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第10話 守種の楔

 ――それから、丸二日が過ぎた。


 〈影螺の巣〉の夜は長く、重く、そして――妙に“静か”だった。


 本来なら、闇が深まるほど魔獣の活動が活発になるはず。


 だが進むにつれ、三人は奇妙な違和感を覚えていった。


 まず、出会う魔獣が減っていた。


 いや――“減った”のではない。


 倒されていたのだ。


 壁際に転がった闇蛇の干からびた死骸。

 その他の小型魔獣と思われる黒い核が、踏み砕かれて散った跡。

 焼け焦げたような痕跡。


 敵が少ないのはありがたいはずなのに、息をするたびに胸の奥が冷えていく。


 「……またね。こいつも新しい」


 ティアナが死骸をかがみ込んで確認する。


 ピリトも頷いた。


「半日も経ってねぇな。ついさっき倒されたレベルだぜ」


 すんなりと進める場面は確かに増えていた。


 視界共有のおかげでカイレッドの動きは洗練され、魔装ダガー、通称《スゥルガーの牙》で近距離も遠距離も捌けるようになってきた。


 ティアナの導きも冴え、三人の連携は迷いなく繋がっていく。


 だが――その進みやすさに、安堵より先に「不安」が湧いてくる。


 まるで、罠に誘われているような。


 あるいは、競争相手が急いで“片付け”ながら先へ進んでいるような。


 カイレッドも、その変化に気づかないはずがなかった。


「僕たち……楽になってる分、逆に追いついてるんじゃ……だとしたらいつかは……」


 するとティアナは黙ったまま前を見据え、短く答えた。


「……気を引き締めていきましょう。ここからは特に」


 三人は再び闇の中へ足を踏み出す。


 倒された魔獣の死骸が、道標のように点々と続いている――それは不自然なほど“まっすぐな道”だった。


 不気味な静寂が、足音のたびにわずかに震えた。


 そして三日目の夜。


 〈影螺の巣〉の中でも特に瘴気の濃い中層域へ入った頃――一行は2箇所目の"安全地帯"で休憩を取っていた。


 周囲の岩肌には、淡く青白い光を放つ鉱石が点在している。


 魔獣が本能的に避けるというその鉱石は、まるで結界のように再び彼らを守ってくれていた。


 カイレッドは湯気の立つ水筒を受け取り、ふぅと息を吐く。


 温かい液体が喉を通り、凍えた内臓に染み渡っていく。


 それだけで、ほんの少しだけ生き返った気分になった。


 重さで痺れた肩を回しながら、ふとティアナを見る。


 ティアナは壁際に座り、地図代わりの古びた記録板を照らしていた。


 指先で線をなぞる仕草は、これまで何度も見てきたものだが――その目の奥に、他とは違う「焦り」が滲んでいる気がした。


 いつもなら冷静沈着な彼女の表情に、わずかな綻びが見える。


 それが気になった。

 だから、聞いた。


「……ティアナさん。その……ひとつ聞いても、いいですか」


 ティアナが顔を上げる。

 琥珀色の瞳が、揺れた。


 まるで湖面に石を投げ込んだときのように、その瞳の奥で何かが波打っている。


 カイレッドは一呼吸置いてから、言葉を続けた。


「今回のダンジョン攻略……僕たちの目的って、何なんですか?」


 その瞬間――場の空気がわずかに変わった。


 まるで透明な壁が立ち上がったような、そんな緊張感が空間を満たす。


 ピリトも耳をピンと立て、二人のやり取りを静かに見守っている。


 ティアナは記録板を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


 数秒の沈黙のあと――口を開く。


「……そうね。そろそろ話す時期かもしれないわね」


 その声には、覚悟が滲んでいた。

 

「私たちが探しているのは――《守種のしゅしゅのくさび》よ」


「守種……の楔?」


 聞き慣れない言葉にカイレッドは首を傾げる。


 ティアナは頷き、指先でピリトを示す。


 いまは人型を保っているが、疲労のせいか耳が少し垂れている。


 その姿が、どこか痛々しく見えた。


 「ピリトの属する〈亜族〉の一部は、最近になって"原因不明の衰弱"が広まっているの。魔力が枯れるように、身体が痩せていって、最終的には……消える」


「消える……?」


 カイレッドの声が震えた。


 消える、という言葉の重みが、じわりと胸に沁み込んでくる。


「正確には、"存在が薄くなっていく"のよ」


 ティアナの声は静かだったが、その奥には抑えきれない感情があった。


「彼らは古代魔法〈守種術式〉によって、森と魔力を循環して生きる種族。でも、数百年前に術式の中心核が置かれた――《守種の核魔装置》が封じられ、魔力循環に歪みが生まれた。最初は小さな綻びだったけれど、時間が経つにつれてその歪みは広がり続けている。そして今――限界が近づいているの」


 カイレッドは息を呑む。


 ピリトは黙ったまま、ただ静かに二人の会話を聞いていた。


 その表情からは、何も読み取れない。


 だが――その沈黙そのものが、すべてを物語っているように思えた。


 ティアナは続けた。


「《守種の楔》は、あらゆる核魔装置を修復・再起動するための"鍵"。古代の文献だと、封鎖された四つのダンジョンのどれかに保管されているって記されていた。でも明確な場所はどこにも書かれてなかった。ただ曖昧な記述と、解読不能な暗号文が残されているだけ」


