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第17話 六花館のサリヴェル

 竜王宮の中庭に、朝靄が薄絹のように漂っていた。


 石畳に残る夜露が、昇りはじめた太陽の光を受けて、まるで散らばった宝石のように煌めいている。


 静謐な空気。

 澄み切った沈黙。


 ――だが、その静けさは嵐の前触れでしかなかった。


 ティアナとカイレッドは、守種のくさびを竜の鉤爪スリカル・ドレーヴンから奪取したことで、ひとつの重大な決断を下していた。


 ――ピリトの故郷の森へ向かう。


 種族の命運がかかった旅である以上、時間は一刻を争う。


 パーティ長のヴェルナーも事情を聞くと深く頷き、二人の一時的な王都離脱を快く許可してくれた。


 その表情には、信頼と、そして僅かな不安が混じっていた。


「向こうでは私が案内するわ。……あなたが一緒に来てくれて、本当に助かる」


 ティアナの言葉には、素直な感謝の色が滲んでいた。


 カイレッドは照れくさそうに笑う。


「僕の方こそ。ピリトの種族を守るんだ。最後まで責任を持つよ」


 旅支度の最中、カイレッドは荷物の最終確認をするために自室へ戻った。


 背嚢を机に置き、中身を丁寧に並べていく。


 保存食、麻縄、薬草、魔力灯、予備の布……どれも見覚えのある装備だ。


 使い込まれた道具たちは、まるで古い友人のように手に馴染む。


 長い冒険の日々を共にしてきた相棒たち。


 ひとつひとつに、戦いの記憶が刻まれていた。


 だが――その中に、ひとつだけ"見覚えのない物"が混じっていた。


「……え?」


 掌ほどの大きさの黒い欠片。


 光を吸い込むような深い色合いで、表面には蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。


 まるで夜そのものを固めたような、不吉な光沢。


 触れた瞬間、指先に冷たい感触が伝わってくる。


 見た瞬間に分かった――これは、〈暗影の石廟あんえいのせきびょう〉で拾った魔鉱石の破片だ。


 ただの瓦礫だと思い込んでいた。


 だが、改めて指先に触れた瞬間、妙なざわつきを感じる。


 肌に触れる空気が微かに歪むような、言葉にできない違和感。


(……やっぱり、普通の魔鉱石じゃない)


