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異世界工場管理  作者: 好山 雪


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12/34

第12話 総監代理

いつも読んでくださりありがとうございます。


第12話は、第一部の区切りとなる回です。


第十三工廠は、事故、怨霊、監査、商会、戦場、黒炉熱をくぐり抜けてきました。


俊平は誰かを燃やす代わりに、記録し、登録し、契約の意味を書き換えてきました。


けれど、その積み重ねは工廠を救うだけでは終わりません。


黒炉都市そのものが、俊平のやり方を危険な実験として見始めます。


今回は、俊平が「第十三工廠の管理官」から、都市全体の問題へ踏み込まされる話です。


彼はまだ人間でいられるのか。


第一部の終着点として読んでいただければ嬉しいです。



十二日目、第十三工廠に黒い馬車が七台並んだ。


バルトロメウスが来る時は、いつも白手袋と灰布の匂いが先に届く。だが今回は違った。馬車から降りたのは、監査局だけではない。軍務局、死者会計局、黒炉神殿、ヴェイン軍需商会、そして都市評議会の代理人たち。


工廠の正門前に、臨時評議場が作られた。


「大げさですね」


俊平が言うと、バルトロメウスは嬉しそうに微笑んだ。


「あなたが大げさなことをしたからです」


この数日で、第十三工廠は変わった。灰の組合が監査席を持ち、リィンは黒炉予兆を鐘の音として記録し、ヘレナは鎮魂符の監査下作成を始めた。セナの裏切りは正式には保留。グレンの炉前班は前線仕様の甲冑改修に取りかかり、ミルカは機械の泣き声を日報にしている。


正常ではない。


だが、以前より死ににくい。


工廠の入口には、労働者たちが並んでいた。誰も命令していない。サマラが立てと言ったわけでも、グレンが集めたわけでもない。


灰洗い、炉前、検査、搬入、鎮魂。部署ごとに服も匂いも違う者たちが、黙って評議場を見ている。


その中に、ヘレナの弟もいた。細い腕で咳をしながら、姉の作った粗末な御守りを握っている。エイベルとリィンは隣に立ち、リィンは耳を塞いでいた。聞きたくない鐘が鳴っているのだろう。


