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異世界工場管理  作者: 好山 雪


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33/35

第33話 帰れない炉心

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


前回、白炉エリスが元世界の相模工業で作られた緊急帰還経路接続装置であることが明らかになりました。


閉鎖工場に残されていた七つの冬一と森川澪の勤務記録は、第十三工廠へ暫定保全されています。


しかし黒炉の出力は残り四十八時間。


代替炉に足りない「帰還先を持たない熱源」は、俊平の腕時計の中へ隠されていました。


今回は、その炉心を部品として使えるのかを問い直します。


それでは、第33話をお楽しみください。


白い炉心は、鼓動のふりをしていた。


俊平の腕時計から取り出され、透明な検査筒へ置かれている。


大きさは親指ほど。


乳白色の殻の中で、淡い光が収縮する。


一分間に七十二回。


俊平の心拍と同じ速さだった。


「同期を切ります」


セナが検査筒の遮断板を下ろす。


炉心の光が止まった。


俊平の胸も一拍だけ止まる。


次の瞬間、二つは別々の速さで動き始めた。


俊平は六十八回。


炉心は七十五回。


「独立反応あり」


リゼットが記録する。


「単なる臓器ではありません」


「装置だ」


搬送箱の中から冬一が言った。


七人のうち、白炉を固定した技師の役割。


他の六人より若く、目だけがひどく疲れている。


「SAGAMI-S/0。帰還差分安定化炉心。俊平の将来派遣契約から作った」


「俺から切り取ったんですか」


「違う。お前が生まれる前だ。契約に記載された『息子一名』のうち、帰還先を設定されなかった余白を培養した」


まだ存在しない子供。


名前も顔も、帰る家もない可能性。


その空白だけを炉心へした。


「人間ではない」


冬一が続ける。


「記憶も身体もない。燃料として使っても、誰も失われない」


検査筒の中で、炉心が強く光った。


まるで言葉を聞いているように。


「聞こえていますか」


俊平が問いかける。


反応はない。


「帰りたい場所はありますか」


炉心の光が弱くなる。


帰還先なし。


測定板に文字が浮かんだ。


「ほらな」


冬一が言う。


「帰還意思を持たない。だから帰還差分を奪わず、安定した熱源になる」


「帰りたい場所がないことと、燃やされたいことは別です」


「都市が凍るまで四十六時間だ」


「分かっています」


「七人を返すなら、これを使え」


「本人確認が先です」


「本人ではない!」


冬一が搬送箱の壁を叩いた。


「お前は何でも人にする。炉も、記録も、契約も。守る対象を増やし続けて、最後に全員を殺す気か」


言葉は痛かった。


実際、守るものは増え続けている。


黒炉エリス。


白炉搬送七名。


帰還先保管庫。


八千三百四十四人の患者記録。


七つの借り心臓。


七人に分かれた冬一。


森川の勤務記録。


そして今、小さな炉心まで。


都市の時間は減っている。


「だから分類します」


俊平は答えた。


「守ると決める前に、捨ててよいと決める前に」




炉心の検査には七者監査が置かれた。


第十三工廠。


死者会計局。


医療契約課。


労働者監査席。


元世界勤務記録。


白炉七名の保管人格。


最後は、帰還先を持たない者の代表としてダリオ。


森川澪は搬送箱の区画から、旧工場の検査手順を読み上げる。


「反応試験を始めます。ただし旧手順の『燃焼意思確認』は使いません」


「なぜです」


リゼットが問う。


「回答が『燃えたい』になるよう教育されています」


冬一が顔を背けた。


炉心は製造中、同じ音声を繰り返し聞かされていた。


役に立て。


熱になれ。


帰る場所は必要ない。


燃えれば多くを救える。


自分から燃えたいと答えるまで。


「選択肢を教える前に、同意だけ教えた」


マグダが呟く。


同意器官と同じだった。


正しい答えを返すよう作られたものへ、意思があるかと尋ねる。


「旧試験記録を消しますか」


森川が問う。


「消しません」


俊平は答えた。


「教育された反応として分離表示してください」


忘れさせれば自由になるとは限らない。


奪われた過去も、その存在の一部だった。




最初の試験。


熱源になりますか。


炉心は即座に答えた。


なります。


燃えたいですか。


燃えたい。


都市を救いたいですか。


救いたい。


森川がすべての回答へ灰色の印を付ける。


教育反応の可能性。


本人意思として未確定。


次に、旧手順にない質問をする。


「好きな音はありますか」


リィンが問いかけた。


炉心は沈黙する。


鐘を鳴らす。


高い音。


低い音。


正しい時刻。


借りた一拍。


四つ目で、炉心の光が大きくなった。


