第14話 光の系統
荒野の彼方へ吹き飛ばされたディルルカンは——しかし、地面に叩きつけられる直前、咄嗟に防御魔法を展開していた。
「くっ……!!」
———ドガァッ!!
地面に激突する。
土煙が舞い上がり、岩が砕け散る。
だが——致命傷には至らない。
「……ちっ、あの野蛮な剣士め……」
ディルルカンが、ゆっくりと立ち上がる。
黒いローブは土埃にまみれ、口の端から僅かに血が滲んでいる。
しかし、その目には——まだ余裕の色が残っていた。
「まさか、あんな馬鹿力で吹き飛ばされるとはな。だが——」
彼は、手に持った杖を握りしめる。
その先端に埋め込まれた魔結晶——守種の楔の術式が抽出された、禁忌の魔道具。
「この杖がある限り、俺に敵う者などいない」
不敵な笑みが、口元に浮かぶ。
その時——
「セフィラスの脳筋バカ……打ち合わせと場所が全然違うじゃない!!」
声が、響いた。
ディルルカンが振り向くと——二つの影が、荒野の向こう側から走ってくるのが見えた。
一人は、茶色の髪を揺らす女性——ティアナ。
もう一人は、その肩に乗った小さな白いムササビ——ピリト。
「……ほう」
ディルルカンが、目を細める。
「追ってきたか。いや、その口ぶりからすると我々はまんまと罠に嵌められたらしい。しかし、セリアーノの相手ではなく、俺を選ぶとは——愚かな判断だな」
「別にあんたなんてどうでもいい。私は私の家族のために守種の楔を奪いに来たの」
ティアナは一瞬だけ肩に手を置くと、それを胸の前に持ってきて拳を握りしめた。
「おかしな話だ。ダンジョンでの報酬は早い者勝ちだろう。とんだとばっちりだと思うがな」
「黙りなさい、クソ野郎!!」
ティアナが、鋭く言い放つ。
「大体、警告も無しに攻撃を仕掛けたのはあなたたちが先でしょう」
その声には、怒りが滲んでいた。
「あんたみたいな奴——昔、一人知ってる。力に溺れて、他人を踏みにじって、最後には裏切った……最低のクズ男よ!!」
「ほう?」
ディルルカンが、面白そうに笑う。
「随分と個人的な恨みがあるようだな。だが——それは俺には関係ない」
杖を構える。
その先端の魔結晶が、淡く光り始めた。
「お前たちごときが、この俺に勝てると思うな」
———ゴォッ!!
魔力が、爆発的に膨れ上がる。
ルーメン(Lumen)——光・幻惑・精神操作の魔法。
五大魔法系統のうち、最も高度で、最も扱いが難しい系統。
その使い手であるディルルカンは——確かに、手強い相手と言える。
「《光弾》!!」
杖を振ると同時に、眩い光の弾丸が放たれた。
———シュッ! シュッ! シュッ!!
連続で、三発。
それぞれが異なる軌道を描きながら、ティアナたちへ迫る。
「ティアナ、左!!」
ピリトが、鋭く叫ぶ。
「わかってる!!」
ティアナは、咄嗟に横へ跳んだ。
———ドガァッ!!
光弾が地面に着弾し、爆発する。
土と石が舞い上がり、視界を遮る。
「くっ……!!」
ティアナが、歯を食いしばる。
(速い……! しかも威力も高い……!!)
彼女は力こそないが、知覚と知力に長けている。
敵の動き、魔力の流れ、戦況の変化——すべてを瞬時に読み取り、最善の行動を選択する。
だが——
(このままじゃ、押し切られる……!!)
「ピリト!!」
「了解!!」
ピリトが、ティアナの肩から跳んだ。
次の瞬間——ボンッ!!
白い煙が弾け、小さなムササビの姿が——巨大なオオムササビへと変化した。
体長は二メートル近く。
白い体毛が風に揺れ、大きな目が鋭く光る。
「うおぉぉぉっ!!」
ピリトが、空中へ跳躍した。
オオムササビの姿になると——知覚、魔力だけでなく、筋力、速度、耐久なども大幅に向上する。
そして何より——飛べる。
滑空できる。
その機動力は、地上を走る敵には脅威だった。
ピリトは滑空姿勢のまま即座にディルルカンとの距離を詰め、直後に小さく身をかがめた。
———ヒュッ! ヒュッ!!
回転による風が辻斬りのように刃となって、連続で放たれた。
それは空気を切り裂き、鋭い音を立てながらディルルカンへ迫る。
「ちっ——!!」
ディルルカンが、咄嗟に杖を振る。
光の障壁が展開され、風刃を弾く。
しかし——その隙を、ティアナは見逃さなかった。
「今よ!!」
彼女が、地面を蹴る。
接近戦——それが、ティアナの得意分野。
短剣を抜き、一気に距離を詰める。
「させるか!!」
ディルルカンが、杖を向ける。
「《閃光界》!!」
———パァァッ!!