俊平は彼らを見て、逃げ場がないと思った。


責任とは、誰かに期待されることではない。


誰かの視線で、後ろへ下がる場所がなくなることだ。


コーデックスが表示する。


第十三工廠

稼働率: 84%

死亡事故発生率: 基準値の1.6倍

怨霊混入率: 管理下

労働者逃亡率: 低下

監査局統制率: 低下

都市影響度: 上昇


最後の二行が赤かった。


評議場の中央で、黒炉神殿の司祭が杖を鳴らした。皮膚が透けるほど白い男で、瞳が炭のように黒い。


「第十三工廠は黒炉契約を乱した。供物記録の開示、人工生命への労働者登録、感染者炉心還元の拒否。いずれも、黒炉の飢えを軽視する行為である」


マルタが続ける。


「加えて、商会契約への不当介入。商品番号の強奪、証拠通信の外部漏洩。第十三工廠はもはや一工廠ではなく、都市秩序への脅威です」


軍務局の代理は、腕を組んだまま言った。


「前線からは、第十三工廠の改修品継続を求める嘆願が来ている。兵士の生存率は上がった。だが、納期は不安定だ」


ノア・フェルは黒い算盤を撫でる。


「死者会計局としては、死者名簿の復元を評価します。ただし、名を戻された死者は責任の所在も求める。第十三工廠は、都市全体の過去を掘り返す穴になりつつある」


サマラが灰の組合代表として立った。


「穴で結構。上に綺麗な床を張って、下で腐らせるよりましだ」


司祭がサマラを見た。


「灰洗いの女が、黒炉を語るか」


「私は十六年、あんたらが吐かせた灰を洗ってきた。語る資格なら肺の中に詰まってる」


評議場がざわめく。


バルトロメウスは手を叩いた。


「では、管理官殿。あなたの弁明を」


俊平は一歩前へ出た。


「弁明はありません」


リゼットが横で小さく息を止める。


「第十三工廠は契約を乱しました。商会契約にも介入した。供物記録も開示した。人工生命を労働者に登録し、感染者を燃やさず、不正を行った者を処刑しなかった」


マルタの唇が上がる。


「自白ですね」


「はい」


俊平は続けた。


「その結果、死亡事故は下がり、怨霊混入も下がり、前線の生存率は上がりました。工廠はまだ壊れています。ですが、壊れ方を記録できるようになった」


司祭が杖を鳴らす。


「黒炉は記録では満たされぬ」


「満たす必要がありますか」


評議場が静まり返った。


「黒炉は都市の心臓です。止めれば都市は死ぬ。だから燃料は必要です。ですが、恐怖や痛みを増やすことが唯一の燃料なら、この都市は改善するほど飢えることになる」


バルトロメウスの目が輝いた。


「では、あなたは黒炉の餌を変えると?」


「変えます」


俊平は台帳を開いた。


「恐怖、痛み、後悔。これらはすべて、未処理の情報です。死者の名、労働者の不満、設備の異常、契約の歪み。放置されるほど腐り、黒炉はそれを食べる。なら、処理済みの情報を燃料にできないか」


セナが小さく笑った。


「無茶を言い始めましたね」


「無茶ではありません。前線で甲冑と同調した時、恐怖を工程に変換できました。黒炉熱の時は、恐怖記録を炉心石へ移せた。ミルカは機械の異常を言葉にできる。リィンは黒炉の予兆を鐘として聞ける」


俊平は自分の手首を見た。黒い糸痕が、まだ脈打っている。


「黒炉は感情を食べているのではなく、未整理の魂の情報を食べている可能性があります」


ノアの算盤が止まった。


「死者会計局の古い仮説です。実証した者は、だいたい燃えましたが」


「でしょうね」


司祭の顔が歪む。


「冒涜だ」


「改善案です」


「同じことだ」


黒炉神殿の司祭が杖を掲げた。評議場の床に黒い紋が走る。俊平の足元から熱が上がった。


「横村俊平。黒炉契約違反により、炉心適性試験を行う」


グレンが斧を抜いた。


「ふざけるな」


「下がってください」


俊平は言った。


「管理官」


「下がってください。ここで暴れたら、工廠全体が反逆になります」


リゼットが青ざめた顔で俊平を見た。


「まさか、受ける気ですか」


「受けます」


「駄目です」


「ここで拒否すると、ミルカの登録も、ヘレナの処分保留も、リィンの雇用契約も全部取り消されます」


「あなたが燃えたら意味がありません」


俊平は少しだけ笑った。


「燃えないようにします」


床の紋が開き、黒炉の熱が直接流れ込む。視界が白く弾けた。


彼は工廠を見た。炉前で働くグレン、記録するリゼット、機械に耳を当てるミルカ、軽口を叩きながら配線を繋ぐセナ、妹の手を引くエイベル、鐘を聞くリィン、灰を洗うサマラ、短剣を隠すナギ、泣きながら鎮魂符を書くヘレナ。