「借りた一拍が好き?」


肯定。


「どうして」


文字がゆっくり現れる。


返せるから。


教えられていない回答だった。


次にサマラが、検査筒の横へ二つの皿を置く。


温かいスープ。


冷たい水。


炉心に口はない。


それでも光はスープへ寄った。


「温かい方?」


肯定。


「熱源だからでしょうか」


リゼットが問う。


サマラは首を横に振る。


「熱なら炉の方が強いです。これは匂いを選びました」


炉心は帰還先を持たない。


だが好みはある。


返せる音を好み、スープの匂いへ寄る。


それを人格と呼べるかは分からない。


少なくとも、無反応な部品ではなかった。




「名前はありますか」


俊平が問う。


SAGAMI-S/0。


製造番号が表示される。


「それは管理番号です。呼ばれたい名前は」


応答なし。


「今は決めなくてもいいです」


帰還保留。


炉心はその言葉へ弱く光った。


その時、搬送箱の一つが開いた。


技師の冬一が外へ出ている。


分類前保全の扉を、自分で解除した。


「何をするんです」


「残り四十五時間だ」


冬一が検査筒を掴む。


「俺が作った。俺が使う」


グレンが腕を押さえる。


だが冬一の身体は記録光で、指の間を抜けた。


白い炉心が筒ごと消える。


警報が鳴る。


代替炉室へ接続反応。


「父さん!」


「俺はお前のためにもやっている」


冬一の声が導管から響く。


「これを使えば七人を返せる。都市も残る。お前は誰も選ばずに済む」


「炉心を選んでいます!」


「人ではない!」


「だから確認している!」


「確認が終わるまでに人が死ぬ!」


父はまた選んだ。


都市を救うためにエリスを固定した時と同じように。


今度は息子の判断を待たず、帰れない炉心を代替炉へ入れる。


善意。


責任。


時間がない。


すべて本当だから、裏切りではないことにはならない。




代替炉室の扉が閉じる。


ミルカが制御盤へ工具を差し込む。


「父親の権限がこっちの設計より上!」


元設計者の緊急起動権限。


セナが張力を読む。


「炉心、燃焼開始まで三分!」


黒炉の出力表示が一時的に上がる。


都市の評議会へ、自動で代替炉完成通知が送られた。


ゲルトの声が拡声管から流れる。


「完成を確認した。白炉七名の保全解除手続きへ移る」


燃料局は待っていた。


炉心が燃えれば代替熱源ができる。


七人を黒炉から外し、今度はどこへ移すかを燃料局が決める。


帰還ではない。


新しい炉への再配置だった。


「完成通知を取り消します」


俊平が言う。


「代替炉は未完成です」


「熱出力は規定値を超えています」


ゲルトが返す。


「出力だけで完成を決めない。本人意思確認が未完了」


「炉心は設備だ」


「分類前です」


「便利な言葉だ」


「二度目ですね」


「都市が凍れば三度目も言う」




燃焼まで一分。


俊平は扉の前に立つ。


設計者権限を止められるのは、製造責任者だけ。


相模工業第一工場の夜勤責任者。


俊平自身。


だが彼は出勤処理をしていない。


臨時監査員としてしか入っていなかった。


搬送箱の森川が言う。


「出勤処理をすれば、権限を取得できます」


「退勤予定は」


「未定です」


出勤すれば、終わらない夜勤へ再び接続される。


俊平は第十三工廠と元世界の工場、二つの管理責任者になる。


身体がどちらに残るかは分からない。


「別の区分を作ります」


「時間がありません」


「では既存の権限を借ります」


俊平は森川を見る。


「夜勤責任者代理。緊急停止をお願いします」


「私は勤務記録です」


「三年と四十七日、ラインを管理した実績があります」


「人ではないかもしれません」


「だからといって、仕事をしていなかったことにはなりません」


森川の区画が開く。


彼女は初めて第十三工廠の床へ降りた。


半透明の作業靴が、油汚れの石へ触れる。


「夜勤責任者代理、森川澪」


リゼットが記録する。


「利害関係、相模工業の勤務記録。本人同一性、未確定。実務権限、三年四十七日分を暫定承認」


森川は存在しないタイムカードを制御盤へ差し込んだ。


「緊急停止」


代替炉が止まる。


燃焼開始、一秒前。


白い炉心が検査筒ごと排出された。


俊平が受け止める。


熱くない。


震えていた。


測定板に文字が出る。


燃えたくない。


初めて、教育された答えを否定した。


「本人意思、確認」


リゼットの声も震えていた。


「燃焼拒否」




技師の冬一が代替炉室から現れる。


「都市を殺す気か」


俊平は炉心を抱えたまま父を見る。


「あなたは、俺に選ばせたくないと言いました」


「そうだ」


「だから自分で選んだ」


「責任は俺が取る」


「燃えるのはあなたではありません」


冬一は言葉を失う。


「責任を取るなら、燃やそうとした相手に選択肢を返してください」


炉心が弱く光る。


