#77 妹分
太陽が真上を過ぎて、昼の星が輝く頃──
「あっはぁ、これっは言葉にできないねぇ……快楽に溺れちゃう。大伯母さまに止められてた理由がよぉく身に染みたよ……」
「ぜぇ……今まで加減してたのは、そういうことだったんかよ。ハァ……打ち止めのままどんくらいやった?」
「わかんにゃい──」
アルムとノエは互いに寄り添うように体重をあずけ合い、窓から差し込んだ光と影のコントラストを眺める。
「途中から"ウォーターベッド"にして正解だったな」
「最初は大きかったのに、けっこう縮んじゃって……」
"空脈方陣"によって、空中にふよふよと浮かぶように固定された水塊は、最中──水分補給にも利用されていた。
床はところどころに水たまりができていて、もはやどれが何の水分なのかもわからない惨状を呈している。
「とりあえずは俺の勝ちでいいよな?」
「うん、それでいいよ。ただどっちかって言うと、持久力で負けたみたいな?」
「でも勝ちは勝ちだ、今日はノエに勝った記念日とする」
ムフンッとアルムは鼻を鳴らすと、浮遊する水を掬ってゴクゴクと勝利の美酒に酔いしれた。
「ん……ぁれ……へぁ?」
「寝坊助がやっと起きたか」
「おはよー、メイちゃん」
「おは、よう……ごぜぇ、ます。ノエお姉さま──!?」
お姉さまと言った瞬間に、メイの中の記憶が一挙に流れ込むように思い出される。
「ぐぁああああ!! 醜態をぉおおお晒したぁあああああ!!」
「でも悪夢は忘れられたでしょ?」
「えぇ!? あっ、う~~~ん……というより、なんなら悪夢すら生ぬるかったっていうか」
ガバッと布団にかぶったメイは、頭をふるふると横に振り払う。
それから何度か深呼吸してからアルムとノエの様子を見て顔を歪めた。
「というか借金取り! おまえ……まさかずっとノエお姉さま、と──?」
「見りゃわかんだろ」
唖然とした表情を浮かべてから、メイはギリッとアルムを睨みつける。
「ゆ、許せない……お姉さまを手籠めにするなんて」
「むしろ今までずーっと、手籠めにしてたのは私のほうなんだけどねぇ」
「そん、な……二人はそこまでの──まさか……!?」
「公的には姉弟だが」
「ふしだら!」
「血は繋がってないけどねぇ」
「じゃぁなおさらダメぇ!」
アルムは精神的な疲弊を隠さず、半眼でメイに呆れる。
「なんでだよ……にしても、やっかましい。もう出すモンは出せないが、もっかいヤっちゃろうか」
「絶・対・イ・ヤ・だ! もう助けられた借りは返したもん!! なんなら返しすぎた分を返して……ん? でも今あんたとすれば、それはつまりお姉さまと間接的に……」
「アホだ、アホがいる」
「うっさし!」
やたらと小気味の良い義弟と妹分の様子に、ノエから笑顔が零れる。
「にゃっはは、メイちゃんは元気だねぇ」
「うっ……ノエお姉さま、なにか羽織り──いえ一緒に布団にくるまりましょう、そうしましょう。"そんな男"にいつまでも貴重な御身体を晒すべきではないです」
「こいっつ──」
「今はこれが心地いーから遠慮しとくね、気持ちは受け取っとくよん」
「そんなぁ~……」
シュンッとするメイは、布団で頭までを隠し、それからしばらくしてまた顔だけを出す。
「オイ腐れ金貸し、あたしを雇え」
「は? 別に要らんが」
「ヤリ捨て野郎!」
「じゃぁまだ捨てない。飽きるまで買ってやるよ」
「っざっけんな! あたしはおまえの情婦なんかで終わる気はない、金なんかで品性まで売り飛ばすつもりはないんだ!」
「三下のくせに、無駄に根性と下剋上魂があるのはなんなんだよ……それとも俺が舐められてるだけか?」