 それは"気配"に近かった。


 ダンジョンで磨き上げられた彼の知覚が、曖昧な危険信号を発している。


 理屈では説明できないが、確かに"何か"がある。


 カイレッドは、魔力の揺らぎを探ろうと集中するが――手の中の欠片は、息を潜めたように無反応だった。


「……分からない、か」


 見たことも、触れたこともない性質。


 専門家に聞くしかないと、カイレッドは街へ向かうことを決めた。



 王都・中央区。


 旅人や商人が行き交う大通りに、質素ながらも看板の目立つ店が一軒ある。


 ――《ロワン商会》。


「……懐かしいな。元気にしているだろうか」


 看板を見上げながら、カイレッドは小さくつぶやいた。


 オルムルド村で助けた行商人が開いている店――それが確か、この《ロワン商会》のはずだ。


 あれからどれくらい経ったのだろう。


 時の流れは早い。


 カラン、カラン――ドアを押して入ると、乾いた鈴の音が響く。


 店内には薬草、装備、古道具、そしてカウンター奥の棚には鑑定用の魔具が整然と並んでいる。


 商人らしい几帳面さと、旅人らしい雑多さが混在した、不思議と心地よい空間だった。


「おう、いらっしゃい――って、あんた……!」


 奥から現れた中年の男が、目を丸くした。


 陽に焼けた肌に、柔和な笑み。


 旅商人らしいたくましさと、人の好さが滲み出ている顔。


 間違いない。


「本当に……カイレッドじゃないか! 生きて王都まで来てくれたのか!」


 駆け寄ってきた彼は、胸に手を当てて深く息を吐いた。


 その目には、再会の喜びと安堵が溢れている。


 ――ロワン・ベルトレ。


 オルムルド村の近く、暗影の石廟のダンジョンで遭難したところを、カイレッドが救助した男だ。


 あの時の恩を、彼はずっと覚えていてくれたのだろう。


「ロワンさん、久しぶりです。元気そうで安心しました」


「元気も元気だとも! あんたの噂も王都で聞いたぞ――"竜の鉤爪の構成員を捕えた若い冒険者がいる"ってな!」


 ロワンは誇らしげに笑い、バン!とカウンターを叩いた。


「あの悪名高い連中、下っ端は腐るほどいても、上の連中は素性を明かさねぇ。どうせ捕まえたって、根っこの一本も割れやしないって王都じゃ言われてる」


「……やっぱり、そういう組織なんですね」


 カイレッドは苦い表情で頷いた。


 竜の鉤爪――暗黒街に根を張る犯罪組織。


 その実態は謎に包まれたまま、王都の影で暗躍を続けている。


 幾度となく摘発の手が伸びても、決して本体に届かない。


 まるで影を掴もうとするような、徒労の連続。


「そうさ。上位の構成員ほど正体は徹底して隠す。まさかあの村にいた女が魔女だったなんてなあ?――あれも、たとえ吐かせたところで名簿のひとつも出てこねぇらしいじゃねぇか」


 セリアーノに関する噂は、すでに王都中に広まっているようだった。


 彼女はあくまで魔女として有名だったと言うわけだ。


「それで、今日は何を――買い物かい? 遠征準備か?」


「実は、知りたいことがあって来ました。これ、見てもらえますか?」


 カイレッドは、荷袋から小さな布包みを取り出した。


 暗影の石廟で拾って以来、ずっと荷物に紛れていた魔鉱石の破片。


 ロワンの前に置くと、男は眼鏡をかけ直して石をじっくりと見つめた。


 職人の目だ。


 長年、様々な魔具や鉱石を扱ってきた者だけが持つ、鋭い観察眼。


 彼の視線が石の表面を這い、亀裂を追い、内部の構造を探っていく。


「……これは……おかしいな。見たことのない性質だ。魔力が渦を巻いてやがる。普通の魔鉱なら、もっと流れが素直なんだが……」


 ロワンの声が低くなる。


 それは警戒の色だ。


「ロワンさんにも分かりませんか」


「悪いな。俺くらいじゃ歯が立たねぇ。少なくとも――ただの魔鉱じゃねぇ、妙な気配がするぜコイツは」


 カイレッドは思わず息を飲んだ。


 やはり、ただの石ではない。


「……ただな、カイレッド」


 ロワンは魔鉱石を布包みに戻しながら、ぽつりと続けた。


「俺じゃ分からんが――ひとり、"こういう得体の知れねぇ石"を調べられるやつを知ってる」


「本当ですか!?」


 カイレッドの声が明るくなる。


「おうとも。城下町でも割と有名だ。"モノの声を聞く占いディヴィネイター"って呼ばれててな」


 ロワンがニヤッと口角を上げた。


 その笑みには、何か言いたげな含みがある。


「しかも美人でな。評判だけなら"王城の侍女より綺麗"なんて噂もある。ただし――ちょっとクセが強ぇ。強すぎる」


「クセ……?」


「あぁ。天然で、気まぐれで、変わり者で……まぁ会えば分かる。腕は確かだ。気にするな」


 ロワンは棚から紙切れを出し、急いでペンを走らせた。


 サラサラとインクが紙を滑る音が、静かな店内に響く。


「ほれ、紹介状だ。これ見せりゃ話くらいは聞いちゃくれる。名前は――《サリヴェル》。占い師サリヴェルだ」


「……ありがとうございます!」


 カイレッドは深く頭を下げ、店を後にした。


 紹介状を握りしめながら、彼は思う。


(占い師、か。……本当に信用できるんだろうか)


 疑念は消えない。


 だが、今はこれが唯一の手がかりだ。


 サリヴェルの占い所は、王都北区の外れにあった。


 人通りは少なく、静かで、どこか異国の香りが漂う一角。


 石畳は古く、建物は歴史を感じさせる佇まい。


 まるで時間の流れがゆっくりとしているような、不思議な空気感。


 看板には金の筆記体で《六花館》と書かれている。


 文字は優雅で、洗練されていて、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「……ここ、で合ってるよな」


 不安を覚えながら扉をノックすると――コンコン


「はぁぁぁい、入っていいわよぉ〜。扉、勝手に開くからぁ〜」


 声が聞こえた瞬間、カイレッドの背筋に疑問符が浮かぶ。


 そして――ギィィィ……――扉が、ひとりでに開いた。


 カイレッドの背筋に軽く冷たいものが走る。


 魔法か?

