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異世界工場管理  作者: 好山 雪


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11/35

第11話 黒い発熱

いつも読んでくださりありがとうございます。


第11話は、前線から戻った第十三工廠に起きる「病」の話です。


戦場で俊平は兵士を救いました。


けれど、そのために甲冑と同調し、黒炉に少し近づいてしまいました。


今回、その代償が工廠内へ広がっていきます。


誰かを燃やせば、数字は良くなる。


では、燃やさずに済ませるためには、どんな罰を作ればいいのか。


今回は俊平の優しさではなく、優しさに似た管理欲の怖さにも触れていく回です。



前線から戻った翌日、第十三工廠で熱病が出た。


最初に倒れたのは、炉前班の若い作業員だった。額に汗を浮かべ、歯を鳴らしながら「寒い」と繰り返す。炉の前で働いているのに、毛布を三枚かけても震えが止まらない。


次に鎮魂室の見習いが倒れた。続いて灰洗い場、検査室、搬入口。


半日で二十七人。


発熱者の皮膚には、黒い細線が浮かんでいた。俊平の手首に残った糸痕と、よく似ていた。


リゼットが隔離区画の入口で言った。


「黒炉熱です。普通は炉心近くで働く者にだけ出ます」


「感染するんですか」


「本来はしません」


セナが険しい顔で検査器を覗く。


「本来は、ね。今回は違う。魔力じゃなくて、工程を伝ってる」


「工程?」


「同じ甲冑、同じ冷却液、同じ検査針。あと、管理官殿が前線で同調した甲冑のデータ」


俊平の手首が疼いた。


コーデックスが表示する。


黒炉熱変異株

感染経路: 修復糸記録、検査器具、恐怖共有

致死率: 18%

労働不能率: 64%

推奨対応: 感染者隔離、重症者炉心還元


「炉心還元って何ですか」


答えは表示された。


感染者を黒炉へ投入し、熱病の情報を燃焼処理する。


俊平は台帳を閉じた。


「却下」


「でしょうね」


セナは疲れたように笑った。


「でも時間がない。放置すれば明日には百人単位です」


サマラが隔離区画の中から怒鳴った。


「管理官、こっちにも聞こえてるよ。燃やすなら先に言いな。逃げるから」


「燃やしません」


「言葉だけなら前任者も上手かった」


「では、工程で示します」


俊平は床に大きな工程図を描いた。発熱者の所属、使った工具、通った場所、触れた製品、恐怖を感じた瞬間。コーデックスは人間を線と点に変えていく。誰が誰と接触し、どの道具を使い、どの記憶に触れたか。


隔離区画には、仕事を止められない者たちの苛立ちが満ちていた。


「俺が休んだら、炉前が回らない」


「子供に薬を持って帰らなきゃ」


「熱なんか毎日ある。今さら隔離だと?」


俊平は一人ずつ止めた。止めるたびに、生産見込みが下がる。工程表が赤くなる。納期遅延の警告が増える。


コーデックスは何度も同じ提案を出した。


軽症者の作業継続。

死亡率上昇 3%。

生産量維持 12%。


数字だけ見れば、悪くない取引だった。


軽症者を働かせれば、明日の納期は守れるかもしれない。重症化する者が数人出ても、工廠全体は助かる。


俊平は、その考えが自分の中に自然に生まれたことに気づいて、ペンを握る手に力を込めた。


「軽症者も隔離」


リゼットが確認する。


「生産量が落ちます」


「落とします」


「監査局に説明が必要です」


「説明します」


ナギが横から言った。


「あんた、今ちょっと迷ったね」


「迷いました」


「覚えとく」


「お願いします」


隔離された者の中には、トマの甲冑を改修した時に使った予備糸に触れた者もいた。俊平はその名を見るたび、胸の奥が重くなった。自分の判断が感染経路の一つになっている。


「管理官」


ミルカが袖を引いた。


「俊平のせいだけじゃないよ」


「そうですね」


「でも、少しは俊平のせいだよ」


「はい」


ミルカは困った顔をした。


「ごめんね。慰める言葉、うまくない」


「その方が助かります」


ミルカは首を傾げた。


「変なの」


変なのは自分だ、と俊平は思った。全部自分のせいではないと言われるより、少しは自分のせいだと言われる方が落ち着く。責任をゼロにされると、次に同じ失敗をする気がした。


