第14話 本当の父親は
「早く早く!こっちだよー!」
サチが興奮気味に、手招きしながらタケルとタイチを呼ぶ。
3人でのお出かけの場所は、サチの希望で、最近開園したばかりの話題のテーマパークになった。
よく晴れて暑い日だったが、開園時にはすでに長い行列ができていた。
「…それにしても、すごい人数だな…」
額の汗を拭いながら、ややうんざりしたようにタケルが呟く。
「お姉ちゃんの希望じゃなければ、僕もまず一生来ない場所だね。」
タイチも同調する。
「ほらほら2人とも、何そんなに辛気臭い顔してるのー!タイチ、これなんか似合うんじゃない!?」
タイチの頭に、オリジナルキャラクターのカチューシャを載せる。
「ちょっ、お姉ちゃん、僕こういうのは…」
「お姉ちゃんは、タイチと色違いのお揃いにしちゃおっかなー」
「……僕、これにする。」
あっさりと懐柔される弟に、サチはニッコリする。
「お父さんは?何か着ける?」
「ええ?俺も?」
「このサングラスとかいいんじゃない?大人っぽいし」
「…それ、今日以外に使う機会、絶対ないやつだな…」
いいじゃんいいじゃんー!折角なんだし!とはしゃぐサチの提案を、タケルは強く拒否する事ができなかった。
タケルとタイチは、人目を引く整った顔立ちのよく似た親子だった。人混みで2人を引き連れていると、周囲の女性陣の熱い視線が自然と集まってくる。
サチは普段見慣れてしまっているが、改めてこの2人はかっこいい部類なんだなぁと認識させられる。
私は、周囲にどう思われてるんだろう。
2人と全然似ていない、平凡な私。
「サチ?どうした?」
急に黙り込んだサチを、タケルが振り返る。
「あ…ううん。何でもない。」
「今日暑いから、熱中症気をつけろよ。飲み物買ってくるか?何がいい?」
「あ、いや…お茶持ってるから、大丈夫。」
「お姉ちゃん、冷たい飲み物の方がいいよ。アイスも買ってこようか。」
ただかっこいいだけじゃなくて、2人ともサチをとことん甘やかしてくるから、サチはますますいたたまれなくなる。
『あんたのパパ、サチにサチママを重ねてるんじゃない?』
ふと、マリの言葉を思い出す。
サチは右手の薬指に嵌められた指輪を見た。
この指輪は、お母さんの指輪そのものだった。
お父さんがお母さんの指から外して、そのまま私に贈ったのだ。
……どうして?
この指輪は、ずっとお母さんの結婚指輪だと思ってた。そういえば、お父さんは指輪をしていないけど。
サチはタケルを見た。
(お父さんが何を考えているのか…わからない。)
言いようのない、漠然とした不安。
直接本人に指輪の事を聞けばいいのだが、デリケートな話題過ぎて、サチはなかなか切り出せなかった。
「…サチ、やっぱり具合悪いか?ちょっと涼しい所で休もう。」
タケルが心配そうに、サチの顔を覗き込む。
「あ、や、ほんとに大丈夫!!どのアトラクションから攻めるかなーって悩んでただけ!!」
(だめだだめだ、今日はせっかく遊びに来てるんだから!自分こそ辛気臭い顔してちゃだめじゃん!)
サチは気を取り直して、スマホのアプリで園内マップを開いた。
*****
同じ頃。
マサヤはアラタと一緒に、アカデミーに来ていた。
"リヒト"の手がかりがアカデミーにあるかもしれないと思いついたものの、タイチはサチを監視しなければならないので、アカデミーまで遠出するのは難しい。
そこでタイチと相談して、サチ達がテーマパークに出かけている間にマサヤがアカデミーで調査を進める、という作戦になったのだった。
マサヤ1人で行ってもいいが、事情を知っているアラタにも応援を頼む事にした。
「今日は、一緒に来て下さってありがとうございます。」
「いいよ、どうせ暇してたし。…サチの事、気にもなってたし。」
マサヤはアラタに、これまで分かった事と自分の推理を話した。
「…【ゼロ】?」
アラタは呟く。
「はい。…アラタさん、知ってますか?」
「知ってる、というか…。ちょっと、ついてきて。」
アラタは、校舎の方に向かって歩き始めた。
校舎裏の一角に、ひっそりとその石碑はあった。
石碑には、こう刻まれていた。
慰霊
xxxx年x月x日
アキラ・ツキシマ
セイジ・サカマキ
【ゼロ】と勇敢に戦い、ここに殉職す
「……これ……」
「18年前の、テロ事件だよ。…このアカデミーが標的になったんだ。」
「なんで、アカデミーが…」
「…狙いはゲンドウ校長だった、らしい。ここに書かれてる2人は、アカデミーの教員だった。…ツキシマ先生は、俺と同じ念視能力者だったって聞いてる。」
マサヤは、【ゼロ】という言葉をどこかで聞いた事があったとは思っていた。おそらく、校内のところどころにこのようなテロの記録が残されていて、無意識のうちに目に入っていたのだろう。
マサヤは、刻まれている日付を見る。
頭の中で、素早く計算する。
「…タイチのお父さんが、アカデミーにいた時?」
何となく、嫌な予感がする。
2人で図書館へ向かう。
目当ての卒業生名簿は、1番奥の書棚の1番上の段で、埃をかぶっていた。
お互い、一言も発さずに、慎重に1ページずつめくっていく。
やがて、目的の人物の名前が掲載されたページに行き当たる。
その学年の卒業名簿に、2人は絶句した。
そのページには、こう書かれていた。
第109回卒業生
タケル・アザイ
能力: 攻撃者
ミオリ・ムトウ
能力: 治癒者
ユキ・ミタライ
能力:
リヒト・ミタライ(第8学年時に退学)
能力: 防御者
*****
「はぁー、楽しかったね!!」
ニコニコと満足そうな様子のサチの隣で、タイチが青白い顔をしている。
「……き、きもちわるい……」
「ええ!?タイチ、大丈夫?
