第10話 前線出荷
いつも読んでくださりありがとうございます。
第10話では、第十三工廠を離れ、物語の舞台が初めて本格的な戦場へ移ります。
工場で作られた甲冑は、帳簿の上では「製品」です。
けれど、それを身につける兵士には名前があり、帰りを待つ家族がいます。
俊平が改善してきたものは、本当に人を守れるのか。
そして、兵士を死なせない製品は、戦争を続けたい都市にとって「良い製品」と呼べるのか。
工場と戦場が一本の工程としてつながる回です。
第十三工廠に、前線行きの命令が届いた。
出荷ではない。護送でもない。管理官本人が、製品の実戦評価に同行せよという軍務局命令だった。
「要するに、責任者を戦場に立たせるわけです」
リゼットは命令書を読み上げながら、声に怒りを滲ませた。
「欠陥が出れば、その場で処分。成功すれば、追加発注。拒否すれば軍需妨害」
グレンは斧の刃を研ぎながら言った。
「行くしかないな」
「あなたは残ってください」
「馬鹿言え。炉前班の甲冑を戦場で見るなら、俺が行く」
セナが手を上げる。
「僕も。前線の通信網は黒炉都市より穴だらけですから」
「穴を増やさないでください」
「努力します」
ミルカは工具箱の上で膝を抱えた。
「機械が、外に行きたがってる。でも怖がってもいる」
リィンはその隣で、耳を塞いでいた。
「前線の鐘が聞こえる。たくさん。鳴りすぎて、誰のかわからない」
俊平は出荷品リストを確認した。自己修復甲冑二百。無人労働人形五十。鎮痛薬液三百瓶。すべて第十三工廠の検査済み。欠陥率は以前より低い。それでもゼロではない。
コーデックスが表示する。
前線環境: 高腐敗魔力、怨霊濃度高
製品故障予測: 14%
同行者死亡率: 23%
管理官死亡率: 41%
「四十一」
セナが覗き込んで苦笑した。
「高いですね」
「見ないでください」
「見える場所に出す方が悪い」
前線は、黒炉都市から半日ほど離れた焦土だった。空は赤黒く、地面には溶けた鉄と骨が混じっている。人類連合の陣地は塹壕と杭で囲まれ、負傷兵の呻き声が常に風に乗っていた。
出迎えたのは、若い女性将校だった。銀の短髪、左頬に縫い跡。名はイザベラ・ローク。階級は千人隊長。
コーデックスが表示する。
対象: イザベラ・ローク
指揮能力: 高
生存執着: 低
第十三工廠製品への信頼: 0%
隠し事: あり
「あなたが第十三の管理官か」
「横村俊平です」
「製品が兵を殺したら、あなたを撃つ」
「了解しました」
イザベラは少しだけ眉を動かした。
「言い訳しないのか」
「言い訳で兵士は助かりません」
「なら、役に立て」
実戦評価はすぐに始まった。魔王軍の斥候部隊が、夜を待たずに襲ってきたのだ。黒い角を持つ獣兵、骨の翼を持つ弓兵、地面を這う肉の塊。前線の兵士たちは第十三工廠の甲冑を着込み、塹壕から飛び出す。
戦場の音は、工廠と似ていた。
金属がぶつかる音。誰かが指示を叫ぶ声。異常を知らせる鐘。違うのは、ここでは失敗品が床に落ちるのではなく、人間が倒れることだった。
俊平はそれを理解していたつもりだった。だが、塹壕の底で足首を押さえて泣いている少年兵を見た時、その理解が薄っぺらい紙のように破れた。
少年兵の名はトマ。昨日まで農村にいた新兵で、甲冑の内側に母親の布切れを縫い込んでいた。
「管理官さん」
トマは俊平の腕を掴んだ。
「これ、動くんです。僕が怖がると、勝手に前へ行こうとする」
コーデックスが甲冑を読む。
恐怖反応増幅機構: 作動
設計者: 旧第十三工廠
目的: 逃亡防止
俊平は息を止めた。
逃げたい兵士を、甲冑が前へ押し出す。
