第12話 総監代理
いつも読んでくださりありがとうございます。
第12話は、第一部の区切りとなる回です。
第十三工廠は、事故、怨霊、監査、商会、戦場、黒炉熱をくぐり抜けてきました。
俊平は誰かを燃やす代わりに、記録し、登録し、契約の意味を書き換えてきました。
けれど、その積み重ねは工廠を救うだけでは終わりません。
黒炉都市そのものが、俊平のやり方を危険な実験として見始めます。
今回は、俊平が「第十三工廠の管理官」から、都市全体の問題へ踏み込まされる話です。
彼はまだ人間でいられるのか。
第一部の終着点として読んでいただければ嬉しいです。
十二日目、第十三工廠に黒い馬車が七台並んだ。
バルトロメウスが来る時は、いつも白手袋と灰布の匂いが先に届く。だが今回は違った。馬車から降りたのは、監査局だけではない。軍務局、死者会計局、黒炉神殿、ヴェイン軍需商会、そして都市評議会の代理人たち。
工廠の正門前に、臨時評議場が作られた。
「大げさですね」
俊平が言うと、バルトロメウスは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたが大げさなことをしたからです」
この数日で、第十三工廠は変わった。灰の組合が監査席を持ち、リィンは黒炉予兆を鐘の音として記録し、ヘレナは鎮魂符の監査下作成を始めた。セナの裏切りは正式には保留。グレンの炉前班は前線仕様の甲冑改修に取りかかり、ミルカは機械の泣き声を日報にしている。
正常ではない。
だが、以前より死ににくい。
工廠の入口には、労働者たちが並んでいた。誰も命令していない。サマラが立てと言ったわけでも、グレンが集めたわけでもない。
灰洗い、炉前、検査、搬入、鎮魂。部署ごとに服も匂いも違う者たちが、黙って評議場を見ている。
その中に、ヘレナの弟もいた。細い腕で咳をしながら、姉の作った粗末な御守りを握っている。エイベルとリィンは隣に立ち、リィンは耳を塞いでいた。聞きたくない鐘が鳴っているのだろう。
俊平は彼らを見て、逃げ場がないと思った。
責任とは、誰かに期待されることではない。
誰かの視線で、後ろへ下がる場所がなくなることだ。
コーデックスが表示する。
第十三工廠
稼働率: 84%
死亡事故発生率: 基準値の1.6倍
怨霊混入率: 管理下
労働者逃亡率: 低下
監査局統制率: 低下
都市影響度: 上昇
最後の二行が赤かった。
評議場の中央で、黒炉神殿の司祭が杖を鳴らした。皮膚が透けるほど白い男で、瞳が炭のように黒い。
「第十三工廠は黒炉契約を乱した。供物記録の開示、人工生命への労働者登録、感染者炉心還元の拒否。いずれも、黒炉の飢えを軽視する行為である」
マルタが続ける。
「加えて、商会契約への不当介入。商品番号の強奪、証拠通信の外部漏洩。第十三工廠はもはや一工廠ではなく、都市秩序への脅威です」
軍務局の代理は、腕を組んだまま言った。
「前線からは、第十三工廠の改修品継続を求める嘆願が来ている。兵士の生存率は上がった。だが、納期は不安定だ」
ノア・フェルは黒い算盤を撫でる。
「死者会計局としては、死者名簿の復元を評価します。ただし、名を戻された死者は責任の所在も求める。第十三工廠は、都市全体の過去を掘り返す穴になりつつある」
サマラが灰の組合代表として立った。
「穴で結構。上に綺麗な床を張って、下で腐らせるよりましだ」
司祭がサマラを見た。
「灰洗いの女が、黒炉を語るか」
「私は十六年、あんたらが吐かせた灰を洗ってきた。語る資格なら肺の中に詰まってる」
評議場がざわめく。
バルトロメウスは手を叩いた。
「では、管理官殿。あなたの弁明を」
俊平は一歩前へ出た。
「弁明はありません」
リゼットが横で小さく息を止める。
