第11話 必ずまた、お会いしましょう。
特注の、お守りの指輪だ、とタケルは言った。
『お守りだから、この指輪はこれから先、肌身離さず寝る時もずっとつけておいて。
アカデミーでも許可してもらえるよう、俺からおじいちゃんに言っておくから。』
有無を言わさない空気。
タケルはサチの右手を取って、薬指に指輪をはめた。
まるで恋人に指輪を贈る時のような、流れるような所作だった。
サチは予想外の贈り物に絶句していたが、
ありがとう、お父さん、となんとか声を絞り出した。
*****
「…あれ、どう思う?」
タイチが、ふいにマサヤに尋ねた。2人は市の図書館に来ている。
「あれ、って?」
「…父さんの、プレゼントだよ。」
ああ、それな、とマサヤ。
「何だよ…お前、僕がお姉ちゃんに指輪贈るって言った時はあんなに止めてきたのに…。何で、父さんの指輪ならいいんだよ!?」
「え!?そこ!!?」
「僕も、指輪にすればよかった…」
ぶつぶつ…とタイチが呟きながら、タッチパネルで資料検索を始める。2人は、サチが産まれた頃の新聞を調べに、図書館に来たのだった。
(…確かに、あのプレゼントは異様だった。)
マサヤは昨日の光景を回想する。
普通、父親が娘の誕生日に、指輪を贈るだろうか。単なるお守りなら、他の形でもいいはずだ。
タイチのように、愛の証(?)としての意味が含まれているのだろうか。
…あの穏やかな現当主が、サチに対して、タイチのような拗らせた愛情を抱えているとは考えにくい。どちらかと言えば、これまで優しい父親としてサチを見守ってきたような印象だ。
だけど…昨日タケルがサチを見つめる眼差しには、どこか狂気が宿っているようにも見えた。
「とりあえず、お姉ちゃんが産まれる前後1年くらいを調べてみるか?」
タイチが検索を終えて、指定された書庫へ向かう。
「そうだな。俺はサチ姉が産まれる前を調べるから、タイチは産まれた後の新聞を調べて。」
2手に分かれて、片っ端から新聞を読み漁る。
今からおよそ、13年前の新聞。
紙面には、マサヤの知らない出来事も多かった。
関係があるかどうか分からないが、この頃はぽつぽつとテロ組織の活動を報じるニュースが散見された。
最近は国内の治安は比較的安定しており、当時との情勢の違いが窺える。
そんな中、10月の一面に掲載されたひときわ目を引く見出しが、目に飛び込んできた。
<史上最悪の無差別テロ事件 主犯格は未だ逃亡中>
平日昼間の官庁街での凶行。
犯人は過激派テロ集団【ゼロ】。犯行声明文によれば、自分たちの理想郷を作ることが目的。
時刻はちょうど正午過ぎで、天気も良く、ランチのためにオフィスから繰り出してきた人々で混雑している時間を狙ったものと思われる。
犯行に使用されたのは強力な爆発装置と推測され、被害者の数は、現在確認が取れている分だけで、死者79人、負傷者数は200人を超え、我が国における史上最大規模の無差別テロ事件である。……
【ゼロ】…?
マサヤは、この言葉をどこかで見た事があるような気がして記憶を探るが、思い出せない。
この記事からだけでは、能力者が関与しているかどうかははっきりしない。ただ、規模の大きさを考えると、何かの能力者が関わっている可能性は、十分にある。
関係があるかは分からないが、とりあえず気になる記事として、紙面のコピーをとる事にした。
*****
「……は?え?…それ、おかしくない?」
マリはあんぐりと口を開けて、驚きを隠そうともしない。
「や、やっぱ、そう思う…?」
サチは、昨日誕生日祝いのメッセージをくれたマリと、お茶でもしようと約束して街に出てきたのだった。タイチにもらったワンピースを着て行こうかとも思ったが、タイチのいない所で外に着て行ったと知られたら面倒だと思い、いつものTシャツ短パンに、ミオリにもらったシュシュと双子にもらったブローチ・ブレスレットだけ着けてきた。
……それから、タケルにもらった指輪も。
「絶対おかしいでしょ!父親が娘に指輪を贈るなんて…。意味深すぎるよ!!」
「そ、そーだよね…。私も、びっくりしちゃった。」
サチは、右手の薬指に嵌っている指輪を見る。
「でもその割に、ちゃんとパパの言いつけ通り、指輪着けてるんだ?」
「う、ん。…なんか昨日のお父さん、切羽詰まってたっていうか、鬼気迫ってたっていうか、もし指輪着けなかったら大変な事になりそうっていうか…」
「…あのイケメンパパが?ますます、怪しいな…。」
マリは、アイスティーを啜りながら唸る。
「サチのママは、何て言ってるの?」
マリは、ユキの事を知らない。…サチは、マリとアラタに心配をかけまいと、アザイ家の内情についてこれまであまり話してこなかった。
「……えっと、実はね……うちのお母さん、喋れないんだ。」
嘘をつくのも違うと思い、サチは初めて母親についてマリに打ち明けた。
事情を知ったマリが、青ざめながらサチに謝る。
「……サチ、ごめん。私、お母さんの事、何も知らなくて……」
「いやいや、いいのいいの!ほんとに、私にとっては、小さい頃からお母さんってあんな感じだったから。気にしないで!」
サチは両手をひらひらと振って、明るく言い放った。
マリがしばらく考え込む。
「…ねぇ。前、サチってお母さんに似てるって、言ってたよね?」
「え?あ、そうそう。お父さんとは全然似てなくてねー。お母さん似ってみんなに言われる。」
「……、まさか……」
「え?なになに!?マリ何か分かったの!?」
「いや……何でもない。」
「ちょ、ちょっと!!マリ!!気になって夜しか寝られないよっ!!!」
「寝れてんじゃん…。いや、今ふと思いついた勝手な妄想だから、ほんと気にしないで、」
「言ってよーー!!!気になるよ…っ!!!」
はぁ、と一息吐いて、マリは自説を披露し始めた。
「じゃあ、言うけどさ…。サチ、もしかしてあんたのパパ、サチにサチママを重ねてるんじゃない?」
「……えっ?」
「サチが小さい頃から、サチママはずっと口も聞けない状態だったんでしょ?…サチパパは、これまでずーっと、寂しかったんじゃないかな。そこへ、成長した娘がどんどん愛する妻に似てきたら、……」
お父さんが、私にお母さんを重ねている?