 それとも何か仕掛けがあるのか?

 いや、この感じは――。


 部屋の奥。


 暖炉の前のソファに、ひとりの女性が足を組んで座っていた。


 ――長い白金髪。

 ――紫がかった瞳。

 ――妖艶すぎる笑顔。


 そして、なんだかこちらの行動を全て見透かしているような空気。


 美しい。


 だが、それ以上に危険な匂いがした。


「いらっしゃい、冒険者さん。迷わずに来られてえらいわ。ロワンからの紹介状、持ってるでしょう?」


(なんで……渡してもないのに分かるんだ?)


 カイレッドは言葉を失う。


 女性は軽く手を伸ばしながら言う。


「自己紹介するわね。私、《サリヴェル・ルナ=ローザ》。物の声と、人の"未来の形"を読む者よ」


 フッ――ゆるく手を振っただけで、部屋の蝋燭がふっと灯る。


 炎は自然な揺らぎを見せ、まるで意志を持っているかのように踊り始めた。


 美しい――けれど、それ以上に危うい匂いがした。


 獣が纏う野生の気配。

 人間離れした存在感。


 そして、何よりも――この人は、"何かを知っている"。


「さて……あなた、カイレッド君でしょ?」


「!!な、なんで……」


「うふふ。分かるのよ。ねぇ、あなた、普段どんな荷物持ってるの?」


「……あ、えっと……(なんだこの人……)」


 笑顔は柔らかいのに、質問の方向性はおかしい。


 本気かふざけてるのかすら読めない。


 まるで猫が獲物をもてあそぶような、そんな雰囲気。


「でぇ? 今日は"石"について聞きたいのよねぇ?」


 サリヴェルは、もう知っているという口ぶりで身を乗り出した。


 その仕草は優雅で、同時にどこか獣のような鋭さを持っていた。


 紫の瞳が、カイレッドの目を真っ直ぐに見つめる。


(……ロワンさんが言ってた通りだ。この人、めちゃくちゃ変わってる……)


「さ、座って。あなたが持ってる"欠片"――見せてごらんなさい」


 サリヴェルは微笑んだ。


 その笑みは、美しく、そして――何かを待ち望む者のようだった。


 まるで、長い間探し求めていた答えに、ようやく辿り着いたような。


 カイレッドが布包みを開いて、魔鉱石の欠片を机の上に置いた瞬間――サリヴェルは、ほんの一秒だけ、瞳を細めた。


 紫の瞳が、石の表面を舐めるように観察する。


 彼女の視線は、まるで石の内部まで見通しているかのようだった。


 そして次の瞬間、あっさりと言い放った。


「――はい、分かんない。終了」


「……え? あの、今ほんの一瞬しか……」


「うん。一瞬で十分。これは《レメナ・ソリス》体系"外"の物よ。だから解析できませぇん」


 あまりに潔すぎる宣言だった。


 カイレッドは思わず呆然とする。


 ここまで来て、これで終わり? いや、待て。


 "体系外"という言葉が引っかかる。


「レメナ・ソリス……体系?」


「そう。今の世界で使われてる魔法体系の総称。炎も氷も守護も何もかも、ぜーんぶそこに属してる。系統の性質を読めば、だいたい何でも分かるわ」


 サリヴェルは細い指で頬をつつきながら続ける。


「で、私はね――その《全系統の性質を読み解く能力》を持ってるわけ。あ、これ企業秘密だけどね?」


 ――さらりと言うには規格外すぎる話だった。


 全系統。


 それはつまり、この世界に存在するほとんど全ての魔法を理解できるということに等しい。


 そんな能力を持つ者が、本当に存在するのか?


