#75 誓い
ひと段落したところで、アルムは周囲を見渡しつつ口を開く。
「はぁ~~~あ、っと。借金女は貸しを返してもらうから連れてくとして、ノエはどうする?」
「ん、どうするって?」
「ここで死んだことにしてもいい、そうすれば完全に霧縫からは自由だ。副業でそういう処理くらいはできる」
「あはは、それも……いいかもね」
「お? 冗談のつもりだったんだが、心境の変化? それとも俺の大切さと偉大さに──」
私は苦笑しながらも、前言を撤回する。
「でもさすがに死んだことにまでするのはちょっと……ね、家族には会いたいし」
「……まっ、だよな。でも忘れるなよ、俺はノエの命の恩人なんだからな。なんでもまずは俺最優先で考えるんだぞ」
「にゃっはは、大きな借りだもん。ちゃんと利子含めて返済すよ」
「別にノエ相手に、いちいち貸しだの借りだの思っちゃねぇよ」
「そうなの?」
「お前だって俺が危なかったら──いや俺が危険なんてありえないが。立場が逆で、同じ状況だったとしたら、同じ選択をするだろ」
「うん、そうだね」
その場で片膝をついてしゃがんだ私は、左手を腰に、右拳を地面へと置いた。
私は紅橙の瞳でジッと、アルムの碧紫の瞳を見据える。
「霧縫アルム」
「なんだァ? 改まって」
「私、霧縫ノエは──霧縫の忍びとして、この日この刻をもって、救われた命をすべてあなたに捧げます」
「むっ──」
「我が忠義は主人である貴方の下で影となり刃となり、この命が尽きる時まで──アルムの側で、アルムの道を共に往くと、ここに誓約いたします」
それは私なりの覚悟の言葉。
決して裏切らぬ約束であり、魂魄にまで刻み込む絶対の誓約。
霧縫の家がまだ忍者であった頃、流浪の傭兵稼業の中で──たった一人の主を見初めた場合にのみ──唯一人に仕える為に誓いを立てた旧き慣習。
「……うむ。その覚悟と願い、確と受け取った。今後は我が手となり耳となり、全身全霊で尽くせ。されど我より先に死ぬこと、罷り成らん」
そうアルムは大仰に口にしてから、グイッと私を抱き寄せるように立たせて、鼻先が触れる距離まで顔を近付ける。
「な~んて。懐かしいな、いまさら主従ごっこなんてどうしたよ」
「私なりの"儀式"だよ。というか、種族的に考えると確実にアルムより私のほうが先に死ぬんじゃない?」
長命種たる妖精種と吸血種の血が併せて半分混じっているアルムと、ただの人族の私。
「安心しな、世界には延命の手段なんざいくらでもある。それに少しだけ話したろ、"戯粋局"のフェイジンは錬金術師志望。誰しもが享受できる不老不死なんかも、いずれ実現させるさ」
「へっへぇ~~~……随分とその人のこと買ってるんだねぇ。それは近々会っとかないと」
「んだよ、嫉妬か? ……ノエの嫉妬なんてはじめて見たかも」
「ふふふ……誰かさんに価値観を塗り替えられたからねぇ、今後は新しい私がどんどん見られるかもよ」
「そいつぁ楽しみなこった」
互いに笑い合ったところでアルムが私から離れると、いつの間にかその左右にはそれぞれ"赤い耳飾り"と"白い花"が握られていた。
「"不老不死"で思い出した──せっかくだ、んーーーコッチだな」
するとパッとアルムの左手から"白い花"のほうが虚空へと消され、右手から私へと"赤い耳飾り"が手渡される。
「これは?」
「贈り物だ。聞いて驚け、これは"鏡合わせの残響"──魔導具だ」
「えぇ……!?」
魔導具と言えば大陸でも非常に少ないとされる、超がつく希少品。
そして大いなる力をもたらす道具でもある。
「ノエの瞳に映える。動くなよ」
するとアルムは赤い三角形の耳飾りを、私の手のひらから一つずつ左右の耳へと着けてくれた。
「ほらな、すごく綺麗だ」
さらに別空間取り出した、完璧なまでに反射する手鏡を通して、私は自分の顔と耳飾りを見る。
「あっ……その、ありがとう──」
自覚しても意識しないように努めていたのに、アルムが好きという気持ちが沸々と湧き上がってくるのを止められなくなる。
「ちなみにそれ分身できる魔導具だから。さっさと使いこなせるようになれな。三人でヤんぞ」
「はぁ~……もう、台無し」
「あぁ? 何がだよ」
私の想いが少しだけ消沈しつつ、その場でくるりと一回転をして見せつけながら言う。
「なんでもないよ~」
お土産ならこれまでも、いくつももらったことはあるが……この耳飾りは一生の宝物となった。
「そうそう、それとだな。さっきの主従ごっこで名案が思いついた」
「……めいあん?」
「俺の"副業"をノエもやればいい。そうすれば棗すら飛び越えて、扇祇の家が上にくる」
「ん、どういうこと?」
霧縫家は大きくは棗家に仕える武家と言って過言ではなく、また棗家は将軍家である扇祇の懐刀とも言うべき大大名である。
「飛騨幕府どころじゃない、聖威大将軍の直轄ってことだ」
「ちょっと待って、それって──」
私はアルムの言葉から、何を言わんとしているのかを察する。
飛騨幕府の長である将軍さまが、直接的に管轄できるのは……三ツだけ。
一ツは政治的な相談役などを担う"御側衆"。
二ツ目が"将軍斯衛兵"──筆頭武官である"北州無双"こと宗像タツトラをはじめとした、表の部隊。
そして三つ目は、公式には存在していない──あくまで風聞としてのみ、まことしやかに囁かれる、裏の部隊。
「イエス、忍びたる霧縫家としての本分を侵すこともなく、名分を得ることができる」
後ろ手に取りだした"天狗面"を顔にかぶったアルムは続ける。
「まっ師父に直接説明するわけにはいかないが、何かあっても将軍家の名で書状を出してくれるから言い訳は立つって寸法よ」
諜報から暗殺まで、面をかぶって素性を漏らさず、あらゆる汚れ仕事をこなすという"公儀御庭番"。
「天狗面……アルムが──」
ここ数年、巷を騒がせていた噂の天狗面。
その正体がまさか、よくよく見知った人物だったとは……まったく気付けなかったことに不覚すら感じ入る。
「くっくっく、表では多様な事業を手がける"大商人"。裏では北へ南へ暗躍する"御庭番"。しかしてその正体はいずれ世界を変革せし男、どうよ? 惚れ直したろ?」
「うん、惚れ直してるよ」
アルムの何気ない言葉に、私は屈託なく笑ってそう返すのだった。