それは欠陥ではなかった。仕様だった。
「すぐ外します」
「外したら、逃亡兵です」
トマの目に涙が浮かぶ。
「僕、死にたくないです。でも逃げたら、村への配給が止まる」
戦場では、恐怖まで契約に組み込まれている。
俊平はトマの甲冑の留め具を外した。だが、完全には外さない。逃亡防止機構の魔力回路だけを切り、母親の布切れを内側から取り出した。
「これを、恐怖反応の遮断材に使います」
「母さんの布を?」
「あなたが前に進む理由ではなく、戻る理由として登録します」
トマは意味がわからない顔をした。俊平にも、半分は感覚で言っていた。コーデックスが回路を示す。恐怖を推進力へ変える箇所に、布の記憶を挟む。母を思う恐怖は、前進ではなく、帰還へ向かう。
改修結果: 逃亡防止機構停止
代替機能: 生存帰還補助
軍規違反可能性: 高
イザベラが後ろから見ていた。
「勝手に仕様を変えたな」
「兵士を殺す仕様でした」
「軍は怒る」
「怒らせてください」
イザベラはしばらく黙り、それからトマの肩を叩いた。
「生きて戻れ。逃げろとは言わん。だが、死ぬために前へ出るな」
トマは泣きながら頷いた。
その小さな改修が、後で大きな問題になることを俊平はわかっていた。戦場の兵士が死を拒み始めれば、軍は困る。だが、困らせるために改修したのだ。
甲冑は動いた。傷を受けるたび、黒い糸が走り、裂け目を縫う。兵士は倒れず、押し返す。
「いける」
グレンが呟いた。
その瞬間、一体の甲冑が暴走した。
肩の修復糸が兵士の首へ絡み、傷ではない部分まで縫い始める。兵士は剣を落とし、喉から泡を吹いた。
コーデックスが原因を出す。
故障原因: 怨霊濃度過多
設計想定外
即時対応: 甲冑停止、兵士切開、怨霊排出
成功率: 37%
イザベラが銃を抜く。
「撃つ」
「待ってください」
「待てば死ぬ」
俊平は走った。グレンが後ろから怒鳴る。塹壕を越え、矢が頬をかすめる。暴走した兵士の目は、甲冑の隙間で必死に俊平を見ていた。
「セナ、停止符!」
「届かない!」
ミルカが叫ぶ。
「右膝が泣いてる! そこから止められる!」
俊平は兵士の足元へ滑り込み、右膝の接合部に短剣を突き立てた。甲冑が悲鳴を上げる。修復糸が俊平の手首へ絡む。
コーデックスが赤く染まる。
管理官接続要求。
一時同調で制御可能。
同調時、魂摩耗 6%。
「やれ」
グレンの声が聞こえたのか、自分の声だったのかわからない。
俊平は甲冑に手を押しつけた。
痛みが来た。
兵士の恐怖、甲冑に混じった死者の記憶、戦場の熱、誰かの母を呼ぶ声。それらが一気に流れ込む。俊平は吐きそうになりながら、修復糸の工程を組み替えた。
縫うな。
塞ぐな。
まず、ほどけ。
糸が緩み、兵士が地面に倒れる。グレンが甲冑を引き剥がし、イザベラの衛生兵が喉を開いて黒い煙を抜いた。
兵士は生きていた。
だが俊平の手首には、黒い糸の痕が残った。脈に合わせて小さく動いている。
魂摩耗率: 6%増加
黒炉適合率: 上昇
「管理官」
リゼットの声が震えていた。
「今のは、二度と」
「必要ならやります」
言ってから、自分でぞっとした。
イザベラは救われた兵士を見下ろし、それから俊平を見た。
「第十三工廠の製品は危険だ」
「はい」
「だが、管理官は逃げなかった」
彼女は銃を下ろした。
「追加発注を出す。ただし条件がある。前線仕様に改修しろ。兵士を材料として扱う設計を全部潰せ」
「やります」
「それと」
イザベラは声を低くした。
「黒炉都市は、戦争を終わらせる気がない。私たちは知っている。だが補給を握られているから逆らえない。あなたが本当に工廠を変えるなら、前線は味方になる」
