視を続けていた。そのため、アザイ本家および分家の家族構成はすべて熟知していた。
「ハル、サチはどこにいるか分かりますか?」
再びハルが目を閉じる。
「……本家の本邸の、自分の部屋にいる。近くに何人か護衛もいる。当主も本邸で警戒してる。」
ふむ、とルキヤが顎に手を当てる。
「厳戒態勢という訳ですか。当主も必死ですね。
……ただ、守りを固めているのは、外側だけの様ですね。」
ふっ、とルキヤが冷たい笑みを口元に浮かべる。
「では、久しぶりに、私も本気を出しましょうか。
サチ……私の大切なひと。
今、迎えに行きますから。」




