第11話「決別と真実の光」
数日後、グラシエール帝国の城門の前に、土埃にまみれた数騎の馬が荒々しい足音を立てて駆け込んできた。
灰色の空から冷たい粉雪が舞い散る中、先頭の馬から転げ落ちるようにして降り立ったのは、ソルスティス王国の第一王子レオンだった。
かつて豪華な刺繍が施されていた彼の外套は泥で汚れ、金色の髪は油気を失って乱れ、目の下には深い疲労と焦燥の影がどす黒く張り付いている。
使者の報告に業を煮やし、自国の崩壊を止めるために彼自身が直接乗り込んできたのだ。
城の中庭に出たリアナは、アルヴィドの背後に立ちながら、変わり果てたかつての婚約者の姿を静かに見つめていた。
レオンは血走った目を剥き出しにし、中庭の美しい花々に囲まれたリアナの姿を認めると、狂気に満ちた声を張り上げた。
「リアナ! そこにいたか、さあ早く私と共に戻るぞ!」
彼が一歩を踏み出そうとした瞬間、アルヴィドの側近の騎士たちが剣の柄に手をかけ、一斉に殺気を放つ。
だがアルヴィドは右手を軽く挙げて騎士たちを制し、自らがレオンの前に冷たい氷壁のように立ちはだかった。
「我が国の領土に無断で足を踏み入れ、私の庇護下にある者へ大声を出すとは。ソルスティスの王族は随分と礼儀を知らぬらしい」
アルヴィドの地を這うような低い声が、冷たい風に乗って中庭の空気をさらに凍てつかせる。
レオンはその圧倒的な威圧感に一瞬息を詰まらせたが、すぐに顔を真っ赤にして反論した。
「そいつは我が国の所有物だ! そいつが呪いをかけたせいで、我が国の土地は枯れ果てようとしているのだ! お前の妹は役立たずの偽物だった。お前が本物だと認めてやるから、早く結界を直しに戻れ!」
その自己中心的で身勝手な論理に、リアナの胸の内にあった最後の微かな同情すらも完全に冷え切って消え去った。
レオンがリアナに向かって手を伸ばそうとした時、リアナの足元に控えていたルティが、喉の奥から地鳴りのような低い唸り声を上げた。
次の瞬間、ルティの小さな白い体が淡い銀色の光に包まれ、周囲の空間が陽炎のように大きく歪み始める。
バチバチと空気が凍りつく微細な音が連鎖し、中庭の気温が急激に低下していく。
光の渦が収まった後、そこに立っていたのは愛らしい仔犬ではなく、大人の背丈を優に超える白銀の巨狼だった。
神獣の真の姿が放つ威圧感は、言葉や物理的な力など及ばない、純粋な自然の脅威そのものだった。
巨狼の吐く息が白い霧となって地を這い、レオンの足元から急速に霜が広がり、彼の泥だらけのブーツを凍りつかせる。
「ひぃっ……! な、なんだこの化け物は……!」
レオンは恐怖のあまり腰を抜かし、泥だらけの石畳の上に無様にお尻をついた。
巨狼の青く澄んだ瞳がレオンを射抜き、その視線だけで彼の心臓を止めんばかりの殺気を放っている。
リアナはアルヴィドの背中から静かに一歩前に歩み出た。
彼女の歩みに合わせて、巨狼がそっと頭を下げ、リアナの足元に恭しくその巨体を寄り添わせる。
リアナは地面に這いつくばるレオンを、一切の感情を排した冷ややかな瞳で見下ろした。
「私は、決してソルスティスには戻りません」
リアナの口から紡がれた言葉は、風の音よりも静かで、しかし決して砕けることのない氷のように硬く澄んでいた。
レオンが何かを言い返そうと口を開くが、恐怖で歯が噛み合わず、言葉にならない呻き声を漏らすだけだ。
「あなたが私を偽物と断定し、あの暗い森へ追放した日から、私とあなたの国を繋いでいた糸は完全に切れました」
リアナは言葉を区切り、深く息を吸い込んだ。
肺に満ちる冷たい空気が、彼女の内側にある決意をさらに強固なものにしていく。
「国が枯れるのは私の呪いではありません。あなた方が大地の声を聞こうとせず、ただ搾取を繰り返した結果に過ぎないのです」
その事実を突きつけられ、レオンの顔から完全に血の気が引いていく。
彼は自分がどれほど愚かな過ちを犯したのかを、リアナの静かな瞳の奥にある真実の光によって強制的に理解させられていた。
アルヴィドがリアナの隣に並び立ち、レオンに向かって最終的な宣告を下す。
「これ以上、私の妻となる女性の視界を汚すことは許さん。二度とこの国に近づくな」
その言葉に含まれた妻という響きに、リアナの心臓がわずかに温かい鼓動を打つ。
レオンは震える手で地面を這い、這うようにして騎士たちに抱えられながら、自らの馬へと逃げ戻っていった。
遠ざかる蹄の音が完全に消え去るまで、リアナはその場に立ち尽くし、過去との完全な決別の瞬間を噛み締めていた。
巨狼の姿をしたルティが、リアナの手のひらに大きな鼻先を押し付け、温かな息を吐きかける。
リアナは静かに微笑み、神獣の滑らかな銀色の毛並みを撫でながら、新しい未来へ向けて真っ直ぐに顔を上げた。




