第15話 家族ごっこを、あと少しだけ
「……なーんてねっ!!」
パッと顔を上げて、サチが笑ってみせる。
「なんか私、暑すぎて幻覚?幻聴?白昼夢?でも見てたのかなぁー。熱中症かも?危ない危ない」
「……サチ、」
「あっ!!タイチ、もう元気になったかなぁ!?結局パレード、全然見れなかったなー、残念っ!!ねぇお父さん、タイチが元気になってたら、お土産買いに行かない?」
「サチ!!!」
タケルが声を荒げたのを聞いて、サチはビクッとする。
怯えを含んだ瞳で、タケルを見上げる。
その表情に、タケルは胸を締め付けられた。
『どうして、私の本当のお父さんを、殺したの』
その問いかけは、タケルの胸を深く抉った。
「サチ……どうして、」
サチが首を振る。
「…話したくない。もういいの、その話は」
怖い。
真実を知るのが、怖い。
もう少しだけでいいから、夢を見させて。
偽りの家族だったとしても…あと少しだけ。
「ねぇお父さん、早くタイチのところに戻ろ?」
サチは無理やり、笑顔を貼り付けた。
お土産屋で、サチのたっての希望で3人お揃いの携帯ストラップを購入する。
「3人でお揃いって、初めてだね!タイチ、絶対つけてよ!今つけて!ほら、スマホ出す!」
サチのテンションは高い。
「…お父さんも、スマホにつけてね。約束だよ。」
「……サチ、あのさ、」
「あっ!!大事な事忘れてた!!お母さんの分も、買ってあげなきゃだよね!!4人家族だもん、ね?」
そそくさと同じストラップを手に、再びレジに並ぶ。
呆然とサチの後ろ姿を見送るタケルの様子を、タイチは訝しげに見つめた。
*****
「はい!これお土産!みんなで食べてね!!」
サチが、テーマパークのお土産のクッキーをマサヤに手渡す。
「ありがとう。サチ姉、楽しかった?」
「楽しかったよー!タイチがさぁ、絶叫系コースター乗った後に気持ち悪くなっちゃって、」
「お姉ちゃん!!…その話はいいから!」
ニコニコと楽しそうに話し続けるサチに、マサヤはほんのわずか違和感を覚えた。
サチが双子とリビングでおしゃべりに花を咲かせているのを尻目に、マサヤはこっそりタイチを自室に誘った。
「……収穫があったぞ。」
言うなり、ローテーブルに卒業名簿のコピーを広げる。
タイチはそのコピーを見て、しばらく黙り込んだ。
「リヒトは、父さん母さんとミオリおばさんの、同級生だったのか…」
「もうひとつ、気になる事がある。…お前のお母さんとリヒトは、何故か苗字が同じ、ミタライなんだ。」
「…どういう事だ?年齢的に、結婚してた訳はないし…」
「普通に考えたら、きょうだいだろ。」
「きょうだいの間で、子供を作ったって事か?」
タイチは考え込む。
「それから、リヒトは第8学年時に退学って書いてあるけど、…これ、アカデミーでテロを起こした後に、アカデミーを辞めたんだと思う。」
マサヤは、校舎裏で見た石碑の話をした。
「…リヒトは、アカデミー時代に【ゼロ】に入ったって事か。」
タイチは、改めてコピーを眺める。
……実はもう一つ、気になっている事がある。
母親であるユキの、能力の欄が、空欄になっている。
タイチは、もう1人卒業名簿の能力欄が空欄だった人物を思い出した。
ハルオミの恋人だったサクラ・モリモトという人だ。
アカデミーを卒業している以上、能力者である事は間違いない。なのに何故、能力欄が空欄なのか?
タイチの頭に、ふとサチの顔が浮かぶ。
能力が発現しないサチ。
能力欄が空欄の母親。
何か、関係があるのだろうか。…
「…なぁタイチ。サチ姉、大丈夫か?」
おもむろに、マサヤが尋ねる。
「…大丈夫、って?」
「なんていうか…無理やり明るく振る舞ってる様に見える。勘だけど。」
タイチは肩をすくめる。
「やっぱ、そう見える?