「第十三工廠は契約を乱しました。商会契約にも介入した。供物記録も開示した。人工生命を労働者に登録し、感染者を燃やさず、不正を行った者を処刑しなかった」
マルタの唇が上がる。
「自白ですね」
「はい」
俊平は続けた。
「その結果、死亡事故は下がり、怨霊混入も下がり、前線の生存率は上がりました。工廠はまだ壊れています。ですが、壊れ方を記録できるようになった」
司祭が杖を鳴らす。
「黒炉は記録では満たされぬ」
「満たす必要がありますか」
評議場が静まり返った。
「黒炉は都市の心臓です。止めれば都市は死ぬ。だから燃料は必要です。ですが、恐怖や痛みを増やすことが唯一の燃料なら、この都市は改善するほど飢えることになる」
バルトロメウスの目が輝いた。
「では、あなたは黒炉の餌を変えると?」
「変えます」
俊平は台帳を開いた。
「恐怖、痛み、後悔。これらはすべて、未処理の情報です。死者の名、労働者の不満、設備の異常、契約の歪み。放置されるほど腐り、黒炉はそれを食べる。なら、処理済みの情報を燃料にできないか」
セナが小さく笑った。
「無茶を言い始めましたね」
「無茶ではありません。前線で甲冑と同調した時、恐怖を工程に変換できました。黒炉熱の時は、恐怖記録を炉心石へ移せた。ミルカは機械の異常を言葉にできる。リィンは黒炉の予兆を鐘として聞ける」
俊平は自分の手首を見た。黒い糸痕が、まだ脈打っている。
「黒炉は感情を食べているのではなく、未整理の魂の情報を食べている可能性があります」
ノアの算盤が止まった。
「死者会計局の古い仮説です。実証した者は、だいたい燃えましたが」
「でしょうね」
司祭の顔が歪む。
「冒涜だ」
「改善案です」
「同じことだ」
黒炉神殿の司祭が杖を掲げた。評議場の床に黒い紋が走る。俊平の足元から熱が上がった。
「横村俊平。黒炉契約違反により、炉心適性試験を行う」
グレンが斧を抜いた。
「ふざけるな」
「下がってください」
俊平は言った。
「管理官」
「下がってください。ここで暴れたら、工廠全体が反逆になります」
リゼットが青ざめた顔で俊平を見た。
「まさか、受ける気ですか」
「受けます」
「駄目です」
「ここで拒否すると、ミルカの登録も、ヘレナの処分保留も、リィンの雇用契約も全部取り消されます」
「あなたが燃えたら意味がありません」
俊平は少しだけ笑った。
「燃えないようにします」
床の紋が開き、黒炉の熱が直接流れ込む。視界が白く弾けた。
彼は工廠を見た。炉前で働くグレン、記録するリゼット、機械に耳を当てるミルカ、軽口を叩きながら配線を繋ぐセナ、妹の手を引くエイベル、鐘を聞くリィン、灰を洗うサマラ、短剣を隠すナギ、泣きながら鎮魂符を書くヘレナ。
全員が線になる。
工程になる。
損失になる。
資産になる。
コーデックスが開く。
炉心適性: 極めて高
接続すれば、第十三工廠の全工程を最適化可能。
必要犠牲数: 8から0へ。
管理官人格残存率: 21%
黒炉の声がした。
おまえが部品になれば、誰も選ばずに済む。
俊平は、少しだけ心が揺れた。
誰も選ばずに済む。
なんて甘い言葉だろう。
だが、ミルカの声が聞こえた。
「俊平、機械が泣いてる。俊平が部品になったら、みんな黙っちゃうって」
リィンの鐘が鳴る。
「燃える鐘が、止まらなくなる」
リゼットの声が続いた。
「管理官。あなたは帳簿の外にいてください」
俊平は目を開けた。
「接続を拒否します」
黒炉が怒る。
「ただし、試験結果は記録します」
彼は台帳に書いた。
黒炉燃料仮説。
未処理魂情報の整理による代替燃焼。
実験対象: 第十三工廠。
責任者: 横村俊平。
監査参加: 死者会計局、労働者監査席、前線軍務局。
さらに、俊平は一行を書き足した。
管理官単独判断の禁止。
コーデックスが激しく乱れる。
