第12話 悔恨と焦燥
タケルはここのところ、常に不安を抱えていた。
全国ニュースに載る程ではない、ごく小規模のテロ活動が、数ヶ月前から各地で散見されるようになっていた。
タケルは、この状況に既視感があった。
反抗グループの声明らしきものは、今のところ上がっていない。ただ、…やり口が似ている。
【ゼロ】の、残党。
タケルは、胸騒ぎがした。
時を同じくして、久しぶりに顔を合わせた娘のサチを見て、タケルは喫驚した。
出会った頃の、ユキにそっくりだった。
考えてみれば、ユキがアカデミーに編入してきたのは、ちょうど今のサチの歳だった。
再び動き始めた、テロ集団。
愛する妻と、瓜二つの娘。
不吉な予感が、タケルの胸を埋め尽くしていく。
普段は多忙を理由に家を空ける事も多かったが、サチが帰省中は、なるべくアザイ家に寝泊まりしようと決めた。
そして昨夜の出来事が、タケルの不安に追い打ちをかけた。
闇夜に紛れてサチに近づく、不審な男。
『サチさん。…必ずまた、お会いしましょう。』
最後の言葉が、頭に焼き付いて離れない。
タケルは焦っていた。
サチだけは、絶対に守らなければ。
…ユキの二の舞にはさせない。
その時、トントンと書斎のドアがノックされて、タイチが入ってきた。
「タイチ、急に呼びつけて悪かった。」
「いいよ。……父さん、大丈夫?」
タケルの目の下に隈が出来ているのを見て、タイチが心配そうに尋ねる。
「ああ…大丈夫。それよりタイチに、お願いしたい事があるんだ。」
「…お姉ちゃんの、事?」
こくりとタケルが頷く。
「タイチ。可能な範囲でいいんだ。…なるべく、サチから目を離さないでくれ。サチに何か異変があったら、すぐに俺に知らせてほしい。」
「分かった。…ねぇ父さん、昨日お姉ちゃんに接触してきたあの男は、何者なの?」
「……お前は、まだ知らなくていい。」
「父さん。お姉ちゃんを守るにしても、敵が分からないとどうしようもないよ。…お姉ちゃんには、絶対に言わないから。」
タケルがしばらく考え込む。
「……まだ、確認が取れたわけじゃない。あくまで推測の域を出ないが…
もしかしたら、テロ組織の一員、かもしれない。」
テロ組織。
その言葉を聞いて、タイチは最近昔の新聞で読んだ記事を思い出す。
「……【ゼロ】?」
はっ、とタケルが顔を上げる。
「…知ってるのか?」
しまった、とタイチは心の中で慌てる。
「いや、…アカデミーの宿題で、昔の新聞を調べてた時に、たまたま見たんだ。」
「……そうか。」
そう言ったまま、タケルはまた黙り込んでしまった。
<父さんは、お姉ちゃんと血が繋がっていないの?>
<何で、テロ組織がお姉ちゃんを狙ってるの?>
そう尋ねたくなる気持ちを、タイチは必死で抑え込む。
疲れ切っているように見えるタケルに、今この場でこれ以上追求する事は、タイチにはできなかった。
*****
「という訳なので、僕はこれから、
ずーーーーーーーーーっと、
お姉ちゃんのそばにいます。」
ニコニコと不穏な宣言をするタイチに、サチは思い切り顔を顰めた。
「……お父さん公認の監視係、って訳ね……」
ぼそり、と呟く。
「ていうか、もともとお前ずっとサチ姉にべったりだし、あんま変わらなくね?」とマサヤ。
サチとタイチは、またマサヤの家を訪れていた。
リビングには3人の他に、ミオリと仕事が休みのサトルもいた。双子は外に遊びに行っているようだった。
「……でも、今回の事は、私が本当に悪かったと思ってる。
お父さんに、あんなに心配かけちゃって…。」
サチが俯く。
「いやいや、いくら心配だからって、娘の事引っぱたいちゃダメでしょ!!あいつ、何とち狂ってんだ…」
はぁー、とサトルがため息をつく。
「サチちゃん、怖かったでしょ…。大丈夫?」
ミオリが心配そうにサチを労る。
「一体何なのかしら、その男…。」
サチは、昨夜の男の言葉を思い出す。
『あなたは私達の救世主。』
『リヒト様の、忘れ形見。』
「…サチちゃん?どうしたの?」
黙り込んでしまったサチに、ミオリが話しかける。
「あ……すみません。ちょっと、気になる事があって…。」
「サチちゃん。どんな事でもいいから、気になる事は何でも話して。俺達、絶対力になるから。」
サチはサトルを見た。
少し躊躇した後に、覚悟を決めたように、尋ねる。
「あの……
………リヒトって人、知ってますか?」
瞬間、サトルとミオリが凍りついた。
「…サチ、ちゃん。…どうして、その名前……」
ミオリが、真っ青な顔で震えながら、絞り出すように尋ねた。