「つまり……その能力で分からないってことは?」


「この石は"この世界の常識に属してない"。価値は低い。研究もされてない。……少なくとも王都じゃ相手にされないタイプね」


 あっけらかんとした言い方だったが、その瞳には"本当に理解している者の透明さ"があった。


 嘘をついているわけではない。


 彼女は本当に、この石を理解できないのだ。


 だが――それは、"価値がない"ということとイコールではないはずだ。


「でも、ひとつだけ方法はあるわよん?」


 サリヴェルはひょい、と指を立てた。


「私のもう一つの能力。――所有者の素質から"物との運命"を占うこと」


「本当ですか!?」


 カイレッドの声が弾む。


「本当。でも当たるのは半々。コイントスくらいには当たるんじゃない?」


 ニコッ


 ふわふわとした調子のわりに、遠慮なくテキトーな確率が示される。


「じゃあ――」


「やらないわよ?」


「……は?」


「今は気分が乗らないもの。占いは〜……気分が八割なの」


 あくびをしながら、彼女はソファに横になった。


 まるで猫のような、気ままな動き。


「どうしても占って欲しいなら、私の願い事を一つ、聞いてくれること。それなら"ちょっとだけ"やる気が出るかもねぇ」


(……この人、本当に変な人だ)


 カイレッドは、帰り支度を始めかけた。


 時間の無駄かもしれない。


 ロワンさんには悪いが、別の方法を探すしか――。


「――へぇ? 面白い子」


 ピタリ


 その声が、背中を刺した。


「あなた、"重量方向に思いっきり偏った素質割り"をしているわね」


 カイレッドは振り返った。


 彼女は気怠げに寝そべったまま、しかし鋭い眼差しを向けていた。


 紫の瞳が、まるで突き刺すようにのようにカイレッドの身体を見通している。


「筋繊維の伸び方。皮膚の耐久性。脚の重心。……全部"持つため"に作り替えてる。とんでもなく綺麗な、そして今まで見たことない重量特化型の身体」


「……なんで、分かるんだ?」


「レメナ・ソリス体系を読めるって言ったでしょ。あなたを取り巻く環境そのものが私に教えてくれる。"どう育った身体か"を知るくらい、赤子の手を捻るより簡単」


 サリヴェルはスッと起き上がり、カイレッドの前に立つ。


 彼女の背は高く、その存在感は圧倒的だった。


 まるで、格の違う生物に見下ろされているような感覚。


「重さの加護を選べる人なんて、滅多にいないわ。あなた、面白いわよ――物好きな私が保証するくらいにね?」


 彼女の唇が、不敵に弧を描いた。


「じゃあ……どうする? 私の願い事。聞いてくれるの?」


 逃げ道のない、しかしどこか楽しげな問い。


 カイレッドは少しだけ息を吸って――


「……分かった。聞くよ。その願い事」


 パチン!


 サリヴェルは嬉しそうに手を叩いた。


「決まりね!じゃあ――」


 その声音はまるで、長い旅の序章を告げる鐘のように響いた。


 サリヴェルは片手を伸ばし、意味深に微笑む。


「夢を見てきて」


「……夢?」


「私が見る夢の世界よ。本来なら私自身の運命と交差するはずの"とある魔法"……その影が最近強く漂っていてね。あなたに探ってきてほしいの」


 カイレッドは眉をひそめた。


「そんなもの、どうして僕が……」


「私は自分の身を危険に晒したくないもの。それに――」


 フッ


 サリヴェルは、微笑んだ。


 その笑みは妖しく、美しく、そして少しだけ狂っていた。


 まるで、狂気と正気の境界線上で踊るような、危うい笑顔。


「私が占えば、夢と現実の"交差点"は必ずあなたの前に現れるわ。私と"あの魔法"は運命で繋がっている。あなたは、その通り道」


「……どういう意味だ?」


「分かるわけないでしょう? 運命の話だもの」


 そっけなく言い切り、彼女は儀式の準備を始めた。


 部屋の空気が変わる。

 蝋燭の炎が一斉に揺れ、影が壁を這い始める。


 魔力が渦巻き、空間そのものが歪んでいく。


「心配しないで。あなたは死なないわ。少なくとも――"私が欲しいもの"を見つけるまでは」


 その台詞に、カイレッドは微かに寒気を覚えた。


 彼女は本気だ。


 本気で、自分を道具として使おうとしている。


「ああ、そうね。言い忘れてたけど、夢は、長く滞在すると"本当の自分"を溶かしていくから気をつけて」


 そして、夢の世界へ落ちる直前――サリヴェルが最後に言った言葉は、妙に耳に残った。


「……ねえ、もし声が聞こえても振り返っちゃダメよ。あれは"死者の声"じゃないから」


 カイレッドはその意味を、後に嫌というほど理解することになる。



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