眩い光が、弾けた。
「うっ……!!」
ティアナが、目を細める。
視界が、一瞬だけ奪われる。
だが——
(見えなくても……位置はわかる!!)
彼女の知覚は、視覚だけに頼っていない。
音、匂い、魔力の流れ——すべてを感じ取り、敵の位置を把握する。
「そこ!!」
短剣が、閃く。
———ガキィンッ!!
ディルルカンの杖と、ティアナの短剣が激突する。
「くっ……小娘が……!!」
ディルルカンが、歯を食いしばる。
「ピリト!!」
「任せろ!!」
空中から、ピリトが急降下する。
———ドガァッ!!
巨大な体で、ディルルカンに体当たりを仕掛ける。
「ぐあっ……!!」
ディルルカンが、吹き飛ばされる。
地面を転がり、岩に背中を打ちつけた。
「……ちっ」
彼が、ゆっくりと立ち上がる。
ローブはさらに汚れ、額から血が流れている。
しかし——その目には、まだ余裕があった。
「なるほど……少しは、やるようだな」
杖を構え直す。
「だが——所詮は小細工。俺の本気を、まだ見せていないぞ」
「本気?」
ティアナが、警戒の色を強める。
「何を企んでるの……!?」
「教えてやろう」
ディルルカンの口元が、邪悪に歪む。
「この杖には——守種の楔の術式が込められている。これは……魔核を持つ種族にも、有効なのだ」
「……!!」
ティアナの表情が、凍りついた。
魔核を持つ種族——それは、亜族を指す。
そして——ピリトは、亜族だった。
「まさか……!!」
「《光楔支配》!!」
ディルルカンが、杖を天高く掲げた。
———ゴォォォッ!!
魔結晶が、激しく光る。
そこから放たれた光の束が——空中にいるピリトへと伸びた。
「ピリト!!」
ティアナが、叫ぶ。
「くっ……!!」
ピリトが、咄嗟に回避しようとする。
しかし——
———ズドォッ!!
光の束が、ピリトの胸——魔核がある場所へ、直撃した。
「ぐあああああっ!!」
ピリトの悲鳴が、荒野に響く。
その身体が、激しく痙攣する。
「ピリト!!」
ティアナが、駆け寄ろうとした——その瞬間。
ピリトの目が——赤く染まった。
「……あ」
ティアナの足が、止まる。
「ピリト……?」
恐る恐る、呼びかける。
だが——ピリトは、ティアナを睨みつけた。
その目には——敵意が宿っていた。
「……嘘」
ティアナの声が、震える。
「ハハハハハ!!」
ディルルカンの高笑いが、響く。
「どうだ?これが楔の力だ。魔核に直接干渉し、五感を乗っ取る。今のそいつには——お前が敵に見えているぞ」
「操作系……!!」
ティアナが、叫ぶ。
「やっぱりあんたは……どうしようもないクズ男の極み……!! 他人を道具としか見てない……!!」
「道具?違うな」
ディルルカンが、冷たく笑う。
「俺にとって、お前たちは——虫けら以下だ」
杖を振る。
「さあ、ピリトとやら。その小娘を——殺せ」
「……ぐ」
ピリトの身体が、動き出す。
意思に反して、ティアナへ向かって突進する。
———ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!!
風の刃が、連続で放たれた。
「くっ……!!」
ティアナが、咄嗟に横へ跳ぶ。
———ドガァッ! ドガァッ!!
風刃が地面を削る。
「ピリト……やめて……!!」
ティアナが、必死に叫ぶ。
しかし——ピリトは止まらない。
空中から急降下し、体当たりを仕掛けてくる。
「うっ……!!」
ティアナが、短剣で受け止める。
———ガキィンッ!!
衝撃が腕を走る。
(……力が、強すぎる……!!)
オオムササビの姿になったピリトは、筋力も大幅に向上している。
ティアナの膂力では、まともに受け止めきれない。
「くっ……!!」
弾き飛ばされ、地面を転がる。
「ハハハ! いい眺めだ!!」
ディルルカンが、高笑いする。
「仲間同士で殺し合え!! それこそが、お前たちに相応しい末路だ!!」
「……ッ」
ティアナが、歯を食いしばる。
(どうする……どうすれば……!!)
ピリトは操られている。
戦えない。
かといって、このまま攻撃を受け続ければ——殺される。
(……駄目だ。冷静に……冷静に考えないと……!!)
彼女は、必死に思考を巡らせる。
その時——空の彼方から、巨大な影が横切った。
「……!」
ティアナが、視線を上げる。
そこには——竜がいた。
巨大な翼を広げ、悠然と空を舞う竜。
その姿は荘厳で、圧倒的な存在感を放っていた。
(……竜)
ティアナの脳裏に——ある考えが浮かぶ。
(そうだ……もし、竜を利用できれば……!!)
だが——どうやって?
その瞬間、ピリトが再び突進してきた。
巨躯を捻り、風刃を巻き起こす。
———ヒュッ! ヒュッ!!
