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異世界工場管理  作者: 好山 雪


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15/34

第15話 痛まない石

いつも読んでくださりありがとうございます。


第15話では、第九施療院の地下で止めた「痛覚成熟工程」の代替品作りに入ります。


痛みを材料にしない施療材。


言葉にすると綺麗ですが、黒炉都市では綺麗な理想ほど、すぐに数字で殴られます。


代替品を作れなければ、施療材不足で患者が死ぬ。


けれど、今まで通り痛みを育てれば、別の誰かが削られる。


俊平はその間に立たされます。


今回は、工場管理らしい試作と検証の話でありながら、

俊平自身がどこまで材料に近づいていくのかという話でもあります。



第十三工廠に戻った俊平は、最初に工程表を破った。


正確には、破ろうとして、途中で手を止めた。


第九施療院の地下に貼られていた、痛覚成熟工程の写しだった。


初期苦痛。


孤独化。


希望付与。


希望剥奪。


反復。


品質検査。


出荷。


ひどい工程だ。


人間を材料にして、痛みを育てるための工程表。


破って燃やすべきものだった。


だが、俊平はそれをできなかった。


「管理官」


リゼットが横から言った。


「それを残すのですか」


「はい」


「理由は」


「壊すためには、どこが壊れているか記録が要ります」


リゼットは少しだけ目を伏せた。


「あなたらしい、嫌な正しさです」


「僕もそう思います」


三日。


正確には、残り六十八時間。


第九施療院の施療材在庫は減り続けている。


第十三工廠が代替施療材を作れなければ、オルドは痛覚成熟工程の再開を要求する。


その時に死ぬのは、地下にいた者たちだけではない。


施療材を待つ患者も死ぬ。


俊平の停止命令で。


コーデックスが表示する。


代替施療材試作。

期限: 68時間02分。

要求性能: 痛覚緩和、熱変換、患者負担低。

既存方式: 苦痛記録燃焼。

代替候補: 未処理魂情報の整理熱、安堵記録、回復記憶、管理官同調。


最後の候補だけが赤く光っていた。


管理官同調。


俊平はそれを見ないふりをした。


セナが作業台に工具を並べる。


「まず確認しましょう。痛みを燃料にしない施療材、という話ですが」


「はい」


「黒炉系の炉心石は、基本的に強い感情を食べます。恐怖、苦痛、後悔、罪悪感。つまり、嫌なものほどよく燃える」


ミルカが小さく手を挙げた。


「機械も、嫌な音の方が大きいよ」


「そう。異常音は拾いやすい。正常音は地味です」


セナは炉心石を指で弾いた。


「だから問題は、痛みじゃないものをどう燃料として認識させるかです」


「候補は」


「安堵、回復記憶、名前の復元、誰かに見捨てられなかった記録」


リゼットが眉を寄せる。


「それは、燃えるのですか」


「普通は燃えません」


セナは笑った。


「だから無茶です」


グレンが炉前区画から戻ってきた。


「無茶なのはいつものことだ。で、何を叩けばいい」


「今回は叩かないでください」


「俺の仕事がない」


「あります。試作炉を安定させてください。暴走したら全員で焼けます」


「それは仕事だな」


サマラは灰の組合の帳簿を抱えていた。


「こっちは、施療院から移された患者名を照合したよ」


「何人ですか」


「地下で見た分だけで四十九。帳簿に残ってるのは二十一。残りは、痛みだけあって名前がない」


名前がない。


第十三工廠に来てから、何度も聞いた言葉だった。


死者の名前。


労働者の名前。


兵士の名前。


患者の名前。


この都市は、人を燃やす前に名前を削る。


燃えやすくするために。


俊平は壁に新しい工程表を貼った。


代替施療材試作工程。


一、対象者の名前確認。


二、痛みと本人を分離。


三、痛みではなく、回復意志を記録。


四、施療石へ転写。


五、患者本人の同意確認。


六、短時間試験。


ナギがそれを見て言った。


「綺麗な工程だね」


「問題がありますか」


「綺麗すぎる。こういうのは、どこかで血が出る」


俊平は答えられなかった。


ナギの言う通りだった。


工程表に血が書かれていない時は、たいてい誰かが欄外で血を流す。


最初の試験対象は、ルカだった。


ヘレナの弟。