…なんか、父さんとぎくしゃくしてる様に見える、んだよなぁ…」
「タケルおじさんと?でも、昨日仲良く出かけて来たんだろ?」
んー、とタイチが腕を組む。
「途中までは、普通だったんだけど…夕方頃から急に、お互いあんまり会話を交わさないっていうか、お姉ちゃんが父さんを拒否ってるっていうか…」
「サチ姉が?…こないだ叩かれた事、まだわだかまりがあるのかな。」
「うーん、そういう感じでもないような…」
マサヤは少し考え込んだ。
「なぁタイチ。お前一度ちゃんと、サチ姉の話聞いてやれよ。」
「僕はいつだって、お姉ちゃんの話ちゃんと聞いてるけど。」
「そうじゃなくてさ…。悩みとかを話しやすいような雰囲気を作る、というか。だってサチ姉にとって、タイチは唯一血が繋がってて、話が出来る家族だろ。…まぁサチ姉は、タケルおじさんと血が繋がっていない事、知らないとは思うけど。」
「僕が…唯一の……」
今度は、タイチが考え込んだ。
*****
「…ちょっと、タイチ。あんた、いつまでここいるつもり?お姉ちゃんもう寝るよ?」
時刻は23時。
タイチは夕食後からずっと、サチの部屋に入り浸っていた。
「僕、今日ここで寝る。」
「……はぁ!?」
「床に布団敷いて寝るから。…だめ?」
上目遣いで、サチに訴えかける。
「……くっ、我が弟ながら、可愛さを武器にしよってからに…。そんな目で見られたら、断れんだろうが…」
あっさり観念したサチは、床に布団を敷いてあげて、自分はベッドに寝転んだ。
タイチも布団に潜り込む。
サチが電気を消すと、しぃんと静寂が訪れた。
「……ねぇ、お姉ちゃん。」
タイチが、暗がりの中呼びかけた。
「んー?なに?」
「父さんと、喧嘩してるの?」
サチは返事しない。
「…なんか、ギクシャクしてるように見える。」
「お子様には関係ないから、あんたはとっととねんねしな。」
サチが会話を打ち切ろうとするが、タイチは食い下がる。
「何があったの。僕、お姉ちゃんの役に立ちたい。」
はぁ、とサチがため息をつく。
「あんたは気にしなくていいの。…お姉ちゃんの問題だから。」
いっつも、こうだ。
お姉ちゃんは、僕の事をいつまでも、子供扱いする。
「…お姉ちゃん。」
「まだなんかあるのー?」
「僕、お姉ちゃんの弟だよ。」
「……何よ、急に。そりゃそうでしょ。」
「これからもずっと、お姉ちゃんの弟、だよ。」
「………」
「父さんの事とか母さんの事で、悩んでる事があるなら、僕に話して。…解決できるかは分からないけど、一緒に考える、から。」
沈黙。
「…タイチはさ、なんで私なんかの事、そんなに慕ってくれるの?」
今度は、サチが問いかけた。
「なんで、って…」
「だって私はさ、タイチみたいに能力もないし、見た目は平凡だしさ。…お父さんに、似てないし。」
「お姉ちゃんは、優しい。まっすぐで、誰かを妬んだりする事がない。明るくて、みんなを照らす太陽みたいだ。それに、見た目が平凡なんてあり得ない。お姉ちゃんは少なくともアカデミーで1番かわいい。」
「……っ!!!ちょ、ちょっ、」
サチは顔を真っ赤にして、ガバッと起き上がる。
「逆に僕はあんまり母さんに似てない。お姉ちゃんは母さんにそっくりだ。…ちょっと、羨ましい。」
「…タイチ…」
また少し、沈黙。
サチは、タイチの方に向かって横向きに寝転がる。
「…お父さんは、私の事、どう思ってるんだろう。」
ぽつり、と、独り言の様にサチが呟く。
「え…?」
「お父さん、お母さんの事大好きだったんでしょ。…お母さんの心が死んじゃってから、お父さんは1人で私達を育ててくれたけど、……きっと、ずっと寂しかったよね。」
「……あんまり考えた事なかったけど、そうかも。」
タイチの中のタケルの印象は、"あまり感情を表に出さない大人"だ。変な話、祖父のゲンドウの方が、よほど感情が分かりやすい。穏やかにサチやタケルの話を聞いてくれるが、本当は何を考えているのか、掴みづらい。一緒に任務に同行する際も、いつも冷静沈着で、取り乱したところを見た事がない。
…そんなタケルが、近頃は珍しく、頻繁に動揺を見せている。感情を、抑えきれていない。
「この指輪、お母さんがはめてた指輪だった。」
ふと、サチが静かに呟いた。
「……え?」
「どっかで見た事があるなぁって思って。こないだお母さんの左手見てみたら、…指輪がなかった。」
「母さんの、指輪を……父さんが、お姉ちゃんに?」
こくん、と、暗がりの中でサチが頷く。
「ねぇタイチ。…この指輪って、本当にただのお守り?お父さんは、どうして……私にこの指輪をくれたのかな?」
「………」
タイチは、答えられない。
「…私、お父さんの事が、わからないの。」
今まで、優しくて穏やかな父親として、サチ達を見守ってくれていると思っていた。
だけど。
血の繋がっていないサチを、愛する妻にそっくりなサチを、本当はどう見ていたんだろう。
「タイチ、……私、こわい。」
タイチは起き上がって、サチの手を握る。
「お姉ちゃん。僕は、絶対にお姉ちゃんの味方だから。…もっと、僕を頼って。」
サチは目をパチクリとさせた後、ふっと笑った。
「いっちょ前に、大人っぽい事言うじゃん。」
「…お姉ちゃん。からかわないで。」
「あは、ごめんごめん。」
サチはタイチの頭を撫でた。
「……ありがとう。タイチがいてくれて、良かった。」