「両方なんじゃない?」
「う゛ーーーーーーーっ!!」
メイは獣のように唸りながら、射殺すような眼光でアルムを睨み続ける。
「ったく、わかったよ。戯粋局も開業したばっかで、今は名を売って拡大していく時だからな」
「ほんと!? やった! ゴネた甲斐あった!! 男に二言はないんだからね!?」
「あぁ無ぇよ、現金なやっちゃ」
「ノエお姉さま~、そのなんとか局って、もしかしてお姉さまも……一緒に働けたり!?」
「うん、まぁ一応所属だね」
「ノエは"総長"だ、副長の次で三番目に偉い。当然だが一番は"局長"の俺だ」
「えっ……? ねぇアルム、私ってそんなに高い地位なの?」
一時は東條家に嫁いで、最低でも2年は待ってと言った手前、ノエはそこまでの待遇だとは思ってもみなかった。
「そうだぞ、まだできたばっかだし。俺との付き合いの長さと、優秀さを考えても当然だ」
「ん、そっか……じゃぁがんばるね」
「な、なるほどぉ──っえへへ、局長さま……開業したばかりなら、あたしもいい役職に就けてもらえたりしますかね?」
「先刻までと打って変わって、媚びへつらうのが早すぎだろ」
「本性はとっくにバレてんだからいいの! それにイヤな気はしないでしょ」
アルムは調子を狂わされつつ、無情な言葉を下す。
「どうだかなぁ……──とりあえずお前はただの雑用だ、借金返済の為に働いてる連中よりも下っ端、最底辺の女だ」
「はぁァあ!? なんで! あたしはもう借金ないのに! 借金漬けの奴らより下ってどういうこと!?」
「債務者はなぁ、返済させる為に方方動いてもらってる。知識と経験を積んで、大概は手に職つけてんだよ。で、お前は何ができるんだ? あ?」
「うっ……ぐぎぎぎ」
メイは反論できずに歯ぎしりをする。
正直なところ自分ができることと言えば……己自身でも「何だろう?」と疑問を浮かべてしまうほど。
「待遇改善を要求したいなら、まずは一端になれ。それまでお前は雑用兼ただの穴だ」
「ただのアナぁ!? ふ……っざけやがってぇ、こんの腐れ金貸し! 鬼畜! ド変態! 悪夢! クソ下衆野郎! 死ね!」
「さすがに言い過ぎだろ」
「いーーーやっ! 全ッ然足りないね!!」
「メイちゃん、あまり汚い言葉を使うと自分も貶めることになるからほどほどにね」
「……っっ!! はい、ノエお姉さま!! ちょっとだけ控えます!」
「ちょっとかい」
「あはは~~よしよし、かわいい妹分ができたなぁ」
ノエは新たな家族ができたことに、ニコニコと感情をそのままに笑う。
「とりあえず稼ぎたいんなら、ノエに房中術でも習うこったな。そうすりゃ少しは弾んでやるかも知れん」
「えっ!? ノエお姉さまと……? いいの!? いいんですかお姉さま!?」
「んっ……と、一応女の子同士も嗜みとして覚えてるし、アルムがいいなら少しくらいは──」
ちらりとノエはアルムに目配せするが、アルムは嘆息をついて肩をすくめた。
「別に俺の許可なんざいちいちいらんだろ。男だったら絶対に許さんけど」
「あたしも許せない! あんたを許せない!」
「はァ~~~ったく、口が減らねェなぁ。とにかく穴としちゃ昨夜も正直悪くなかった、俺個人としては推奨する」
「ッッありがとうございます! ぃよっ! アルム局長! 北州一!!」
「……あからさまに透けて見えてても、ほんのちょっとだけ気分が良くなっちまうのは……コイツの太鼓持ちの才能かなんかか」
「賑やかで楽しいねぇ」
傾きはじめた陽が暮れるまで、三人はわいのわいのと他愛ない会話に興じるのであった。