全員が線になる。


工程になる。


損失になる。


資産になる。


コーデックスが開く。


炉心適性: 極めて高

接続すれば、第十三工廠の全工程を最適化可能。

必要犠牲数: 8から0へ。

管理官人格残存率: 21%


黒炉の声がした。


おまえが部品になれば、誰も選ばずに済む。


俊平は、少しだけ心が揺れた。


誰も選ばずに済む。


なんて甘い言葉だろう。


だが、ミルカの声が聞こえた。


「俊平、機械が泣いてる。俊平が部品になったら、みんな黙っちゃうって」


リィンの鐘が鳴る。


「燃える鐘が、止まらなくなる」


リゼットの声が続いた。


「管理官。あなたは帳簿の外にいてください」


俊平は目を開けた。


「接続を拒否します」


黒炉が怒る。


「ただし、試験結果は記録します」


彼は台帳に書いた。


黒炉燃料仮説。

未処理魂情報の整理による代替燃焼。

実験対象: 第十三工廠。

責任者: 横村俊平。

監査参加: 死者会計局、労働者監査席、前線軍務局。


さらに、俊平は一行を書き足した。


管理官単独判断の禁止。


コーデックスが激しく乱れる。


管理効率低下。

緊急対応速度低下。

犠牲回避率: 不明。


「それでいい」


俊平は呟いた。


「僕一人が一番早く選べるなら、その速さが一番危ない」


サマラが遠くで杖を鳴らした。


「聞いたよ」


グレンが笑う。


「現場を通せってことだな」


リゼットは無表情で頷いた。


「記録官として承認します。管理官が不満でも、記録に残します」


セナが肩をすくめる。


「民主的な地獄になってきましたね」


「地獄のままよりは」


「まあ、少しは」


司祭が叫んだ。


「誰が許す!」


バルトロメウスが手を挙げた。


「監査局は、実験を許可します」


全員が彼を見た。


バルトロメウスは、これまでで一番楽しそうに微笑んでいた。


「ただし条件があります。横村俊平を第十三工廠管理官から、黒炉都市総監代理候補へ格上げする。実験が失敗した場合、彼個人ではなく、関係区画全体を処分対象とする」


リゼットが低く言う。


「罠です」


「はい」


俊平は答えた。


「でも、これで第十三工廠だけの話ではなくなりました」


マルタは冷たい目で俊平を見ていた。


「都市を敵に回しましたね」


「元から味方ではありません」


ノアが算盤を鳴らす。


「死者会計局は実験記録を求めます」


軍務局代理が頷く。


「前線は改修品を求める」


サマラが杖を突いた。


「灰の組合は、帳簿を見る」


グレンが斧を肩に担ぐ。


「俺は現場を見る」


リゼットが台帳を抱え直した。


「私は、あなたが怪物になった時の記録を残します」


「できれば止めてください」


「記録してから止めます」


セナが笑った。


「ひどい職場だなあ。退職届はどこに出せば?」


ミルカが手を挙げた。


「機械に出すと、たぶん泣くよ」


その日、第十三工廠は閉鎖を免れた。


だが代わりに、都市全体の実験場になった。


夜、俊平は一人で工廠の屋上に立った。黒炉都市の煙突が、地平線まで並んでいる。どの煙突の下にも、名前を消された誰かがいる。


台帳を開くと、八人の犠牲候補リストは消えていた。


代わりに、新しい項目が浮かぶ。


都市犠牲候補: 算定不能。

管理官責任範囲: 拡大中。

人間性摩耗率: 14%。


俊平は夜風の中で、静かに笑った。


笑えることが、まだ少し怖かった。


第一部は、ここで終わった。


工場は生き残った。


管理官は、まだ人間だった。


たぶん。


その夜遅く、バルトロメウスは監査局の馬車の中で一通の報告書を書いていた。


宛先は、黒炉都市管理総監。


「異界管理官、横村俊平。善性を保持したまま、支配構造の再設計を開始。自己犠牲衝動あり。帳簿改変能力、想定以上。黒炉との適合進行」


彼はそこで筆を止め、楽しそうに続きを書く。


「怪物化は遅い。だが、遅い怪物ほど完成度が高い可能性あり」


馬車の外では、第十三工廠の煙突が夜の中で赤く光っている。


バルトロメウスは白手袋を外し、自分の掌に刻まれた古い炉印を見つめた。


「さあ、管理官殿」


彼は誰にも聞こえない声で言った。


「あなたは都市を救うのか。それとも、都市より上手に人を燃やすのか」



ここまで読んでくださりありがとうございました。


第12話で、第十三工廠は閉鎖を免れました。


しかしそれは勝利というより、より大きな実験場に組み込まれたという形です。


俊平は黒炉への完全接続を拒みましたが、同時に「黒炉の餌を変える」という危険な仮説を掲げました。


誰かを燃やして帳尻を合わせる都市で、未処理の痛みや恐怖を記録し、整理し、別の燃料に変えられるのか。


ここから物語は、第十三工廠だけでなく、黒炉都市全体へ広がっていきます。


第一部では、俊平が現場を守る管理官になるまでを描きました。


第二部では、守る範囲が広がるほど、彼自身がどこまで怪物に近づいていくのかを描いていく予定です。


引き続き、黒炉都市ラグナと第十三工廠を見守っていただけたら嬉しいです。


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