管理効率低下。
緊急対応速度低下。
犠牲回避率: 不明。
「それでいい」
俊平は呟いた。
「僕一人が一番早く選べるなら、その速さが一番危ない」
サマラが遠くで杖を鳴らした。
「聞いたよ」
グレンが笑う。
「現場を通せってことだな」
リゼットは無表情で頷いた。
「記録官として承認します。管理官が不満でも、記録に残します」
セナが肩をすくめる。
「民主的な地獄になってきましたね」
「地獄のままよりは」
「まあ、少しは」
司祭が叫んだ。
「誰が許す!」
バルトロメウスが手を挙げた。
「監査局は、実験を許可します」
全員が彼を見た。
バルトロメウスは、これまでで一番楽しそうに微笑んでいた。
「ただし条件があります。横村俊平を第十三工廠管理官から、黒炉都市総監代理候補へ格上げする。実験が失敗した場合、彼個人ではなく、関係区画全体を処分対象とする」
リゼットが低く言う。
「罠です」
「はい」
俊平は答えた。
「でも、これで第十三工廠だけの話ではなくなりました」
マルタは冷たい目で俊平を見ていた。
「都市を敵に回しましたね」
「元から味方ではありません」
ノアが算盤を鳴らす。
「死者会計局は実験記録を求めます」
軍務局代理が頷く。
「前線は改修品を求める」
サマラが杖を突いた。
「灰の組合は、帳簿を見る」
グレンが斧を肩に担ぐ。
「俺は現場を見る」
リゼットが台帳を抱え直した。
「私は、あなたが怪物になった時の記録を残します」
「できれば止めてください」
「記録してから止めます」
セナが笑った。
「ひどい職場だなあ。退職届はどこに出せば?」
ミルカが手を挙げた。
「機械に出すと、たぶん泣くよ」
その日、第十三工廠は閉鎖を免れた。
だが代わりに、都市全体の実験場になった。
夜、俊平は一人で工廠の屋上に立った。黒炉都市の煙突が、地平線まで並んでいる。どの煙突の下にも、名前を消された誰かがいる。
台帳を開くと、八人の犠牲候補リストは消えていた。
代わりに、新しい項目が浮かぶ。
都市犠牲候補: 算定不能。
管理官責任範囲: 拡大中。
人間性摩耗率: 14%。
俊平は夜風の中で、静かに笑った。
笑えることが、まだ少し怖かった。
第一部は、ここで終わった。
工場は生き残った。
管理官は、まだ人間だった。
たぶん。
その夜遅く、バルトロメウスは監査局の馬車の中で一通の報告書を書いていた。
宛先は、黒炉都市管理総監。
「異界管理官、横村俊平。善性を保持したまま、支配構造の再設計を開始。自己犠牲衝動あり。帳簿改変能力、想定以上。黒炉との適合進行」
彼はそこで筆を止め、楽しそうに続きを書く。
「怪物化は遅い。だが、遅い怪物ほど完成度が高い可能性あり」
馬車の外では、第十三工廠の煙突が夜の中で赤く光っている。
バルトロメウスは白手袋を外し、自分の掌に刻まれた古い炉印を見つめた。
「さあ、管理官殿」
彼は誰にも聞こえない声で言った。
「あなたは都市を救うのか。それとも、都市より上手に人を燃やすのか」
ここまで読んでくださりありがとうございました。
第12話で、第十三工廠は閉鎖を免れました。
しかしそれは勝利というより、より大きな実験場に組み込まれたという形です。
俊平は黒炉への完全接続を拒みましたが、同時に「黒炉の餌を変える」という危険な仮説を掲げました。
誰かを燃やして帳尻を合わせる都市で、未処理の痛みや恐怖を記録し、整理し、別の燃料に変えられるのか。
ここから物語は、第十三工廠だけでなく、黒炉都市全体へ広がっていきます。
第一部では、俊平が現場を守る管理官になるまでを描きました。
第二部では、守る範囲が広がるほど、彼自身がどこまで怪物に近づいていくのかを描いていく予定です。
引き続き、黒炉都市ラグナと第十三工廠を見守っていただけたら嬉しいです。




