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偽聖女と追放された真の聖女ですが、規格外の魔力が開花して氷の王に溺愛されています〜祖国が滅んでも絶対に戻りません~  作者: 黒崎隼人


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第8話「枯れゆく祖国」

◇レオン視点


 灰色の重い雲が、ソルスティス王国の王都を低く覆い尽くしている。

 太陽の光は厚い雲に遮られ、街全体がどんよりとした薄暗い影の中に沈み込んでいる。

 かつては活気に満ちていた市場の通りも、今は冷たい風が砂埃を巻き上げるばかりで、人々の足取りは重く、顔には深い疲労が刻まれている。

 王宮の広大な庭園もまた、かつての輝きを完全に失っていた。

 色鮮やかに咲き誇っていたバラは、水分を失って茶色く変色し、乾いた風が吹くたびに脆い花弁を散らしている。

 黒く枯れ果てた茎には鋭い棘だけが残り、まるで何かを拒絶するかのように虚空へと突き出している。

 土は極度に乾燥してひび割れ、歩くたびに崩れた土くれが靴の裏で乾いた音を立てる。

 王宮の中心にある豪華な執務室では、重苦しい空気が部屋の隅々まで澱んでいた。

 暖炉には火がくべられているものの、湿った薪は黒い煙を上げるだけで、部屋の冷気を追い払うことができない。

 分厚いマホガニーの机に向かう第一王子レオンの顔には、隠しきれない焦燥と深い疲労の影が落ちていた。

 彼の金色の髪は光沢を失い、目の下には濃い隈がくっきりと刻まれている。

 手元にある報告書は、どれも絶望的な内容ばかりだ。

 国境付近から徐々に作物が枯死し始め、井戸の水位は急激に下がり、防壁として機能していた目に見えない魔力の結界が、至る所でほころびを見せている。

 レオンは報告書を握りしめ、紙が破れるほどの力で机に叩きつける。

 羊皮紙が擦れる鋭い音が、静まり返った執務室に虚しく響き渡る。


「なぜだ……。ミレイユが祈りを捧げているというのに、なぜ大地は枯れていく!」


 レオンの低くくぐもった声が、石造りの壁にぶつかって消える。

 その時、執務室の重い扉がゆっくりと開かれ、豪華な桃色のドレスに身を包んだミレイユが入ってくる。

 彼女が歩くたびに、過剰に装飾された絹の生地が擦れ合い、重苦しい衣擦れの音を立てる。

 香炉から立ち上る煙よりも強い、甘ったるい香水の匂いが、部屋の冷たい空気に無理やり混ざり込んでくる。


「レオン様……」


 ミレイユの声は震え、その瞳には不安の色が浮かんでいる。

 しかし、かつてレオンの心を惹きつけたその可憐な表情も、今ではどこか作り物めいて見えた。

 彼女の指先は不安げに絡み合い、視線はレオンの顔から逃げるように泳いでいる。


「ミレイユ、結界の修復はどうなっている。お前の聖女としての力で、大地を潤すことはできないのか」


 レオンの問いかけに、ミレイユは肩をビクッと跳ねさせる。


「そ、それは……。祈りは捧げております。ですが、大地の穢れが深すぎて、私の力が届かないのです」


 言い訳を並べるミレイユの唇は乾き、声は上ずっている。

 彼女の背中を冷たい汗が流れ落ちる。

 リアナが追放されてから、ミレイユは自らが聖女の力を偽っていた事実を隠し通すために必死だった。

 しかし、彼女には枯れた花一輪さえも蘇らせる力はない。

 儀式と称して豪華な祭壇に祈りを捧げるふりを繰り返すだけで、大地の崩壊を止める手立ては何も持っていなかった。

 レオンは冷ややかな視線でミレイユを見据える。


「穢れだと? リアナがいた頃は、このようなことは一度も起きなかった。あいつが部屋に籠もり、気味の悪い呪文を唱えていたあの時期こそが、この国の最盛期だったのではないか?」


 レオンの言葉に、ミレイユの顔から血の気が引いていく。

 彼女は言葉を失い、ただ唇をわななかせることしかできない。

 その沈黙が、レオンの疑念を確信へと変えていく。

 執務室の空気がさらに重く、氷のように冷たくなるのを感じる。

 レオンの脳裏に、追放の日に見たリアナの青白く透き通るような横顔が鮮明に蘇る。

 荒れた指先、擦り切れた衣服、そして全てを諦めたような静かな瞳。

 あれは、魔力を使い果たし、限界まで国に尽くしていた者の姿だったのではないか。

 取り返しのつかない過ちを犯したという微かな後悔の芽が、レオンの胸の奥で暗い影を落とす。


「殿下! 急報でございます!」


 部屋の扉が乱暴に開かれ、息を切らした騎士が転がり込んでくる。

 彼の鎧は土と汗に汚れ、顔には深い絶望が刻まれている。


「北部の農倉地帯が完全に干上がり、民たちが暴動を起こす寸前です! このままでは、冬を越す前に国が滅びます!」


 騎士の悲痛な叫びが、執務室の冷たい空気を引き裂く。

 レオンは椅子から立ち上がり、窓の外の灰色の空を睨みつける。


「……リアナだ。リアナを連れ戻すしか、この国を救う道はない」


 その決断は、あまりにも身勝手で短絡的なものだった。

 自分が捨てた相手が、都合よく戻ってきてくれると信じ込んでいる傲慢さ。

 レオンは騎士に向かって冷酷な声で命じる。


「直ちに使者を立てよ。隣国グラシエールに向かい、我が国の聖女を連れ戻すよう伝えろ。どんな手段を使っても構わん」


 ミレイユはその場に崩れ落ち、豪華なドレスの裾を強く握りしめる。

 彼女の虚飾で塗り固められた世界が、音を立てて崩れ去っていく。

 枯れゆく祖国の上空を、冷たい乾いた風が吹き抜け、絶望の影が国全体を深く覆い尽くそうとしていた。

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