「それで……この〈影螺の巣〉に?」


「過去の冒険者の記録に、ひとつだけ手がかりがあったの」


 ティアナは記録板を開き、ある一文を指で示す。


 そこには古い文字で、こう記されていた。


 『影を喰らう地に、光を縫う楔あり』


「……意味不明よね?」


 ティアナが苦笑する。


「でも〈影螺の巣〉の内部には、魔力を吸い込んで光を飲み込む特殊地帯と、逆に光を反射して強める鉱脈地帯が混在してる。その組み合わせと一致するのは、調べた限りここだけだった。だから――賭けたの。この場所に《守種の楔》があると」


 カイレッドは静かに頷いた。


 すべての点が、線で繋がっていく。


 ティアナの焦り、この過酷な行軍の意味、そして――ピリトが背負っている運命。


「つまり――〈守種の楔〉を見つければ、ピリトの種族は助かるんですね」


 ティアナはわずかに目をそらし、低く言う。


「……"助かる可能性がある"だけよ」


 その声には、諦めと希望が入り混じっていた。


「せっかく楔を手に入れたとしても核魔装置そのものが修復不可能なレベルにまで壊れていたらどうしようもない。それに――楔が本当にここにあるかどうかも、確証はない。でも――」


 ティアナは拳を握りしめた。


「やるしかないの。何もしないで仲間が消えていくのを見ているなんて、私にはできない」


 カイレッドはしっかりと彼女を見つめた。


 その瞳には、迷いがなかった。


「大丈夫です。見つけましょう。絶対に」


 その言葉に、ティアナは少しだけ目を見開いた。


 それから――ほんの少しだけ、口元が緩む。


 まるで氷が溶けるように、彼女の表情が柔らかくなった。


「……あなたって、本当に馬鹿みたいに真っ直ぐね」


「えっ、あ、すみませんっ……」


 カイレッドが慌てて謝ると、ティアナは小さく笑った。


「褒めてるのよ」


 ティアナの声は珍しく柔らかかった。


 その声には、確かな感謝の色が滲んでいる。


 ピリトがその横で、ぽふ、と尻尾を振る。


 嬉しいという感情が、背中越しでも伝わる。


 温かな空気が、三人の間に流れた。


 その穏やかな空気の中で――ピリトが、唐突に口を開いた。


「……なぁ、カイ」


「ん?」


 ピリトは立ち上がり、軽く伸びをする。


 その動作には、いつもの気楽さがない。


 どこか真剣な空気が、その小さな体から溢れ出ていた。


「今日から――お前、俺の視界なしで行け」


「えっ……?」


 カイレッドは思わず聞き返した。


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


(視界共有なし? それはつまり――この暗闇の中を、自分の目だけで戦うということ?)


 ピリトは真剣だった。


 その目は、冗談でも意地悪でもなく――仲間を見る目だ。


 信頼と、期待と、そして――少しの寂しさが混ざった、そんな複雑な色をしていた。


「お前、もう見えてる」


 ピリトの声は静かだが、確信に満ちていた。


「完全じゃねぇけど……輪郭も、距離感も、気配も。俺が少しずつ視界を削ってたの、気づいてなかっただろ? でもお前は、ちゃんとそれに適応してた。共有し続けたら逆に伸びねぇ。お前にはもう、自分の目で戦う力がある」


 カイレッドは息をのむ。


 そういえば――ここ数日、徐々に自分の目でも闇が見えるようになっていた気がする。


 最初は錯覚だと思っていたが、それは確かな成長だったのだ。


 ティアナが腕を組み、うなずく。


「そうね。私もそう思う」


 彼女の声には、師としての厳しさと、認めるような響きがあった。


「あなたは今、自分で思ってる以上に"戦える状態"にある。基礎体力も上がった。反応速度も上がった。そして何より――知覚能力が飛躍的に伸びている。もう、補助輪は要らないわ」


 ピリトが胸をドンと叩く。


「だから今日からは、お前の目で行く。俺は最低限の補助と警戒だけ。危険が迫ったときには教える。それ以外は、お前が自分で判断して、自分で戦え」


 その言葉の重みが、カイレッドの肩にずしりと乗る。


 ピリトは少しだけ笑った。


「……大丈夫。お前ならやれる」


 その言葉には、絶対的な信頼があった。


 しばしの静寂。


 カイレッドの心臓が、大きく脈打つ。


 ドクン、ドクンと、鼓動が耳の奥で響く。


 自分の目で闘うということ。それは、このダンジョンの夜を"自分自身で切り裂く"こと。そして――この暗闇と向き合うということ。


 不安も、恐怖も――ある。


 正直に言えば、怖い。


 真っ暗な闇の中を、自分の目だけで進むなんて、想像しただけで足が震える。


 だが――それ以上に、胸の奥が熱くなる。


 認められた喜び、期待に応えたいという思い、そして――もっと強くなりたいという渇望。


 それらすべてが混ざり合い、恐怖を上回っていく。


 カイレッドは深く息を吸い込んだ。


 そして――決意を込めて、言った。


「……はい。やってみます」


 その声は震えていたが、迷いはなかった。


 ピリトが嬉しそうに尻尾を振る。


 ティアナが小さく微笑む。


 三人の間に、新たな決意が生まれた瞬間だった。


 そして、その夜が、〈影螺の巣〉攻略の本当の佳境の始まりだった。

【お知らせ】


本作は第3巻までの内容を順次公開予定です。

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