あんた、絶叫系苦手だったんだねぇ…。」
「大丈夫か?どっかで休むか?」
「うう…情けない…。ごめん。」
タケルとサチは顔を見合わせて、あははと笑い始めた。
「…え、何で笑うの…」
「あは、ごめんっ、
いや、あんたがそんな情けなさそうな感じなのって珍しくて…。かわいいなって思って」
「………」
憮然とするタイチに、サチは話し続けた。
「もうすぐ夕方のパレードだし、どこかに場所取りしてそこで休もうか。タイチ、座って場所取りしててもらえる?お父さんと私で、何か食べ物買ってくるよー」
「うう…分かった。」
タイチに場所取りを任せて、サチとタケルはフードスタンドに向かう。
「タイチ、絶叫系苦手なんて知らなかったなー、意外な一面。」
サチがくすくすと思い出し笑いをしながら、同意を求めるようにタケルを見上げる。
今日サチは、タイチにプレゼントしてもらった水色のワンピースを着ている。タケルは、眩しそうにサチを見た。
「…お父さん?」
「あ、いや…。
…サチは、本当にユキに似てきたな、と思って。」
サチは一瞬ドキッとしたが、表情に出さないように努める。
「…お母さんとも、たくさんお出かけしたの?」
「そう、だな。ユキも、今のサチみたいに、…楽しそうに笑ってた。」
「………」
サチは指輪の事を聞きたかったが、なかなか切り出す事ができず、黙り込んでしまった。
気まずい沈黙を打破するように、「私あっちでポップコーン買ってくる!」と告げて、サチはタケルのそばを離れた。
ポップコーンのスタンドに向かう途中、パレードが始まって、明るい音楽と共にフロートが流れてくる。
(あちゃー、始まっちゃった。早く買って戻らなきゃ。)
サチがスタンドのレジ列の1番後ろに並びかけた、その時。
突然、誰かに右腕を強く掴まれた。
「……っ!?」
驚いて振り返ると、
あの夜と同じ、サングラスの男だった。
「……あ、なた…、こないだの…っ」
サチが掴まれた腕を解こうとするが、力が強くて振り払えない。
「こんばんは、サチさん。…また、お会いできましたね。」
男が、サチの耳元で囁く。
周囲の楽しそうな歓声とは場違いな、冷たい空気が流れる。
サチは周囲を見回す。
タケルに、助けを求めないと…
「サチさん。…怖がらなくても大丈夫。
今日は、何にもしませんよ。」
「……え?」
「気になっているんでしょう。先日、私が残した言葉の意味を。」
『あなたは私達の救世主。リヒト様の、忘れ形見。』
「………」
サチは黙り込む。
男は微笑んで、またサチの耳元に口を寄せる。
「あなたも、もう薄々、気づいているんでしょう?」
「……な、にを……」
「あなたの父親は、タケル・アザイではない。」
ヒュッ、とサチが息を呑む。
「あなたの本当の父親は、リヒト様。
…タケル・アザイに殺された。」
サチは、時間が止まった様に感じた。
パレードのBGMが、周囲の喧騒が、まるで遠い世界の出来事に思える。
どれくらい、そこに立ち尽くしていたのだろうか。
気がつくと、男は既に姿を消していた。
分かっていた。
自分だけが、あの家で違っていると。
自分に向けられる、アザイ家の人間の冷たい視線。
自分だけ、いつまでも発現しない能力。
本当は、気づいてた。
私には、
アザイ家の血が、流れていない。
「………サチ!!!」
タケルが、サチの肩を掴む。ゼェゼェと息が上がっている。サチを探して、走り回っていたのだろう。
「良かった、なかなか戻ってこないから、心配した……」
ふと、サチの顔色が真っ青になっている事に気づく。
「サチ?体調悪いのか?」
サチは、ゆっくりとタケルを見る。
このひとは、……
「私は……」
蚊の鳴く様な声で呟く。
「どうした?」
「私は、お父さんにとって、何?」
「……え?」
タケルが、明らかに動揺する。
「どうして……私の本当のお父さんを、殺したの。」
2人の周りを、パレードを見終わった人々が、楽しそうに通り過ぎていった。




