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第11話 邂逅

 ――《感覚拡張》の発動。


 ピリトの白い光が三人を包み込む。


 それは視覚的な光というよりも、意識そのものを拡張する魔力の波動だった。


 視界・気配・音の反響が通常の数倍まで研ぎ澄まされる。


 洞窟の空気がざらつき、まるで砂粒の一つ一つまで感じ取れるかのような錯覚を覚える。


 遠くの滴り落ちる水滴すら、まるで目前のように聞こえる。


 いや――聞こえるだけではない。


 その水滴が岩肌に当たる振動、波紋のように広がる音響、すべてが"見える"ような感覚。


 世界が、透明になる。


 そのときだった。


「……ティアナさん、前方に……誰か、います」


 カイレッドが呟いた。


 声は抑えているのに、胸の鼓動が早い。

 ドクン、ドクンと、耳の奥で心音が響く。


 ティアナが目を細めた。


 その視線の先には――確かに、人影がある。


「……ほんとだ。二人。なんだろう……何かの鉤爪のような……模様のマント?」


 暗闇の中で、その紋様だけが不気味に浮かび上がっていた。


 一方でピリトはカイレッドが気付くのとほぼ同時にその存在に気が付いていた――だが、僅かに遅れた。


 ほんの零コンマ数秒。


 しかしそれは、確実な"遅れ"だった。


(……おいおい、カイレッドのやつ、俺より……反応が早いだと?)


 ピリトの内心に、驚愕が走る。


(《感覚拡張》で補助してるとは言え……3日でここまでとは!? こいつ、マジで化け物か……?)


 カイレッドの成長速度は異常だった。


 普通なら数週間、下手をすれば数ヶ月かけて習得する知覚能力を、彼はたった3日で我が物としつつある。


 ティアナはすぐに判断を下す。


「慎重にいくわよ。相手は……ただの冒険者には見えない」


 その声には、明確な警戒が滲んでいた。


 三人は足音を殺し、広場へと進む。


 一歩一歩、岩肌に体重を分散させながら、気配を消して前進する。


 呼吸すら最小限に抑え、まるで影そのものになったかのように。


 洞窟が急に開け――大きな縦穴状の空間に出る。


 天井は高く、まるで地下神殿のような荘厳さがあった。


 壁面には古代文字が刻まれ、淡い魔力の残滓が脈動している。


 中央には古びた台座――そこに淡い脈動を放つ魔装置。


 その前に立つ二つの影。


 黒地に"鉤爪の紋様"が刻まれたマントを羽織った魔術師の風貌。


 2人ともフードをかぶっているため性別は分からない。


 しかし、一方の人物は魔装置に触れながら複雑な術式を展開していた。


 その手元には、幾重にも重なる魔法陣が浮かび上がり、空間を歪ませている。


 ティアナが声をかける。


「あなたたち……そこで、何をしているの?」


 その声は、警告でもあり、問いかけでもあった。


 手前にいたマント姿の人物がゆっくりと振り返る。


 その動作は優雅で、まるでダンスでもするかのような滑らかさ。


 だが――その目には、人を見下すような冷たい光があった。


「……ああ、うるさい。もう少しなんだから、ちょっと黙っててくれる?」


 次の瞬間――ズガァンッ!


 赤い閃光が、ティアナの胸元へ一直線に走る。


 警告なし。

 躊躇なし。

 殺意だけが、光の速度で迫る。


「ティアナさん!!」


 カイレッドが叫ぶより早く、ティアナは身を翻していた。


 バシュッ!


 岩肌に赤い焼痕が刻まれる。

 石が溶け、焦げた匂いが立ち上る。


「問答無用、ってわけね……!」


 ティアナの声には、怒気が混じっていた。


「ピリト、上へ!」


「うん!!」


 ピリトがカイレッドの腕にしがみつき――二人はムササビの膜を広げて天井へ"跳ぶ"。


 ヒュオォォッ!


 風を切る音と共に、二人の体が宙を舞う。


 重力を無視したかのような、流麗な跳躍。


 下では、先ほどの魔術師が杖を軽く振るだけで、紅い槍が連射され、ティアナを追い詰めようとしていた。


「〈紅刺・ランスフレア〉」


 女の声は、まるで詩を詠むかのように滑らかだった。


 シュッ、シュッ、シュッ!


 赤槍が三本、立て続けにティアナを貫こうと走る。


 空気を焼き、軌跡に熱波を残しながら、殺意の矢が飛ぶ。


「〈大気断層〉!」


 ティアナが両手を振るう。


 バシュン、バシュン、バシュン!


 空気の刃で迎撃し、槍の軌道をずらしながら距離を取る。


 魔法と魔法がぶつかり合い、衝撃波が空間を震わせる。


 火花が散り、広場に焦げた匂いが満ちる。


 石が砕け、魔力の残滓が空中に飛び散った。


「ピリト、もう少しだけ掴まってて!」


 カイレッドは天井の反発を利用し――一気に女魔術師へと落下。


 落下の勢いに全体重を乗せて、スゥルガーの牙を振り下ろす。


「ハァァッ!」


 ガギィィィンッ!


