第10話 初めての誕生日会
一昨年と昨年は、サチは夏休み中お盆の時期しか帰省しなかった。そのため、タイチは2年連続、7月のサチの誕生日当日にお祝いをする事ができなかった。
今年こそは当日にお祝いができる、とタイチは心躍らせていたのだが、戸籍謄本事件のせいで、サチの誕生日の事をすっかり忘れてしまっていたのだった。
サチがアカデミーに入る前も、アザイ家でサチの誕生日が大々的に祝われる事はなかった(タイチの誕生日には、親族中から贈り物が来るにも関わらず)。このあからさまな誕生日差別も、タイチは気に入らなかった。そこで、自身の誕生日の贈り物は金銭以外は受け付けず、受け取った金銭の半分は、そのままサチの誕生日プレゼント代に回した。そうやって、タイチなりにケジメをつけていた。
イナバの家からの帰りに、タイチとマサヤは連れ立ってサチの誕生日プレゼントを買いに百貨店に寄った。
「しまったな…お姉ちゃんが今欲しい物を、事前にリサーチしておこうと思ってたのに…。」
タイチが歯噛みする。
「サチ姉が今1番欲しい物、ねぇ…。
……能力、じゃね?」
「マサヤ、お前真面目に考えろよ…」
はぁ、とタイチがため息をついた時、ふとアクセサリーショップのショーケースの中身が目に入った。指輪だ。
「僕、お姉ちゃんに指輪あげようかな……」
「…タイチ、あのさ。
それだけは!絶ッ!!対に!!!やめとけ。」
「どうして?生涯お姉ちゃんを守りますっていう誓いを立てるのに、ぴったりだろ。」
「だーーーかーーーら!!
重っすぎなんだよ、お前っ!!!
プロポーズかよ!?絶対サチ姉に引かれるぞ!!」
マサヤが必死に止めに入る。
「プロポーズ…。なぁマサヤ、異父きょうだいなら結婚ってできるか?」
「……っ、
できる、わけ、ねーだろっ!!!」
マサヤが絶叫した。
*****
スマホのアラームが鳴る前に、サチは目を覚ました。
時刻を確認する。…まだ、6時か。
時刻と同時に日付が目に入り、はぁ、とため息をつく。
(今日は、私の誕生日か。)
サチは、できればこの家で自分の誕生日を迎えたくなかった。みんなが自分の誕生日の事を知っていながら祝ってくれない、という状況が、流石に惨めだったのだ。アカデミーにいれば、ほとんどの寮生は帰省していて、サチの誕生日は何事もない1日としてスルーしていくから、かえって気楽だった。
ふと、もう一度スマホ画面を見ると、メッセージアプリに2件通知がある。
マリとアラタからの、誕生日祝いのメッセージだった。
(2人とも、覚えててくれたんだ…)
サチは、暗い気持ちが少しだけ晴れた気持ちがした。
そのままゴロゴロとベッドの上でネットサーフィンしていると、もう1件通知が入った。
マサヤからだった。
『今日、16時に俺んち来て。サチ姉の誕生日会やるから。
12歳、おめでとう。』
サチは、不覚にも目頭が熱くなった。
*****
「もっと早く、サチちゃんの誕生日会を、こうしてウチで開いてあげたらよかったねぇ…。ごめんなさい。」
マサヤの母親のミオリが、サチに謝る。
「おばさん、そんな、全然気にしないで下さい!
…私、こういう自分の誕生日会って初めてで、ほんとに嬉しいんです。ありがとうございます。」
テーブルの上には、ミオリのお手製のご馳走が所狭しと並ぶ。
「サチちゃんがもっと小さい時は、何となく本家に遠慮しちゃってね…分家のウチが出しゃばったらかえってサチちゃんに迷惑かけるかもと思って。
…でもねっ!!
今回は、ちゃーんとタケルに許可とってるから!」
ミオリは、タケルのアカデミーの同級生だった。
「え?お父さんに?」
「そうなの。昨日マサヤがウチで誕生日会開きたいってサトルさんに頼み込んで、サトルさんからタケルにメッセージを送ってもらったの。
タケルも、夜早めに帰れたらウチに寄るって!」
サトルはミオリの夫で、タケルのアカデミー時代の師匠だ。
「ケーキも用意してあるからね!後でのお楽しみ!」
「おばさん…ありがとう。」
「ねーねー、サチちゃん、何歳になったの?」
マサヤの双子の妹のナホとカホが、サチの両隣に座る。一卵性双生児で、瓜二つの容貌だ。
「ナホちゃんカホちゃん、久しぶり!12歳になったよー。」
「えー!!オトナだねっ!!」
「ま、まぁねー。」
サチは照れて頭を掻いた。
「それで?サチちゃん、どっちにするの?」
ナホが、ずいっと顔を近づけてサチに迫る。
「は?どっち、って??」
「だーかーら!お兄ちゃんとタイチくん、どっちにするの?ってきーてるの!」
「……はっ!??」
「2人ともサチちゃんの事、LOVEなんでしょ?」
「はぁぁーー!?あり得ないあり得ないっ!!!