灰肺で呼吸が浅く、石化処置の途中で第十三工廠へ運ばれてきた少年。


透明な炉心石の中で、彼はまだ眠っている。


ミルカが石に耳を当てる。


「怖がってる。でも、ヘレナの声を探してる」


ヘレナは震える手で石に触れた。


「ルカ。聞こえる?」


石の中の指が動いた。


リィンが耳を塞ぎながら言う。


「鐘が小さくなった。死ぬ鐘じゃない。待ってる鐘」


俊平は台帳を開く。


ルカ・灰鐘。

状態: 半石化。

痛覚記録: 過飽和。

回復意志: 微弱。

保護者声紋反応: あり。


「ヘレナさん」


「はい」


「弟さんに、痛みではなく、帰りたい場所を思い出させてください」


「帰りたい場所」


「家でも、工廠でも、あなたの声でもいい。痛み以外の記録が必要です」


ヘレナは泣きそうな顔で笑った。


「ルカ。覚えてる? 灰が降る日は、屋根の下でパンを焼いたね。硬くて、焦げてて、でも二人で食べたらおいしかった」


石の中の呼吸が、少しだけ深くなる。


「あなた、焦げたところばかり私にくれた。自分は柔らかいところを食べてた。ばれてたよ」


エイベルが小さく笑った。


ミルカも笑った。


その場に、ほんの一瞬だけ工廠ではない空気が流れた。


コーデックスが反応する。


回復記憶: 検出。

安堵反応: 微弱。

熱変換可能性: 3%。


低い。


あまりにも低い。


「三パーセント」


セナが覗き込む。


「厳しいですね」


「はい」


「管理官同調を使えば?」


リゼットが即座に言った。


「使いません」


セナは両手を上げる。


「提案しただけです」


だが、コーデックスは同じ案を出していた。


管理官同調使用時。

回復記憶増幅: 68%。

管理官魂摩耗: 4%。

黒炉適合率: 上昇。


四パーセント。


前線で六パーセント。


今、四パーセント。


足せば十。


数字はいつも、簡単に足し算をする。


リゼットが俊平の手首を見た。


黒い糸痕は、袖の中で脈を打っている。


「考えないでください」


「考えています」


「やめてください」


「やめたいです」


ヘレナが顔を上げた。


「管理官さん。私の痛みを使ってください」


「使いません」


「私のせいで、ルカは」


「使いません」


俊平は強く言った。


「誰かの罪悪感で弟さんを治せば、この仕組みと同じです」


ヘレナは口を閉じた。


サマラが低く言う。


「じゃあ、何を使う」


俊平は工程表を見た。


痛みではないもの。


苦しみではないもの。


恐怖ではないもの。


だが、黒炉が燃料として認識できるほど強いもの。


ミルカがぽつりと言った。


「機械はね、壊れる前に泣くけど、直った時にも少し鳴るよ」


「直った時?」


「うん。泣き止む音。すごく小さいけど」


リィンが顔を上げる。


「鐘もある。死ぬ鐘じゃなくて、戻ってくる鐘。小さいけど、重い」


セナが目を細めた。


「異常音ではなく、復旧音」


俊平の頭の中で、工程表が組み替わる。


痛みそのものではなく、痛みが止まる瞬間。


恐怖そのものではなく、恐怖から戻る瞬間。


苦痛の燃焼ではなく、異常から正常へ戻る差分。


「回復差分」


リゼットが繰り返す。


「痛みを燃やすのではなく、痛みが減った変化を熱にする」


「できますか」


セナが笑った。


「理屈は綺麗です。実装は最悪です」


「いつも通りですね」


「ええ、最悪です」


試作炉が組み上がったのは、日付が変わる直前だった。


炉前班が小型黒炉の外殻を押さえ、セナが水晶回路を組む。


ミルカは機械の復旧音を聞き分ける。


リィンは鐘の戻り音を拾う。


ヘレナはルカの名前を呼び続ける。


俊平は、全員の記録を台帳にまとめる。


痛みを直接抜かない。


恐怖を燃やさない。


回復差分だけを抽出する。


試作名は、セナが勝手につけた。


無痛施療石。


「名前だけは良いですね」


「名前くらい良くないと、やってられません」


最初の起動で、試作炉は沈黙した。


二度目で、炉心石が割れた。


三度目で、ルカの呼吸が一瞬止まった。


ヘレナが悲鳴を上げる。


「止めて!」


俊平は停止符に手を伸ばした。


その前に、ミルカが叫ぶ。


「まだ! 今、戻る音がした!」


リィンも泣きながら頷いた。


「鐘が戻ってる。小さいけど、戻ってる」


俊平は手を止めた。


止めれば安全。


続ければ危険。


だが、止めれば何も変わらない。


コーデックスが警告を出す。