 女の杖と激突し、火花が散った。


 金属音が洞窟に反響し、耳を劈く。


 女魔術師の手が僅かに痺れ、目が細くなる。


「……へえ」


 その声には、驚きと――愉悦が混じっていた。


「ほんとに……面白い子」


 カイレッドは着地し構え直す。


 胸の奥がざわついた。


 まるで心臓を直接掴まれたような、不快な感覚。


(……知ってるこの声……そしてこの気配……誰だ?)


 既視感。


 それは記憶の底から湧き上がる、得体の知れない感覚だった。


(僕は、この人を……)


 だが思考は切断される。


 女が一歩踏み込み、紅の斬線を描いた。


 ザシュッ!


 カイレッドは反射的に身を引く。


 刃が頬を掠め、一筋の血が流れた。


 ティアナは広場端で、もう一人の魔術師に近づいていた。


「そっち……本命はあなたね」


 彼女の声は冷静だったが、内心では焦燥が渦巻いていた。


 その人物は魔装置に手を置きながら、淡々と言う。


「抽出……完了だ」


 その声には、感情の色がない。


 まるで機械のように、事務的で、冷たい。


 そして続けた。


「行くぞ、セリアーノ」


 その名が響いた瞬間――カイレッドの呼吸が止まる。


 時間が、凍りついた。


 (セリア……ノ……?)


 心臓が一瞬、停止したような感覚。


 脳裏に、断片的な映像が閃く。


 姿、声、言葉――そして、かつての仲間を。


 魔女――セリアーノが愉快そうに肩をすくめる。


「はーい。じゃ、もう遊びはおしまい」


 その声は軽い。


 まるで子供の悪戯が終わったかのような、無邪気な響き。


 二人は坑道へ跳躍した。


 空間が歪み、魔力が膨れ上がる。


「〈爆光散華・フレアレイン〉」

「〈極寒吹雪・グラキアウェイブ〉」


 セリアーノの詠唱。


 二つの魔法が、同時に発動する。


 ゴォォォォッ!!


 紅の雨と氷の奔流が広場全体を飲み込む。


 炎と氷。


 相反する属性が同時に空間を支配し、世界が二色に染まる。


「カイレッド!上から来る!」

「ティアナさん、伏せて!!」


 互いの言葉が交錯する。


 三人は岩陰へ身を投げる。


 ドガァァァァンッ!!


 紅の雨が岩を溶かし、氷が床を砕き、衝撃波が空間を震わせる。


 熱波と冷気が交互に襲いかかり、温度差で空気そのものが悲鳴を上げる――白赤の光が視界を奪った。


 爆音。

 熱。

 冷気。

 衝撃。


 すべてが混沌となり、世界が崩壊する。


 やがて――すべてが静かになる。


 耳鳴りだけが、しつこく残響していた。


 ティアナが崩れた台座へ駆け寄る。


 その足取りは急いでいたが、心の奥では――もう分かっていた。


 だが、そこにあるべきものは――空虚。


 何もない。


 ただ、魔力の残滓だけが、虚しく漂っている。


「……守種の楔が、ない……!」


 ティアナの声が、震えた。


 絶望と怒りが入り混じった、そんな声。


 ピリトは唇を噛む。


「……完全に、奪われた……」


 その声は小さく、か細かった。


 まるで、すべての希望が消えたかのような。


 一方、カイレッドは拳を固く握りしめた。


 爪が掌に食い込み、血が滲む。


 胸の奥で、かつての記憶がうごめく。


(セリアーノ……どうして……僕は……どうしたら……?)


 記憶の断片が、パズルのように散らばっている。


 闇の奥――二人はもう姿を消していた。


 まるで最初からいなかったかのように、完全に気配が途絶えている。


 残されたのは、崩壊した魔装置の残響だけだった。


 脈動は止まり、光は消え、ただ冷たい石塊が横たわっているだけ。


 三人は無言のまま、その場に立ち尽くす。


***


 セリアーノたちが逃げ去った後。


 広場には、まだ赤い残光が揺らめいていた。 


 炎が照らし出したせいで、普段は沈黙を保っている"影"がざわり、と蠢き始める。


 まるで闇に潜む何かが目覚めたかのように。


 ピリトが露骨に嫌な顔をした。

 

「……まずい。明かりのせいで……〈影螺〉のチェイサーが動き出した!」


 闇に潜み、光に集まる"影喰らい"。


 本来なら影から出ることはない種類の魔獣が、喉の奥から絞り出すような低いうなり声をあげて、広場の入口へ殺到してくる。


 その数は――尋常ではなかった。


「ティアナさん!下がって!」


 カイレッドの叫びが響く。


「……っ……」


 ティアナは台座の前で膝をついたまま、答えることができない。 


 目の焦点は合わず、肩が小刻みに震えていた。


(守種の楔を……奪われた……もっと早く、もっと早く間に合っていれば……)


