表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界工場管理  作者: 好山 雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/11

第2話 十七人の候補

俊平は眠れなかった。


工廠の仮眠室は、仮眠という言葉への侮辱のような場所だった。薄い寝台、油の染みた毛布、壁の向こうから聞こえる歯車の唸り。天井の配管からは、一定の間隔で黒い雫が落ちている。


(眠ったら、あの声をまた聞く)


彼は台帳を開いた。白紙だったはずのページには、いつの間にか十七の名前が並んでいた。


グレン・ヴァルツ。

リゼット・クロウ。

ミルカ。

セナ・イオリス。


俊平の指が止まる。


(主要人物だから選ばれたんじゃない。工廠にとって価値が高いから、燃料として効率がいい)


コーデックスは無慈悲に補足する。


犠牲候補: 高影響個体

想定効果: 労働者統制、怨霊鎮静、黒炉出力安定

推奨実行期限: 48時間以内


扉が叩かれた。リゼットが入ってくる。彼女は台帳を一瞥し、表情を変えなかった。


「見ましたか」


「知っていたんですか」


「前任者も見ました。彼は三人を選び、七人目で壊れました」


俊平は台帳を閉じた。


「選びません」


「なら、別の案が必要です」


「あります」


俊平は壁に工程表を貼った。原料受入、洗浄、鎮魂、鋳込み、検査、出荷。赤い印が多すぎて、ほとんど血の地図だった。


「犠牲者を選ぶ代わりに、損失の発生源を潰します。まず炉前班を二交代から三交代へ。鎮魂工程は独立検査。出荷前の怨霊検査は全数」


リゼットは首を振った。


「人が足りません」


「足りない理由を確認します」


夜明け前、俊平は労働者名簿を見た。死亡者、逃亡者、病欠者、処刑予定者。数字の下に、別の表示が浮かぶ。


隠匿労働者: 29名

隠匿責任者: リゼット・クロウ


俊平はリゼットを見た。


「処刑予定者を逃がしていましたね」


倉庫の奥で、リゼットの水晶義眼が淡く光る。


「告発しますか」


「しません。戻せますか」


「戻せば処刑されます」


「処刑を延期します。工廠再建に必要な技能者として、管理官権限で再登録する」


「監査官が許しません」


「許す形に帳票を作ります」


リゼットは初めて、ほんの少し笑った。


「あなた、善人の顔をして悪いことを覚えるのが早いですね」


「悪いことじゃない。現場復帰です」


「言い方だけは管理官です」


その日の昼、炉前班で反発が起きた。


グレンが俊平の工程表を壁から剥がし、床に叩きつけた。


「休憩を増やせば生産量が戻る? ふざけるな。釜は人間を待たない」


「人間が釜を待てなくなった結果が今です」


「俺たちは昨日今日来たお前より、この炉を知っている」


グレンの怒号に、作業員たちが集まる。誰も俊平に味方しない。燃えた手袋、煤だらけの顔、眠れていない目。彼らの沈黙は、怒鳴り声より重かった。


俊平は床に落ちた工程表を拾わなかった。


「一時間だけください」


「何をする」


「あなたたちの手順を、僕がやります」


炉前がざわついた。


リゼットが低く言う。


「死にますよ」


「現場を見ずに数字だけで命令したら殴ると言われました」


グレンの顔が歪む。


「本気か」


俊平は黒鉄の手袋をはめた。重すぎて指がまともに曲がらない。釜に近づいただけで皮膚が焼ける匂いがした。鎖を引く。甲冑部品は予想より重い。足元が滑る。視界に警告が出続ける。


心拍異常。

熱傷危険。

作業適性: 低。


(知ってる。低くて当然だ)


十分で腕が上がらなくなった。十五分で膝が笑った。二十分で、俊平は鎖を取り落としそうになった。


その瞬間、グレンの義手が鎖を掴む。


「もういい」


「まだ一時間では」


「もういいと言った」


グレンは俊平を炉から引き剥がした。


「お前の案を試す。ただし、現場の手順は俺が直す。お前は数字を見ろ。俺は人を見る」


俊平は荒い息のまま頷いた。


「お願いします」


その夜、最初の三交代表が貼り出された。


処刑予定だった二十九人が、仮登録の技能者として工廠に戻った。誰も拍手しなかった。ただ、名簿に自分の名前を見つけた老人が、声を殺して泣いた。


黒炉は沈黙している。


だが台帳の十七人の名前は、消えていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