薔薇は雨に濡れない
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薔薇は雨に濡れない — 余話:揺れる花弁、晴れ間の心 —
翌日。
キャンパスの空は、前夜の雨が嘘のように青かった。
バラ園の空気は洗われ、赤い薔薇は露をまとい、朝日にきらめいている。
山平は、深い息を吸い込んだ。
湿った土の匂い。新しい朝の香り。
昨日の出来事は、まだ胸の奥でざわついている。
――悲しみを固めようとした青年。
雨を拒み続けた薔薇。
そして、教授の言葉。
「大切なのは、濡れる覚悟ですよ」
山平は、自分の感情を持て余していた。
人は失う。忘れる。けれど――守りたいものもある。
どこまでが執着で、どこからが優しさなのか。
「難しいな……」
「考えているようですね」
穏やかな声が背中から届いた。
振り返ると、秋山亮一教授が、同じようにバラの方を見ていた。
「教授。昨日のこと、まだ考えていて……」
「自然なことです。心とは、すぐには乾かないものですから」
教授はしゃがみ、散った花弁を拾う。
指先でそっと触れると、花弁はわずかに揺れ、光を返した。
「昨日の少年は、悲しみを否定したのではありません」
「え?」
「むしろ、あまりに強く抱きしめすぎたのです。
思い出を失うことを恐れるあまり、触れられない形にしようとした」
教授は花弁をひらりと落とす。
風がそれを運び、朝の光の中に消えていった。
「本当に大切な思い出は、雨に濡れても、風に揺れても、散っても……残ります。
変わることは、消えることではありませんよ」
「……教授って、本当に時々、詩人ですよね」
「時々で十分ですよ。常に詩人では、生活が破綻します」
山平は吹き出した。
その笑みに、自分でも驚く。
胸の重さが少しだけ軽くなった気がした。
「よし。今日もやりますか、教授」
「やるとは?」
「謎ですよ。僕ら、いつも事件に巻き込まれてばっかりですけど……
今日はむしろ、こっちから探しに行きましょう」
教授はわずかに口角を上げる。
「それは探偵というより、変人の領域ですね」
「教授もですからね?」
「否定はしません」
ふたりは並んで歩き出す。
まるで、雨上がりの空に伸びる、二本の道のように。
薔薇園の奥で、風に揺れる一輪の赤が、静かに彼らを見送っていた。
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