それは便利だった。


あまりにも便利だった。


ナギがその図を見て、顔を歪めた。


「私ら、虫みたいだな」


俊平はペンを止めた。


「すみません」


「謝るな。必要なんだろ」


「必要です。でも、言われないと忘れます」


ナギは鼻を鳴らした。


「忘れたら殴る」


感染の中心は、前線から戻った甲冑ではなかった。検査室の記録針だった。セナが外部通信の証拠を送るために使った水晶回路に、ヴェイン商会の偽鎮魂符の残滓が混ざっていたのだ。


「マルタの置き土産か」


グレンが吐き捨てる。


リィンが耳を塞いだまま首を振った。


「違う。商会の音じゃない。もっと近い。工廠の中から、誰かが鐘を鳴らした」


裏切り者がいる。


その言葉は、誰も口にしなかった。


コーデックスが候補を出す。


内部協力者候補: 12名

最有力: 鎮魂師見習いヘレナ

動機: 弟の治療費、監査局からの密命


ヘレナは第七話の犠牲候補にも入っていた少女だ。十七歳。鎮魂符を作る技能があり、病気の弟を抱えている。


リゼットが言った。


「拘束しますか」


俊平はヘレナの情報を見た。


恐怖対象: 弟の死亡

罪悪感: 致死域

自首可能性: 低

逃亡可能性: 高


「呼びます」


ヘレナはすぐに来た。顔は青く、指先が震えている。彼女は俊平を見るなり、膝をついた。


「ごめんなさい」


「何をしましたか」


「監査局の人に、記録針を一本だけ差し替えろと言われました。弟を治す薬をくれるって。黒炉熱になるなんて知らなかった」


グレンが斧を握る。


「何人倒れたと思ってる」


ヘレナは泣きながら首を振る。


「わかりません。数えたくなかった」


コーデックスが処分案を出す。


ヘレナ処刑時効果: 労働者不満一時低下、感染鎮静なし

ヘレナ炉心還元時効果: 黒炉熱情報燃焼、感染拡大停止率 68%


まただ。


誰かを燃やせば、数字が良くなる。


俊平はヘレナの前にしゃがんだ。


「弟さんはどこに」


「第九施療院です」


「病名は」


「灰肺です。薬がないと、今月中に」


リゼットが小さく言った。


「第九施療院は監査局の管理下です。薬を餌にしたのでしょう」


俊平は息を吐いた。


「ヘレナさん。あなたには、感染源の特定と鎮魂符の再調整を手伝ってもらいます」


グレンが怒鳴った。


「おい!」


「処分はその後です」


「甘すぎる」


「今殺しても、感染は止まりません」


「理屈じゃねえ」


「理屈にします」


俊平の声は、自分でも驚くほど冷たかった。


「怒りは後で処理します。今は熱を止める」


グレンは斧を下ろさなかった。だが、それ以上は言わなかった。


ヘレナの知識、セナの設備、リィンの鐘、ミルカの機械聴音を合わせ、俊平は隔離工程を組み直した。感染者を燃やすのではなく、恐怖記録だけを抜き出して空の炉心石へ移す。石は黒炉へ戻さず、死者会計局へ封印管理として送る。


処置は簡単ではなかった。


恐怖記録を抜くたび、感染者はその恐怖をもう一度見る。炉に落ちかけた瞬間、戦場で喉を縫われた瞬間、商会の地下で焼かれかけた瞬間。本人のものではない記憶まで混じっていた。


