## 第3話 怨霊裁判
三日目の朝、第十三工廠の出荷門に、首のない兵士が立っていた。
いや、立っていたのは兵士ではない。出荷済みの自己修復甲冑が、戦場から戻ってきたのだ。胸甲の内側には肉片が貼りつき、首のあった場所から黒い煙が漏れている。門番が槍を構えた瞬間、甲冑の腹から何人もの声が重なった。
「名前を返せ」
俊平の視界に文字が浮かぶ。
怨霊訴訟: 発生
原告: 戦場死亡者 41名
被告: 第十三工廠
要求: 製品回収、遺族通知、責任者記録
「訴訟?」
「怨霊裁判です」
リゼットが硬い声で言った。
「死者の訴えを無視すると、工廠全体に呪いが移ります」
「もう十分呪われているように見えますが」
「正式に、です」
会議室は即席の法廷に変えられた。原告席には首のない甲冑。被告席には俊平。リゼットは記録官として立ち、グレンは斧を抱えたまま壁際にいる。作業員たちは扉の外に集まり、誰も声を出さない。
そこへ、骨のように細い男が入ってきた。煤色の法衣をまとい、胸には黒い算盤を下げている。
「ノア・フェル。死者会計局の臨時監査員です」
男は笑った。
「生者の帳簿はよく嘘をつきますが、死者の帳簿は痛みで記録されます。なかなか改竄しにくい」
コーデックスがノアの情報を開いた。
対象: ノア・フェル
状態: 半死者
所属: 死者会計局
敵意: 低
隠し事: 高
「裁判を始めましょう」
ノアが黒い算盤を弾くたび、空中に名札が浮かんだ。四十一枚。そのうち十七枚は名前の半分が削れている。第十三工廠は、出荷を急ぐために鎮魂工程を省き、兵士の名前を製品番号へ置き換えていた。
傍聴していた作業員の一人が、膝から崩れた。
「弟の名札です」
誰も彼を慰めなかった。慰める言葉が、この部屋ではすべて嘘になるからだ。男は床を掻きながら、名札へ手を伸ばした。だが甲冑から伸びた黒い煙がそれを拒む。
「生者が触れるな。名を奪った者が返せ」
俊平は、自分の喉がひどく乾いていることに気づいた。死者は泣かない。だから、部屋に満ちている悲しみは、すべて生き残った者のものだった。
「責任者の名を」
首のない甲冑が胸を叩く。
俊平は帳簿をめくった。前任管理官の署名、倉庫番の受領印、検査班の確認印。だが、その一部に同じ筆跡が混じっていた。
リゼットのものだった。
会議室の空気が冷える。リゼットは否定しなかった。
「私が書き換えました」
グレンが壁から身を起こす。
「おい」
「前任管理官は、鎮魂符を横流しした罪を処刑予定者になすりつけようとしていました。私はその記録を消した。罪も、逃がすべき者の名も、一緒に」
「死者の名前まで消したのか」
グレンの声は低かった。
リゼットの水晶義眼がかすかに震える。
「消さなければ、生きている二十九人が吊るされていました」
俊平は台帳に指を置いた。
(どちらかを選べば、どちらかが消える。そんな帳簿を作ったのは誰だ)
コーデックスは淡々と答えを出す。
推奨対応: リゼット・クロウ処分
想定効果: 怨霊沈静 72%、労働者統制 41%改善
「却下」
俊平は言った。
ノアが目を細める。
「死者の前で、罪を見逃すと?」
「見逃しません。分けます」
俊平は新しい帳票欄を作った。命令者。実行者。強制の有無。被害者。隠蔽理由。救済対象。死者の名を一枚ずつ貼り、前任管理官の横流しを記録し、リゼットの改竄も記録した。ただし、処刑予定者の隠匿には保護対象の赤印を押した。
「罪と事情を混ぜると、弱い人だけが燃やされます」
ノアの算盤が止まった。
首のない甲冑の胸が開き、中から焦げた名札が落ちる。四十一枚。俊平はそれを拾い、遺族通知簿に貼った。
「回収可能な出荷品は全数戻します。遺族通知も出す。責任者は記録する」
「納期は落ちますよ」
ノアが言った。
「落とします」
その時、甲冑の中から最後の声がした。
「次は、生きている者の名前を守れ」
黒い煙が晴れ、甲冑はただの鉄くずになった。
裁判は終わった。だが判決は重かった。出荷済み製品の三割回収。鎮魂工程の停止。納期遅延確定。
廊下で、リゼットが俊平に言った。
「私を処分すれば、数字は良くなりました」
「数字はそう言っています」
「では、なぜ」
俊平は答えるまで少し時間がかかった。
「あなたを燃やして解決する仕組みなら、最初から壊れている」
リゼットは何も言わなかった。ただ、水晶義眼に映る文字列だけが一瞬乱れた。
その夜、ノア・フェルは工廠を去る前に、俊平へ小さな紙片を渡した。
「黒炉都市で、死者の名を戻す管理官は長生きしません」
紙片には、十七人の犠牲候補とは別の名が九つ書かれていた。
その一番上に、俊平の名があった。
紙片の裏には、さらに小さな文字があった。
「死者会計局は、黒炉都市の味方ではありません」
俊平が顔を上げた時、ノアはもういなかった。廊下には、濡れた灰の足跡だけが残っていた。