「…昨日の、サングラスの男が、言ってた。
私は、リヒトっていう人の、忘れ形見だって。」
忘れ形見という言葉を聞いて、今度はタイチとマサヤが固まる。
サトルが、両手で口を押さえているミオリの肩を抱きながら、サチに向かって聞いた。
「サチちゃん。…それ、タケルには話した?」
サチは首を振る。
「昨日はお父さん、あの後ずっと黙り込んじゃって…話せる雰囲気じゃ、なくて。」
「サチちゃん。この話は、タケルには伝えた方がいい。…話せるかな?」
「……お父さん、に……」
サチは、昨日平手打ちされた左頬を、無意識に手のひらで撫でた。それを見て、サトルがため息をつく。
「……いや、今あいつ、メンタルやばいんだったな。サチちゃんが直接話さない方が、いいかも。
もしよければ、俺からタケルに話してもいい?」
こくん、とサチが頷く。
そのやり取りを、タイチとマサヤが固唾を呑んで見守っていた。
*****
その夜。
サトルが、珍しく本家の門を叩いた。
「ごとーしゅさまに、ちょっと顔貸せや、とお伝えクダサイ。」
不躾な夜分の訪問者に、使用人長のナガイはあからさまに嫌そうな顔をしながら、奥に引っ込んで行った。
しばらくして、タケルがしぶしぶと玄関に出てくる。
「…おじさん、何の用?」
「昨日、サチちゃんに接触した男について、有力タレコミ情報、だよん。」
「…何だって?」
「聞きたいなら、今から俺んち来い。…久しぶりに、サシで飲もうぜ。」
サトルの家にも本家程ではないが日本庭園があり、その庭を臨む縁側に2人は並んで腰を下ろした。
子供達は皆寝静まった後の様で、昼間の騒がしさが嘘のように、しぃんと静まり返っている。
ミオリが茹でた枝豆と瓶ビールを運んできて、「ごゆっくり」と言って2階に上がって行った。
「…早く、要件を話せよ。」
苛々しながら、タケルが早速切り出す。
「まぁまぁ、そう焦んなって。昔っから、お前のよくない癖だぞ。」
サトルが、タケルのグラスにビールを注ぐ。
「ま、とりあえず飲もうや。お疲れ様。」
ぐびぐびと呑気にビールを飲み干すサトルを見て、タケルはため息をつき、自身も1口ビールを飲んだ。
「……怖いんだ。」
グラスを両手で持ちながら、ぽつりと、タケルが本音を漏らした。
サトルが、タケルの顔を見る。
「最近、サチはどんどんユキに似てくる。
…また、サチを奪われるのが、サチを失うのが、怖い。
俺はユキを、…守れなかったから…」
タケルが、苦しそうに絞り出す。
サトルが、飲み干した自分のグラスに手酌でビールを注ぐ。
「でもよ。お前、ユキちゃんの事、ちゃんと幸せにはしてやったよな。」
「…え?」
「リヒトときちんと決着つけて、ユキちゃんと結婚してさ。タイチも産まれて。
…ユキちゃん、たくさん笑ってたじゃんか。お前、忘れちゃったの?」
「………」
「お前が、幸せにしてやったんだよ。ユキちゃんを。」
タケルは、ユキの最後の言葉を思い出した。
『タケル、ありがとう。……幸せだったよ。』
「だからさ。もちょっと、肩の力抜けって。お前最近、怖い顔ばっかしてるぞ。」
「……おじさん……」
ふぅ、とサトルが息を吐く。
「昨日の男…サチちゃんの事を、リヒトの忘れ形見だって呼んだらしい。」
タケルが、パッと顔を上げる。
「……何だって?」
「サチちゃん、リヒトって誰ですかって、今日俺に聞いてきたよ。」
タケルは目を剥く。
「俺は……俺は聞いてない!!なんでサチは、俺に話さなかったんだ!!」
サトルが、タケルの眉間に人差し指を押し当てる。
「ほら、そゆとこ。」
「は…!?」
「お前がおっかない顔して、サチちゃんの事引っぱたいたりしたから、サチちゃん言い出しづらかったみたいよ。」
「………っ、」
「もーちょっと、オトナの余裕を持てって。…サチちゃん、ほんとにお前から逃げてっちゃうぞ。」
タケルが、自棄になったようにグラスのビールを一気に飲み干す。
「…じゃあ、どうしたらいいんだよっ…」
「演技でもいいからさ。もうちょっと楽しそうに、愛想良くしろ。
あとな、どんな理由があっても、絶対手は上げんなよ。」
「……分かった。」
まぁ飲めよ、と言って、サトルがタケルのグラスにビールを注ぐ。
「ま、とりあえずこれで、敵ははっきりした訳だ。…ほぼ間違いなく、【ゼロ】の残党だな。」
「ああ。…公安にも、動いてもらう。」
「ゲンドウさんにも、早めに言っとけよ、…サチちゃんの、能力の事もあるし。」
「…分かってる。」
この2人の会話を、真上にある部屋で、マサヤが少しだけ窓を開けて盗み聞きしていた。