「くっ……!!」
ティアナが、回避する。
しかし——一発が、彼女の肩を掠めた。
「あっ……!!」
血が飛び散る。
痛みが走り、視界が一瞬だけ揺れた。
「ティアナ!!」
——その瞬間。
ピリトの目に、一瞬だけ——正気の色が戻った。
「……え?」
ティアナが、目を見開く。
(今……ピリトが……!!)
ピリトは——意識の奥底で、必死に抵抗していた。
楔による支配は強力だ。
しかし、完全ではない。
特に——強い意志を持つ者は、一瞬だけ主導権を取り戻すことができる。
(……ティアナ……聞こえるか……!!)
ピリトの声が——微かに、ティアナの脳裏に響いた。
「ピリト……!?」
(今から……やるのは……俺たちの知覚を共有する…こと………だが……その前に!!)
知覚共有——ピリトが持つ、特殊な能力。
そして同時に——
(……俺は、乗っ取られた知覚を断絶する……!!)
その瞬間、ピリトは自身の知覚を、完全に遮断した。
視覚、聴覚、触覚——すべてを、自ら断ち切る。
楔による支配は、五感を通じて行われる。
ならば——五感そのものを遮断すれば、支配から逃れられる。
「くっ……な、何をした……!?」
ディルルカンが、焦りの色を浮かべる。
「杖の反応が……薄れている……!?」
ピリトの身体が、一瞬だけ動きを止める。
その隙を——ティアナは見逃さなかった。
「ピリト!! 私の知覚を使って!!」
ティアナは、自身の感覚を拡張し、それをピリトまで伸ばす——ダンジョンでやったことの逆をやればいい。
今度は私がピリトを導く。
(……ああ!! 見えたぜ。ティアナ!! お前の考えてることが!!)
ピリトが、ティアナの視界を借りて動き出す。
そして——空へ、高く跳んだ。
「させるか!!」
ディルルカンは再び杖を振り上げる。
視線を上空のピリトに向けて目を凝らした。
「ゴミはゴミらしく惨めに操られてろ!!」
魔結晶が鈍く光り、ディルルカンはピリトにそれを向けた。
「《光楔支配》!!」
———ゴォッ!!
再び、光の束が放たれた。
それは——ピリトに向かって、空へと伸びる。
そして——楔の光がピリトのすぐ真下まで来た瞬間。
(今だ……!!)
ピリトが——小さなムササビの姿へ戻った。
———ポンッ!!
巨大なオオムササビが、一瞬で小さなムササビへと変化する。
そして、ディルルカンの放った光の束は、ピリトを外れ、その背後にいた、竜へと直撃した。
———ズドォォォンッ!!
「……え?」
ディルルカンの動きが、止まる。
竜の目が——ゆっくりと、彼の方を向いた。
その瞳には——
激しい、怒りが宿っていた。
***
竜の盟約——
第一盟約:竜を攻撃してはならない。
第二盟約:竜を従えてはならない。
***
これらの盟約を破った者は——誰であれ、竜の逆鱗に触れ、その者を焼き尽くす……ディルルカンの放った光はこれらの盟約のうちいずれか、あるいは両方ともに抵触する。
「……あ」
ディルルカンの顔が、青ざめる。
「ま、待て……これは……!!」
———ゴゴゴゴゴゴッ……
竜の口が、開く。
その奥に——灼熱の光が、収束していく。
「待てっ!! 俺は……俺は故意じゃ……!!」
叫びは——
届かなかった。
———ドゴォォォォォンッ!!
竜のブレスが、放たれた。
それは、光の奔流。
灼熱の破壊。
すべてを焼き尽くす、竜の怒り。
「ぎゃああああああああっ!!」
ディルルカンの悲鳴が、一瞬だけ響いた。
次の瞬間——
彼の肉体は、完全に消滅した。
杖も、ローブも、すべてが——灰すら残さず、消え去った。
ただ一つ——
守種の楔が込められた魔結晶だけが、地面に転がっていた。
静寂が、戻る。
竜は、一度だけディルルカンがいた場所を見下ろし——そのまま、空の彼方へ飛び去っていった。
「……終わった」
ティアナが、膝をつく。
緊張が解け、全身から力が抜けていく。
「ティアナ!!」
小さなムササビの姿に戻ったピリトが、彼女の元へ駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「……ええ、なんとか」
ティアナが、弱々しく笑う。
「ピリト……ありがとう。あなたの機転がなければ、勝てなかった」
「俺も……お前の知覚がなければ、何もできなかった」
ピリトが、ティアナの肩に乗る。
「……俺たち、いいコンビだな」
「ええ」
ティアナが、優しく微笑む。
そして——彼女は、地面に転がった魔結晶を拾い上げた。
「これで……楔は、私たちの手に」
その瞳には——決意の光が宿っていた。
「ピリト。あなたの種族を救うために——この楔を、必ず役立てるわ」
「……ああ、ありがとうティアナ」
ピリトが、静かに頷いた。
夕日が、さらに西へ傾いている。
二人の影が、長く伸びていた。
しかし——戦いは、まだ終わっていない。




