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偽聖女と追放された真の聖女ですが、規格外の魔力が開花して氷の王に溺愛されています〜祖国が滅んでも絶対に戻りません~  作者: 黒崎隼人


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第5話「優しい食卓と温かな手」

 王城の食堂は、華美な装飾を削ぎ落とした重厚な造りになっていた。

 長い長方形のテーブルの中央には、金や銀の派手な燭台ではなく、素朴な鉄製の燭台が置かれ、オレンジ色の炎が静かに揺れている。

 その炎に照らされて、真っ白なテーブルクロスの上の料理が、さらに美味しそうに湯気を立てていた。

 リアナは、アルヴィドの向かい側の席に座り、緊張で姿勢を正していた。

 隣国の王と食事を共にするという状況に、まだ慣れることができない。

 彼女の膝の上では、ルティが丸くなって気持ちよさそうに眠っている。

 ルティの柔らかな毛並みの感触が、唯一の安らぎだった。

 給仕の者が、リアナの前に深い陶器の器を置いた。

 器の中には、ゴロゴロとした大きめの野菜と、柔らかく煮込まれた肉が入った、琥珀色のスープが注がれていた。

 鼻腔をくすぐるのは、香草と肉の旨味が溶け合った、濃厚で食欲をそそる匂いだ。


「遠慮はいらん。冷めないうちに食べるといい」


 アルヴィドが短い言葉をかけ、自らもスプーンを手に取った。

 リアナは小さく一礼し、震える手で銀のスプーンを握った。

 スープをすくい、ゆっくりと口に運ぶ。

 その瞬間、じんわりとした温かさが舌の上から喉の奥へと広がり、冷え切っていた胃の腑を優しく満たしていった。

 野菜の甘みと肉の深いコクが、口いっぱいに広がる。

 ソルスティス王国で与えられていた、冷え切った硬いパンと薄味のスープとは比べ物にならない、心身に染み渡る味わいだった。


「……とても、美味しいです」


 自然と声がこぼれ、リアナの頬に赤みが差す。

 アルヴィドは食事の手を止めず、視線をスープに落としたまま答えた。


「我が国は気候が厳しい。だからこそ、温かい食事の価値を誰よりも知っている。お前も、これからはここで、きちんと腹を満たせばいい」


 彼の言葉には、装飾のない純粋な気遣いが込められていた。

 リアナは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、次に出された焼き立てのパンに手を伸ばした。

 外側はカリッとしていて、内側は驚くほどにふんわりと柔らかい。

 小麦の香ばしい匂いが、一口噛むごとに鼻へと抜けていく。

 パンをスープに浸して食べると、さらに味わいが深まった。

 アルヴィドは、リアナが少しずつ緊張を解き、食事を楽しむ様子を、静かな瞳で見守っていた。


「お前は、よく食べるな」


 不意な彼の言葉に、リアナはむせそうになり、慌てて口元をナプキンで覆った。


「も、申し訳ありません。はしたなかったでしょうか……」


 顔を真っ赤にして俯くリアナに、アルヴィドは短く息を吐いた。


「いや、逆だ。ソルスティスの貴族の女たちは、小鳥のようについばむだけで食事を残す。それが上品だと思っているらしいが、見ていて腹立たしいだけだ。お前のように美味しそうに食べる姿を見るのは、悪くない」


 彼の言葉の裏に隠された不器用な優しさに、リアナは目を丸くした。

 彼は、リアナの行動を否定するどころか、肯定してくれている。

 ありのままの自分を受け入れてくれる存在が、こんなにも心地よいものだとは知らなかった。

 食事が終わりに近づいた頃、アルヴィドがふと視線を上げた。


「お前が中庭に咲かせた花だが……城の者たちが、すっかり気に入ってしまったらしい」


「え……?」


「氷の国に咲いた奇跡の花だと言って、皆が交代で見に行っている。メイドたちなどは、花冠を作りたいと騒いでいる始末だ」


 アルヴィドの口調は呆れているようだったが、その瞳の奥には微かな光が宿っていた。


「私が出しゃばったせいで、ご迷惑をおかけしたのでは……」


「迷惑なものか。この城に、数百年ぶりに色彩が戻ったのだ。みな、お前に感謝している」


 アルヴィドはスプーンを置き、リアナを真っ直ぐに見据えた。


「リアナ」


 彼が初めて、彼女の名前を呼んだ。

 その深く響く声に、リアナの心臓が大きく跳ねる。


「お前の力が、我が国には必要だ。だが、私はお前を道具として扱うつもりはない。お前が望む限り、ここは常にお前の居場所であり続ける」


 彼の言葉は、誓いのように力強く、リアナの心に深く刻み込まれた。

 これまで、誰にも必要とされず、疎まれてきた自分。

 それが今、この凍てつく国で、こんなにも温かい言葉をかけられている。

 リアナの瞳の奥から、こらえきれない熱い塊が込み上げてきた。

 視界が水面のように揺れ、ポロリと大粒の涙がテーブルクロスに染みを作った。


「……ありがとうございます」


 震える声で絞り出した言葉は、涙に濡れて途切れ途切れだった。

 アルヴィドは何も言わず、ただ静かに立ち上がり、リアナの側に歩み寄った。

 彼の大きな手が、リアナの銀色の髪をそっと撫でる。

 その手つきは、壊れ物に触れるように優しく、温かかった。

 リアナは彼の手に寄り添うように目を閉じ、静かに涙を流し続けた。

 それは悲しみの涙ではなく、凍りついていた心が溶け出し、新たな温もりを受け入れるための、清らかな涙だった。

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