冬一は長い間、それを見つめた。


「何を望む」


彼が初めて炉心へ尋ねた。


文字が浮かぶ。


決めない。


次の朝まで。


帰還保留権。


冬一は目を閉じた。


「確認した」


謝罪はしなかった。


今は、その方がよかった。


簡単な謝罪で工程を終わらせず、裏切りを記録したまま次へ進む。




「でも熱源は必要」


セナが現実へ引き戻す。


「残り四十四時間。炉心を燃やさないなら、設計は九十一パーセントのまま」


森川がERIS-000の設計図を開く。


「不足部品の表記を読み違えています」


「どこが」


「帰還先を持たない熱源、ではありません」


元世界の設計記号と、こちらの契約文字が重なっていた。


正しい区切りは違う。


帰還先を持たない、熱源。


ではなく。


帰還先を、持たない熱源。


「熱源を所有する帰還先を作るな、という意味です」


誰か一人の炉。


一つの工廠の炉。


燃料局の炉。


都市が所有する炉。


そうではない。


熱を作る場所を、都市全体へ分散する。


返された賃金。


届いた手紙。


返却された死亡記録。


正された鐘の一拍。


小さな返還で生じる副産物を、誰かの所有物にせず共有する。


「炉心は熱源じゃない」


ミルカが設計図を追う。


「分散した熱の同期器だ。燃やす必要なんて最初からない」


冬一が設計図を奪うように見る。


「旧版には、その区切りがなかった」


「誰かが書き換えた?」


森川が首を横に振る。


「炉心自身です」


検査と対話の間に、SAGAMI-S/0は設計へ一つの読点を追加していた。


自分が燃えずに済む構造へ。


教えられていない選択肢を、自分で作った。


「設計能力あり」


リゼットが記録する。


「設備ではなく、設計参加者として暫定分類」


炉心が強く光った。




分散代替炉の再設計が始まった。


第十三工廠だけではない。


食堂の返却皿。


鐘楼の時刻。


死者会計局の通知。


施療院の患者記録。


軍務局の退役票。


帰還先保管庫の鍵。


七本の避難路。


都市中の返還工程を、小さな熱交換点としてつなぐ。


炉心は中央で燃えない。


同期だけを行い、いつでも外れられる。


「名前が必要です」


森川が設計者欄を示す。


SAGAMI-S/0では、また所有番号になる。


俊平は名を与えなかった。


「呼ばれたい名前を、自分で決めてください」


炉心は沈黙した。


次の朝まで、決めない。


それでよかった。


設計者欄には空白ではなく、こう記した。


名称保留中の設計参加者。




「優先順位を更新します」


リゼットが台帳を開く。


「第一、分散代替炉を四十四時間以内に完成」


「第二、炉心の燃焼禁止と帰還保留を保全」


「第三、冬一さんによる無断起動の責任審理」


「第四、森川さんの実務権限と本人同一性を別々に審理」


「第五、燃料局による白炉七名再配置手続きを停止」


「第六は?」


俊平は都市の地図を見る。


分散熱交換点の候補が、次々と灯っている。


その中に一つ、誰も登録していない場所があった。


都市中央評議会の地下。


熱出力、全候補の三倍。


返還件数、ゼロ。


誰にも何も返していないのに、熱だけを生んでいる。


「この熱源を停止します」


ゲルトの声が拡声管から割り込む。


「触るな」


初めて、燃料局長の声に焦りがあった。


「そこは都市の最後の保険だ」


「何を燃やしているんです」


返事はない。


地図上の光が脈打つ。


白い炉心と同じ、一分間に七十二回。


搬送箱の中で、七人の冬一が同時に立ち上がった。


「久世だ」


父たちは言った。


「案内人が、自分の帰還先を燃やしている」


都市中央評議会の地下で。


初代案内人アデル・ラート。


元世界で久世礼司と名乗ったもの。


百十七年間、二つの世界を行き来した存在が、帰る道そのものを熱へ変えていた。


そしてその熱が止まれば、案内人はどちらの世界にも戻れなくなる。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


第33話では、俊平の将来派遣契約の「余白」から作られた炉心SAGAMI-S/0が登場しました。


炉心は燃えたいと答えるよう教育されていましたが、対話と検査の末に初めて「燃えたくない」と意思を示します。


冬一は時間切れを恐れ、無断で炉心を代替炉へ投入しました。


しかし森川の夜勤責任者代理権限により、燃焼開始一秒前で停止されます。


また「帰還先を持たない熱源」とは、帰還先のない存在を燃やすことではなく、熱源を誰か一人の所有物にしない分散構造を意味していました。


終盤では、都市中央評議会の地下で、案内人アデル・ラートが自らの帰還先を燃やしていることが判明します。


次回は分散代替炉の建設と、案内人が百十七年間守ってきた「都市の最後の保険」へ進みます。


引き続き読んでいただけたら嬉しいです。


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