試験継続リスク: 高。

ルカ死亡率: 27%。

成功率: 19%。


十九。


さっきより上がっている。


「続行」


自分の声が冷たかった。


ヘレナが俊平を見た。


その目に、憎しみが少しだけ混じっていた。


当然だった。


弟の命を、今この瞬間、工程判断に使っている。


俊平はその視線を受け止めた。


逃げてはいけない。


試作炉が低く鳴る。


黒い煙ではなく、薄い白い蒸気が上がった。


ルカの石化した腕の表面に、細い亀裂が走る。


割れる。


違う。


剥がれている。


石が、皮膚から剥がれている。


ヘレナが口を押さえた。


ルカの指が動いた。


今度は、はっきりと。


「姉……さん」


声は掠れていた。


だが、声だった。


ヘレナが泣き崩れる。


ミルカが笑った。


リィンは耳を塞いだまま、涙をこぼしている。


「戻る鐘、鳴った」


セナは試作炉の数値を見ていた。


「効果時間、九分」


「九分」


「はい。九分だけ、痛みを抑えて石化を戻しました。その後は再進行します」


ヘレナの顔から血の気が引く。


「じゃあ、ルカは」


「まだ助かっていません」


俊平は言った。


言わなければならなかった。


「でも、証明はできました。痛みを燃やさなくても、施療材は作れる」


セナが頷く。


「九分の証明ですけどね」


「九分あれば、帳簿に載せられます」


リゼットがすでに記録していた。


無痛施療石試作一号。

対象: ルカ・灰鐘。

効果: 石化進行一時停止、痛覚緩和、発声回復。

持続時間: 九分十二秒。

副作用: 試作炉過熱、回復差分不足。


サマラが言った。


「九分じゃ、患者は救えない」


「はい」


「でも、嘘は壊せる」


「はい」


痛みでなければ燃料にならない。


その嘘を、九分だけ壊した。


それだけだ。


だが、この都市では、それだけでも武器になる。


夜明け前、俊平は第九施療院へ送る報告書を書いた。


痛覚成熟工程停止の代替案。


無痛施療石試作結果。


痛覚資産を用いない施療効果の実証。


既存制度の唯一性否定。


リゼットが横で言う。


「これで、痛覚成熟工程を再開する根拠は弱まります」


「弱まるだけです」


「はい。向こうは反論します」


「反論させます」


俊平はペンを置いた。


その瞬間、手首の黒い糸痕が強く痛んだ。


コーデックスが勝手に開く。


管理官同調未使用。

魂摩耗増加: 0%。

黒炉適合率: 微増。

理由: 回復差分観測。


「使っていないのに、増えるんですね」


リゼットが覗き込む。


「何がです」


「適合率です」


部屋が静かになった。


黒炉は、痛みだけではなく、回復も見ている。


俊平が見つけたものを、黒炉も学んでいる。


ミルカが小さく言った。


「黒炉、今の音を覚えた」


「良いことですか」


「わかんない」


ミルカは首を振った。


「でも、嬉しそうじゃない。お腹が空いた時みたい」


痛みではない燃料を見つけた。


そのはずだった。


だが、黒炉にとっては、新しい食べ方を覚えただけかもしれない。


俊平は報告書を見た。


九分の救い。


新しい危険。


どちらも同じ紙の上にある。


朝鐘が鳴る。


期限まで、残り四十六時間。


ルカはまだ完全には戻っていない。


第九施療院は、必ず反撃してくる。


それでも、俊平は工程表に次の一行を書いた。


無痛施療石二号、試作開始。


誰かを苦しめない治療を作る。


そのための最初の九分を、彼らは手に入れた。


ここまで読んでくださりありがとうございました。


第15話では、痛みそのものではなく「痛みが減る瞬間」を燃料化する、無痛施療石の試作を描きました。


結果は完全成功ではありません。


ルカを救えたのは九分だけです。


けれど、その九分によって「痛みを使わなければ施療材は作れない」という第九施療院側の前提は崩れました。


一方で、黒炉もまたその回復差分を覚え始めています。


俊平が新しい救いの仕組みを見つけるたび、黒炉も新しい食べ方を学ぶ。


この危うさが、第二部ではさらに大きくなっていきます。


次回は、第九施療院側の反撃と、無痛施療石二号の試作に進みます。


九分の救いを、本当に治療と呼べるものへ伸ばせるのか。


引き続き読んでいただけたら嬉しいです。


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