リィンは鐘の音で、どの記憶が誰のものか聞き分ける。


「これはサマラさんじゃない。もっと若い人。名前、ない」


リゼットが記録を探す。


「供物名簿の封鎖欄です。第八工廠から流れてきた灰かもしれません」


「第十三だけの病気じゃないんですね」


俊平の言葉に、ノアが頷いた。


「黒炉都市全体に同じ灰が流れています。あなたの工廠で症状が出たのは、隠していたものを掘り返したからでしょう」


「掘り返さなければ、発症しなかった」


「ええ。腐った床は、踏まなければ抜けません」


ノアは黒い算盤を鳴らした。


「ですが、踏まなければ下に落ちている死者も見えない」


ノア・フェルは呼ばれる前から来ていた。


「死者会計局は便利屋ではありませんが、監査局の不正記録なら喜んで預かります」


作業は夜通し続いた。発熱者のうわ言が隔離区画に満ちる。母を呼ぶ声、助けを求める声、許しを乞う声。俊平は一人ずつ名前を確認し、症状と処置を書いた。


途中で、サマラが目を覚ました。


「管理官」


「はい」


「私を数字にしたかい」


「しました」


「役に立ったかい」


「はい」


「なら、あとで名前も呼びな」


俊平は頷いた。


「サマラさん。必ず」


夜明け前、黒炉熱の拡大は止まった。死亡者はゼロ。重症者は五名。労働不能は続くが、工廠は閉鎖を免れた。


ヘレナは自分から拘束室へ入った。


「処分を受けます」


俊平は扉の前で言った。


「処分はします。ですが、処刑ではありません」


「では」


「弟さんの治療契約を、工廠の医療補償に移します。あなたは鎮魂符の監査下作成。給与の一部は被害者補償へ。逃亡したら弟さんではなく、僕が責任を取る」


ヘレナは泣いた。


グレンは納得していなかった。ナギも、サマラも、きっと完全には納得していない。


それでいい、と俊平は思った。


全員が納得する罰など、たぶん黒炉の餌にしかならない。


その夜、バルトロメウスから短い通達が届いた。


内部不正対応、確認。

管理官による処刑回避傾向、継続。

次回監査にて、代替罰則の有効性を検証する。


最後に、また手書きがあった。


あなたは優しいのではない。罰まで管理したいだけです。


俊平はその文を、否定できなかった。


隔離区画の灯りが落ちる頃、リゼットが温い薬湯を持ってきた。


「飲んでください。あなたも熱があります」


「僕は感染していません」


「手首の糸痕が広がっています」


俊平は袖をめくった。黒い線は手首から肘へ伸び、細い文字のように皮膚の下を走っている。


コーデックスは沈黙していた。


沈黙される方が怖い、と俊平は思った。


「記録してください」


リゼットは薬湯を机に置いた。


「症状を?」


「僕が、自分の変化を隠そうとしたことを」


リゼットの表情が少しだけ歪んだ。


「あなたは時々、自分を罰するために正直になります」


「そう見えますか」


「はい。だから、私は記録します。罰ではなく、警告として」


彼女は台帳の端に短く書いた。


管理官、黒炉適合進行。本人に隠蔽傾向あり。監視継続。


俊平はそれを見て、なぜか少し息が楽になった。


誰かが見ている。


それは信用ではなく、拘束に近い。


今の自分には、その方がありがたかった。




ここまで読んでくださりありがとうございました。


第11話では、黒炉熱という形で、前線・商会・監査局・工廠の歪みが一気につながりました。


ヘレナは明確に加害者ですが、同時に弟の命を人質に取られた被害者でもあります。


俊平は彼女を処刑せず、補償と監査下労働という罰を選びました。


ただ、それは単なる慈悲ではありません。


誰をどう罰するかまで仕組みに入れようとする俊平の姿は、少しずつ黒炉都市の管理者に近づいています。


次回はいよいよ第十二話。


第十三工廠だけでなく、黒炉都市そのものを相手にした大きな区切りの回になります。

俊平が人間のまま管理を続けられるのか、第一部の終着点として読んでもらえたら嬉しいです。


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