大体、マサヤはともかく、タイチは弟じゃん!!そーゆー対象じゃないって、」
「お姉ちゃん……。」
サチの背後から、ゾンビのように真っ青な顔のタイチが、ぬっと現れる。
「タ、タイチ!!っ、びっくりしたぁ…心臓止まるかと思った。」
「僕は、そういう対象じゃないの?」
「!!?あ、当たり前でしょっ!?あんたは私の、弟でしょうがっ!!」
「…じゃあお姉ちゃん、一生他の男と付き合わないって約束して。」
「は…?」
「きょうだいとしてでいいから、一生僕のそばにいて。…いいでしょ?」
タイチの目が据わっている。
…大丈夫か?コイツ…。
「タイチ。サチ姉、困ってるだろ。
ほんとにサチ姉の事が大切なら、サチ姉の幸せを願って身を引けよ。」
マサヤがタイチとサチの間に割って入る。
「マサヤ…!ありがとう、」
「サチ姉は、俺が絶対幸せにするから。お前は安心して、他の人と結婚しろよ。」
キャーッ!お兄ちゃん積極的!!と双子から黄色い歓声が上がる。
「……私に、選択権は……?」
傍から、一連の流れをミオリがニコニコしながら眺めていた。
マサヤからのプレゼントは、子猫の写真がプリントされた可愛いトートバッグ。
一方タイチからのプレゼントは、涼しげな水色のシンプルなワンピースだった。
「マサヤは、私の趣味をよく分かってる。褒めてつかわそう。…で、タイチは何で、この服を?わたしワンピースって、あんまり着ないんだけど…。」
「お姉ちゃんいっつもTシャツと短パンばっかりだけど、ちゃんとお洒落すれば誰よりも綺麗だろ。たまには、こーゆーの着てよ。」
「えっ??き、綺麗!?」
直球で褒められて、サチはまんざらでもない様子だ。
「サチちゃん、これは私から。」
ミオリが小さな包みを手渡す。中身は、手作りの小花柄のシュシュだった。
「これは、私たちからー!」
ナホとカホからのプレゼントは、手作りのビーズのブローチとブレスレット。
「………」
たくさんのプレゼントを抱えて、サチは呆然とする。
「サチちゃん?大丈夫?」
「はっ、す、すみません。…こんなにたくさん誕生日プレゼントもらったの初めてで、ボーッとしちゃいました。」
「ねぇねぇサチちゃん、それ着けてみてよー!」
「見たい見たいー!」
双子に押される形で、サチは今もらったばかりの贈り物を身につけるために、いったん別室に引っ込んだ。
「ど、どうかな…?」
おずおずと部屋に戻ってきたサチを見て、一同は息を呑んだ。
いつもはラフすぎる格好で隠されているが、タイチの言う通り、ワンピースを着るとサチは格段に大人っぽく見えた。ミオリのシュシュを使っていつもより高めの位置でポニーテールにしており、それが一段と魅力を増している。
「サチちゃん、きれー…。」
カホがうっとりと呟く。
「え!?ほ、ほんと?…タイチ、どーかな?似合ってる?」
「……その格好で、外に出かけないで。」
「…は?」
「他の男が、絶対に寄って来ちゃうから。…僕の前でだけ、そのワンピース着て。」
「…相変わらず、激重発言ですね…。せっかくだから、外にも着ていきたいけどなぁ。」
「どうしてもって言うなら、僕もついていく。」
「はいはい…。」
サチが苦笑いする。
と。
そこへ、インターホンの音が鳴る。
サトルとタケルだった。
サトルとタケルは、今同じ部署で働いている。おそらく、一緒に職場から帰ってきたのだろう。
「よー、ただいま。楽しくやってる、か?……」
サトルが言いかけて、サチの姿を見てヒュー♪と口笛を吹いた。
「サチちゃん、見違えたねぇ。美人さんになったなぁ。っていうか、ユキちゃんの若い頃にそっくり!な、タケル?」
サトルの隣で、タケルもサチを見て立ち尽くしている。
「お父さん、お帰りなさい。
このワンピース、タイチがくれたの。あとね、こっちのバッグはマサヤ、この髪飾りはミオリおばちゃん、このブローチとブレスレットはナホちゃんカホちゃんから。
…私、こんなにプレゼントもらったの、初めて。」
サチがタケルの前に立って、似合うかな?と首を傾げた。
「………よく、似合ってる。サチ、可愛いよ。」
サチは顔を赤らめた。
おもむろに、タケルがポケットから小箱を取り出す。
「サチ。これは、俺から。…誕生日、おめでとう。」
「え…?お父さんも、プレゼント、用意してくれてたの…?」
サチは、ゆっくりとタケルから小箱を受け取る。
開けていい?と目で合図して、タケルが頷いたので、サチは小箱の蓋を開けた。
「…え…?これ、って……」
小箱の中身は、指輪だった。




