#74 自由
「上等だよ、俺一人で潰してやらあ」
「……あ~あ、あははっ」
心の中でくつくつとした笑いが口からまで漏れる。そう……これが、こういうところがアルムなんだ。
「狂ってる……」
「手前に言われたかねーわ」
「たった一人で何ができるッ!!」
「大概できる。つってもまぁ別に俺が手を下すまでもないんだけどな」
「……??」
「俺は東條んとこの家と関係浅からぬ飛鳥馬さんとは太い伝手あってな、というより個人的に仲が良い」
「嘘だッ!! 大大名が貴様ごときと──」
「そんでお前の今までの悪行に関しても、"お上"からの調べがついてンだわ。裏でコソコソやっていたつもりだろうがなぁ……やりての商人が本気で流通を調べたら、ポロポロ出てきたぜ証拠がよ」
私を抱きかかえたアルムは、手近な台の上に座らせてくれる。
「調べてくれた阿佐木も、さすがに辟易してたわ」
「何を、言って……」
「んで飛鳥馬の名に傷をつけたって、そりゃもう怒り心頭になってたぜ。つーわけで、俺の副業ついでに執行させてもらう」
そう口にした瞬間アルムの姿は消え、東條カゲハルの背後へと音もなく立っていた。
「これの名は"悪夢香"。完成品にはほど遠い不完全品、だが不完全だからこその完成品──現状だと再現性がなく、量産できないのだけが難点」
アルムは東條カゲハルをその場に引き倒し、手に持っていた小瓶の蓋を開ける。
「っ……待ってアルム、彼を殺したら──」
「霧縫家が人脈を拡げる為の足掛かりがなくなるって?」
「ん、まぁ……うん」
「本気で俺を止めたいなら、好きにしな。今のノエには選ぶ自由があるんだから」
少しだけ待ってからアルムは親指で瓶口を押さえながら、東條カゲハルに漏れるナニカを少しずつ吸引させる。
「ちなみに悪夢香は殺す毒じゃぁない、単なる幻覚剤だ」
私はそれを止めず──自分で選択したわけではなく──ただただ静観していた。
「ほんのちょこっとだけ試した俺ですら、二度と使いたくないと思ったほど強力な……な」
「ぁ、ぁぁああぃいぃぎぎぎぎ……があぁぁああひぃぃぃああやぁぁあああ──」
効能がすぐに始まったのか東條カゲハルの瞳孔は開き切り、虚空を泳ぐように何度も何度も腕を伸ばしては半狂乱に叫び始めた。
「くっかっはっはっは!! 拮抗薬ナシだと、まずもって治りゃしない。覚めない悪夢を見続けるといい」
「ッもごぉ、がが……ァ」
散乱した床から布キレを拾ったアルムは、さらにうるさくなるであろう東條カゲハルの口の中に詰め込んで黙らせるのだった。
「さて、後は東條家の者に見つけられるのを待ってお仕舞い。ただでさえ狂っていた息子が、もはや手に負えないほど後戻れなくなったって筋書き──」
「ぅぅっうぎゃあああああ──」
アルムの解説途中で遮ったのは、メイの叫び声だった。
東條カゲハルと似たような感じで恐怖の表情を貼り付け、ナニカから逃げるように壁際で震えだす。
「ぁあ? 直接吸ったわけじゃねえのに、なんでドサクサで飛んでんだアイツ」
「……私はなんともないから、普通の人だと少量が空気中に撒かれただけで駄目なんじゃない?」
「めんどくせぇなぁ、ちィっと静かにしとけ」
アルムはスタスタと近付いていき、首を圧迫してメイを気絶させた。
「一応拮抗薬も飲ませとくか、壊れた女を抱いてもつまらんし」
そう言うと別の小瓶を取り出し、わずかにメイに吸引させたのだった。
「──さて、落着だ」
「ねぇアルム、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「もしかしてだけど……全部計算ずくだった?」
状況を整理し考えれば──アルムがたまたまこの場所を突き止めて、間一髪のタイミングでやってくることなど確率的に考えにくい。
であれば最初から目星をつけていて、私に異変があったことを察知した上で動き、ここを見つけ出した──というのならば得心がいくというもの。
向き直ったアルムは、数秒ほど黙りこくってからフッと笑う。
「半分は、な。残るは……成り行きだ」
「ん、やっぱりそっか。東條カゲハルが危険な奴っていうのも最初から?」
「あぁ、副業の方面から知っていた。でもそれを事前に主張していたところで、どうにもならんかったろ。情報の出所も言うわけにはいかなかったしな」
「霧縫でも調べてはいたけど、あいつが隠していた部分は裏取りどころか糸口も掴めてなかったのに……」
時間が足りなかったのもあろうが、アルムの副業とやらは……少なくとも霧縫よりも上の情報収集能力を持っているということだ。
あるいはアルム本人の、卓越した能力によるものか。
「でも……うん、虎穴とわかっていたとしても、父上は私の力量に託したと思う」
「はっは~~ん、ノエ。少なくとも東條の危険性を、"私にだけは伝えてほしかった"──か? わかっていて黙っていた俺に幻滅したか」
「えっ、いやそんなことは……でもたしかに、演技は得意なんだから伝えておいてほしかった……気持ちは、うん。あるけど?」
「こうでもしないとノエは霧縫の家に尽くし過ぎる、と思ったんだよ」
私はドクンッと心臓をわしづかみされたかのように、核心を突かれたことに戸惑う。
「荒療治だけど、窮地にあって価値観を破壊することで新たに見えてくるものがあるってもんだ」
まさにアルムの言う通りだった。
私はずっと自分を殺して、不自由の中で霧縫の為に生きてきた。でも死を間近に感じたことで、私の中にあった芯は大きく変化した。
もっと自由に生きたかった、と。
「っつーわけで、だ。霧縫を忘れろとまでは言わんが、今後はまず"俺のことを第一"に考えろ。わかったな? 拒否権はまぁ……あるが、ノエは使わないだろ」
「……すっっっごく、身勝手だなぁ」
「くっかっはっはっは!! そうだよ、俺は誰よりも我儘なんだ。今ごろ知ったのか?」
(まったく……素直だけど、素直じゃないんだから)
見え隠れする本音と、ひねくれて取り繕った言い回し。
でもこういうところが……そう、好きなのだ。
突如として地面に穴が空き、ストンッと心も体も落ちたような……私は自分自身のはじめての気持ちを──自覚していた。
理由はいくつもあるかも知れない。いくらでも語れるかも知れない。でもこれはきっと……。
(一生かかっても、理屈では説明できない)
──"恋は落ちるもの"──
姉弟であり家族、友達であり愛人、仲間であり相棒であった自由な関係性の片一方に、大きな変化が訪れた。
「アルム、ちょっとこっちきて」
「あン?」
警戒心などあるわけもなく近付いてきた義弟──否、愛するアルムの口唇へと、私は自分の口唇を重ねた。
今まで幾度となく交わしてきたが、今までとは違う──たった今、はじめて芽生えた想いを込めて、キスをするのだった。
「ッ……ん、なんだよ」
離された口唇から名残惜しそうにわずかに糸が引く。
「なんとなく」
でも今は気持ちを明かさない。
アルムにとって、私はまだ義姉であり、互いにとって自由な関係でしかない。
「なるほど。ここでヤるか?」
「ん~~~やめとく、雰囲気が無さすぎるもん」
そしてまだこの関係性でいい、今の関係性が心地良い。
人が人に惚れるのは無敵の自由なんだ、それは誰にだって止めることはできない。
(それが新しい私の……最初の自由)