 彼女の意識は完全に沈んでいた。


 絶望の底へ、深く。


「ピリト、行くよ!」


「わかってる!!」


 カイレッドとピリトが同時に広場の中央へ飛び出す。


 影から這い出したチェイサーは、四肢が異様なまでに細長く、裂けた口から煙のような魔力を撒き散らしながら襲いかかってくる。


 その姿は悪夢そのものだった。


「右から来る!」


「ああ!」


 ピリトの鋭い声と、カイレッドの研ぎ澄まされた勘が重なる。 


 刹那――カイレッドはスゥルガーの牙を投げ放った。


 刃は回転しながら空気を裂き、影を斬り裂く――命中した瞬間、チェイサーは黒い霧へと散った。


 一体、また一体。 


 だが倒しても倒しても、次が生まれる。


 まるで湧き水のように、終わりなく。


「……おかしいぜ、カイレッド! チェイサーってこんなに数、いなかったはず!」


「うん……それに――」カイレッドはスゥルガーの牙をアポートで手元に呼び戻しつつ、戦いながら違和感を確信へと変えていく。


(この魔力……全部、"同じ場所"に収束している……?)


 チェイサーたちは影から湧いてくるように見える。 


 しかし、その核となる"魔力源"は――ただ一つ。


 カイレッドの瞳が細くなる。


「……ピリト。アイツら、全部一つの集合体から分離した幻影だ」


「え?」


「見て。魔力の流れが一方向にしかない。"実体"がない幻の魔獣が、魔装置から生まれてる」


 ピリトが目を見開いた。


「……っ!! あれか」


 広場の壁――ひび割れた岩陰。 


 そこから、わずかに脈動する魔力の気配。


 カイレッドが駆け寄って拳を押し当てると、まるで隠しパネルのように岩が沈み込み、裏から淡い光が漏れ出した。


 古びた魔装置が姿を現す。


「やっぱり……こいつがチェイサーの発生源だ」


 カイレッドは鋭くティアナの方へ振り返る。 


「ティアナさん……もし"守種の楔"を先に見つけてたら……魔装置からどうやって術式を抽出するつもりだったんですか?」


 ティアナはゆっくりと顔を上げる。 


 声は掠れ、全身から力が抜けていた。


「……ヴェルナーから……抽出用のゴーレムを……預かっていたわ……魔装置専用の……小型の自律人形……その子で……楔を取り出すつもりだった……」


 肩が、がくりと落ちる。


「でも……もう……全部……」


「貸してくれませんか?」


 ティアナが驚いて顔を上げた。


「……え?」


「そのゴーレム。まだ使えますよね?」


 ティアナは震える手でポーチを開き、小さな金属製のゴーレムを取り出す。 


 カイレッドは真剣な眼差しでそれを受け取った。


「ピリト、ゴーレムをセットする」


「了解!」


 小さなゴーレムはカイレッドの手で起動され、彼の指示に応じて魔装置へ取りつく。


 その動きは精密で、迷いがなかった。


 カイレッドは初めからゴーレムの使い方を知っていたかのように手際よくそれを配置した。


「抽出開始……!」


 ゴゥン――低い振動が広場に響き渡り、チェイサーたちの影が一斉に歪み始めた。


 ぐにゃり、と。まるで世界そのものが揺らいだかのように。


 やがて――装置から"黒い珠"のような魔力塊が、ゆっくりと引き抜かれる。


 ティアナが息を呑んだ。


「幻影の……核コア……?」


「そうです。"チェイサー"の魔力を、この中に集めきったものです」


 カイレッドの手のひらで黒珠が脈動する。


 ドクン、ドクン、と。 


 その脈動は、まるで魔力を感じ取るように――周囲に散らばったセリアーノと相棒の魔力に、確かに反応しているようだった。


 ティアナはかすれた声で問う。


「……それを……どうするつもりなの……?」


 カイレッドは即座に答えた。 


「追跡します」


「……っ!!」


「やつらは、ここから逃げるとき魔力を"大量に散らしていった"。もともとそれを隠すつもりもなかったみたいです」


 カイレッドは黒珠を握りしめる。その瞳には、確固たる意志が宿っていた。


「残留魔力があるなら……固有の識別魔素が拾えます。そして、幻影の核コアを媒体にチェイサーを召喚し、追跡させれば――彼らが行った方向が、わかるはずです」


 いまやカイレッドは、知覚だけでなく知力も飛躍的に向上していた。


 ゴーレムの使い方だけではなく、抽出した魔法術式を読み解くのに、それほど時間はかからなかった。


 ティアナは唇を震わせた。 


「……まだ……取り戻せる……可能性がある……?」


「はい」


 カイレッドは力強く頷く。


「必ず追いつきます」


 その言葉には、一片の迷いもなかった。


 ピリトが胸を張る。


「でかしたぜカイレッド!!」




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