第20話 指輪の記憶
「それで、結局サチパパは心を入れ替えてくれたってワケね。」
サチの部屋に、タイチとマサヤ、ミオリ、そしてマリとアラタが集合していた。
「心を入れ替えたっていうか…やり過ぎって気づいてくれたのかな。結局、自分の部屋からは基本出ちゃダメだし、誰かが部屋に入るのも許可制って事になったんだけど。お父さんなりに、妥協してくれたんだと思う。」
「まぁ、地下牢よりは、この部屋の方がよっぽどマシね。…とりあえず、よかった。」
ミオリがほっとした表情で言った。
「マリとアラタも、せっかく来てくれたのに、巻き込んじゃってごめんなさい。…こんなに、夜遅くなっちゃって…」
「サチはそんな事気にしなくていいから!…って言っても、流石に今からは帰れないから、ウチには泊まってくるって言っちゃったけど…いいかな?」
「もちろん!お父さんにも許可もらった。アラタも、泊まってくでしょ?私の部屋に2人とも泊まるの、さすがに狭いかな?」
「お姉ちゃん!!こいつ男だよ、お姉ちゃんの部屋に泊まるなんてあり得ない!!」
ミオリに負傷した脚を治癒してもらいながら、タイチが苦言を呈する。
「あら、じゃあアラタはタイチの部屋に泊めてあげてくれる?」
「……っ、分かったよ!!そっちの方が、まだマシだ!」
アラタは苦笑する。
「さて、タイチ君の怪我もあらかた治った事だし、双子達を置いて来ちゃったから、私は家に戻るわ。マサヤも帰ろう?」
「…俺も、今日はタイチの部屋に泊まる。」
「…え?」
「俺だけ仲間外れは嫌だ。」
ミオリは目を瞬いた後、笑い始めた。
「マサヤ…あんた、かわいいとこあんのね。
分かった、タイチ君に迷惑にならないよう、朝は早めに帰ってくるのよ。」
ミオリが去った後、皆がぽつりぽつりと、持っている情報を共有し始めた。
タイチとマサヤが書庫で見つけた戸籍謄本の事、アラタに協力してもらってイナバ先生の所に話を聞きに行った事、図書館で調べた事。
リヒトが、タケルとユキ、ミオリの同級生だった事。
アカデミーでテロを起こして、退学になっていた事。
サチは黙って聞いていたが、「ハルオミさんって、私知ってる。」と言った。
「私が産まれたばかりの時、お世話になってたんだって。その頃、お母さんはお父さんとは離れて暮らしてた、らしい。随分前に、ハルオミさん自身から聞いた事ある。」
「そしたら、ハルオミさんはサチ姉が産まれた後、一時的にサチ姉を自分の子供って事にしたのかな?
…でも、何のために?」
それは分からないけど、とサチは首を捻った。
「じゃあ、私からも。…こないだお父さんとタイチと出かけた時に、またあのサングラスの男に会ったの。」
サチが打ち明けると、皆息を呑んだ。
「え…!?何でそんな大事な事、今まで黙ってたの!?」
「ごめんごめん。…ちょっと、自分でも整理しきれなくて。
その時にね、その人が、私の本当のお父さんはリヒトって人だ、って教えてくれたの。…お父さんが、リヒトを殺した、とも言ってた。」
「サチのお父さんが、リヒトを…?」
マリが目を見開いた。
タイチが口を開く。
「でも、言われてみれば、そうか。…父さんは昔からテロ対策チーム所属だ。敵の組織のリーダーを逮捕しようとして、手にかけたとしてもおかしくない。」
「…じゃあ何でお母さんは、リヒトとの間に私を産んだの?お父さんの敵、だったのに?」
その問いに誰も答えられず、沈黙がおりる。
「…ねぇ。私、地下牢に閉じ込められてる時に、
1つ思いついた事があったの。」
サチがアラタの方に向き直る。
「アラタ。…この指輪を、念視できない?」
皆が一斉に、アラタを見る。
「そりゃ…できない事はない、けど。どうして?」
「そうか。その指輪には、母さんの記憶が残ってるかもしれない。それを視てもらうって事か。」
タイチが口を挟んだ。
「そう。お母さんの心が死んじゃってからの記憶は、たぶんあんまりないだろうから。その前の記憶で、何かヒントがないかなって思って。」
「…サチ。もしかしたら、知りたくない事が分かっちゃうかもしれない。それでもいいのか?」
アラタが神妙な面持ちで尋ねる。
「大丈夫。ここまで来たら、どんなビックリ事実が出て来ても、どんと来いだって。…現状で既に、結構重いから。」
あはは、とサチが笑う。
「それに、みんながそばにいてくれるんでしょ。そしたら最強だよ。…私がどうなっても、みんなが助けてくれるから。」
タイチが力強く頷く。
「お姉ちゃんは、僕が絶対に守る。どんな事があっても、お姉ちゃんの事が大好き。」
「はは…ここまで来ると、ほんとタイチのシスコンも清々しいわ。ありがとね。」
サチがおもむろに、右手の薬指から指輪を外して、アラタに手渡した。
「はい。…お願い、します。」
アラタは指輪を右手で握って、ギュッと両目をつぶった。アラタの周囲が、オーラに包まれる。
皆、固唾を飲んでアラタの様子を見守る。
突然、パッとアラタの目が開く。
瞳は、遥か遠くの物を捉えているように、瞳孔が開いている。
30秒程そうしていた後に、アラタは急に我に返ったように、大きく息を吐いた。
「ど、どうだった…?」
サチが、恐る恐る尋ねる。
ふと見ると、
アラタの頬に、一筋の涙が伝っている。
「アラ、タ…?」
アラタは首を振る。
「サチ。…サチのお母さんは、本当に強い人だったんだな。」
アラタは指輪をサチに返した後、念視で視えた残留思念を、ぽつりぽつりと話し始めた。
サチの母親のユキは、増幅者という、非常に珍しい能力者だった。悪用されると危険が伴う影響力の大きい能力のため、アカデミーの卒業名簿に記載が無かったのだった。
ユキとリヒトは、同じ孤児院出身で、同時期にアカデミーに編入した。それで、2人の苗字が同じだった事も説明がついた。
ユキとタケルが婚約し、育ててもらった孤児院に結婚の挨拶に行った時に、リヒトはテロを起こして孤児院を爆破し、混乱に乗じてユキを拉致した。
次に指輪がユキの手に戻った時には、ユキは既にリヒトの子供を妊娠していた。
「……つまり、お母さんは……」
サチの瞳が揺れる。アラタが頷く。
「サチのお父さんと婚約していた時に、…
…拉致されて、リヒトに無理やり妊娠させられたんだ。」
目の前が、真っ暗になる。
サチは、望まれてできた子では、なかった。
足元が、ガラガラと崩れていくような感覚に襲われる。
何故あれほど、タケルがサチを守る事に固執していたのか、今なら分かる。
一度、地獄を見たのだ。
愛する婚約者を奪われて、戻ってきた時には婚約者のお腹に犯罪者の子供が宿っていた。
普通なら、発狂してもおかしくない。
それなのに、タケルはこれまで、
サチの事を本当の娘として、育ててくれたのだ。
黙り込んでしまったサチを見て、アラタが声をかけた。
「サチ…サチのお母さんもお父さんも、本当にサチの事を愛していた、んだと思う。
どうしてお母さんがサチを産む事に決めたのか、
…俺の口からじゃなくて、お父さんからちゃんと聞いた方がいい。」
「……お父さん、から……」
サチは、そのまま考え込んでしまった。