思ってもみなかった説だった。
考え込んでしまったサチを、マリが慌ててフォローする。
「いやっ、だから、勝手な妄想だってば!本気にしないでっ!」
「…う、うん。そうだよね。…私はお父さんの娘だし、あの指輪はお守りだって、言ってたし…」
そこでふと、母親の姿がサチの頭に浮かんだ。
……あれ?
違和感が、胸いっぱいに広がっていく。
「この指輪……お母さんが着けてる指輪と、似てるかも。」
*****
マリと別れて、サチは家路を急いだ。
話し込んでしまって、すっかり夜遅くなってしまった。
サチには、特に門限はない。…誰も気にしていない、と言った方が正しいか。使用人が準備する夕食の時間に間に合わなければ、食事抜き。単純明快なルールだった。ただ、誰にも咎められないとは言え、流石に夜遅いと普通に夜道が怖い。サチは足早に家へ向かって歩いた。
「サチ・アザイさん、ですね?」
ふいに背後から名前を呼ばれて、サチはビクッと飛び上がる。
恐る恐る振り返ると、夜道なのにサングラスをかけた長身長髪の男が立っていた。上下とも黒いスーツで、街灯の少ない闇夜に溶け込んでいる。
「え…っと、どなた、ですか?」
律儀に返事をしてないで、逃げるべきだった。
だけど元来人の良いサチは、無視を決め込む事ができなかった。
男は、口元に微笑を浮かべた。
「あなたの、下僕ですよ。」
一歩、サチの方へ近づいてくる。
反対にサチは、一歩後ずさる。
(あれ…?ちょっと、まずい状況…?)
私の事を誘拐したって、あの人達は身代金なんて払わずに見殺しにしますよ!
…と思ったところで、ふとタケルとタイチの顔が思い浮かんだ。
いや、だめだ…やっぱあの人達、身代金何億円でも積みそうだな…。
って、そんな事考えてる場合じゃない!
一刻も早く、この場から逃げなきゃ、
「怖がらないで…あなたは私達の救世主。
リヒト様の、忘れ形見。」
その瞬間、全身が粟立つ。
リヒト。
聞いた事がない名前なのに、何故か脳は、
知っている、と強く訴えかけてくる。
「こ、……来ないで……」
サチは恐怖で動けない。
男は構わず、じりじりと、一歩一歩近づいてくる。
サチに向かって男が右手を伸ばした、その時。
ぶわっ!!
サチの周りに、突如青色のドーム状のシールドが出現する。
オーラでできた防御壁。青色はタケルのオーラだ。
「サチ!!!!」
タケルとタイチが、全速力で向かってくる。
「おっと。…これは分が悪いですね。」
サングラスの男が、踵を返して退散しようとする。
「…逃がすかっ…!!!」
タイチがすかさず、男に向かってエネルギー弾を投げつける。男は即座にオーラで盾を生成し、それを跳ね返す。
あの人も、攻撃者…?
サチはシールド内で動けない。
サチの前にタケルが立ちはだかり、何かを呟いたかと思うと、両手の間にオーラを具現化した拘束具が生成された。こんなに緻密な具現化ができるのは、この国ではタケルだけだろう。
拘束具を男に向けて放ち、男を捕らえようとするが、
男は器用にそれも跳ね返す。
そこへ、男の仲間と思われるバイクが、キキィ!とかん高いブレーキ音を響かせながらそばに停まった。
サングラスの男は颯爽と後部座席にまたがる。
「サチさん。…必ずまた、お会いしましょう。」
タケルが、血走った目を見開く。
バイクが走り去った後、タケルはサチの方に振り返り、突然サチの左頬を平手打ちした。
サチは一瞬、何が起こったのか分からなかったが、時間差で左頬にじぃんと痛みを感じて、自分が父親に叩かれたのだと理解した。
「こんな暗い夜道を1人で歩くなんて…!!
何考えてるんだ!!!!」
「ご、…ごめんなさい…」
サチは叩かれたショックで呆然とする。
サチには門限なんて無いと思ってた。…ただしそれは、父親が不在の時だけ。
最近お父さん、毎日こっちの家に帰ってきてるんだ…と、サチはぼーっと考えた。
冷静さを取り戻したタケルが、今度はサチをギュッと抱き締める。
「……ごめん。痛かったな……。
サチが無事で、本当に良かった。」
抱き締められて初めて気づいたが、タケルは小さく震えていた。
こんなに、お父さんに心配をかけてしまった…。
サチは、軽率だった自分を悔いた。
返事の代わりに、サチは父親の背中に手を回して、そっと抱き締め返した。