セナが遠くで口笛を吹いた。
「味方が増えましたね。死にやすい味方ですけど」
帰路、俊平は荷馬車の中で眠れなかった。手首の黒い糸が、皮膚の下で何かを書いている。
ミルカがその手を見て、小さく言った。
「俊平、機械の声が少し入ってる」
「消えますか」
「わかんない。でも、黒炉が嬉しそう」
俊平は窓の外を見た。遠くに黒炉都市の煙突が見える。
戦場で救った一人の兵士の顔と、台帳に残る八人の名前が重なった。
人を守るために、自分を少しずつ部品にする。
それが正しいのか、まだわからなかった。
黒炉都市へ戻る前、イザベラは俊平に一枚の軍票を渡した。
「前線で死んだ兵の名簿だ。公式記録では、半分が行方不明になっている」
「なぜ僕に」
「死者の名前を戻す管理官だと聞いた」
軍票は血で湿っていた。そこにはトマと同じ村から来た兵士の名がいくつもあった。
「これを記録すれば、軍務局に睨まれます」
「もう睨まれている」
イザベラは短く笑った。
「それに、名前を消された兵士は夜に戻ってくる。戻ってきた兵士を斬るのは、もう飽きた」
帰り道、俊平は軍票を台帳に挟んだ。紙は薄い。だが、その薄さが重かった。
荷馬車が陣地を離れる直前、トマが走ってきた。足を引きずり、甲冑の胸を押さえている。
「管理官さん」
彼は泥だらけの手で、小さな布片を差し出した。母親の布の端を裂いたものだった。
「これ、持っててください。僕が生きて戻ったって、証拠に」
「証拠はあなた自身が持つべきです」
「じゃあ、控えです」
俊平は受け取った。控え。現場でよく使った言葉だった。納品書も、検査記録も、事故報告も、控えがなければなかったことにされる。
人間にも控えが必要なのかもしれない。
トマは敬礼の形を間違えながら戻っていった。イザベラが遠くでそれを見て、何も言わずに片手を上げた。
工廠に戻れば、また生産、検査、納期、監査が待っている。
戦場は遠くなかった。
工廠の出荷門から、まっすぐ続いているだけだった。
その夜、工廠に戻った俊平は、前線仕様改修案の最初の一行を書いた。
逃亡防止機構の全面撤廃。
コーデックスは即座に警告した。
軍務局承認可能性: 低
兵士生存率: 上昇
前線統制率: 低下
都市評価: 悪化
俊平はその下に、もう一行足した。
統制率低下を、欠陥ではなく人間性回復として報告。
セナが横から覗き込み、呆れたように言った。
「報告書で戦争する気ですか」
「剣よりは向いています」
「まあ、あなたが剣を持ったら三秒で死にそうですしね」
グレンが背後で笑った。
「三秒もつか?」
「二秒ですね」
「聞こえています」
その軽口が、少しだけありがたかった。戦場の音が耳に残っていたからだ。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
第10話では、自己修復甲冑に隠されていた「逃亡防止機構」と、
俊平自身の黒炉への適合が進む様子を描きました。
俊平は兵士を守るために製品へ直接接続しましたが、その結果、
自分の魂を少しずつ工廠の部品へ近づけています。
また、前線のイザベラたちが味方になったことで、
第十三工廠の影響は工場の中だけでは収まらなくなりました。
兵士の生存率を上げれば、軍の統制率は下がる。
人間を守る改善が、都市にとっては不良になる。
次回は、戦場から持ち帰ったものが工廠内で「黒い発熱」として広がります。
誰かを燃やせば簡単に止められる病を前に、俊平はまた別の罰と責任を選ぶことになります。




