↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/71

#70 霧縫ノエ III


「んん、今夜はけっこう()ったね?」


 私はアルムの体重を感じながら、後頭部に手をやって体温を感じ合う。


「撫でるなよ。俺だって日々成長しているんだ、今にノエに勝つ」

「でも私、まだ本気出してないよ? 耳と(ねや)でアルムに負けることは一生ないと思うな~」

「ぐっ……くっそ~~~余裕ぶってぇ」


 アルムは体勢を起こしつつ、私の体をグイッと持ち上げて対面で座って抱き合う形になった。


「まさか他所(よそ)で練習してるんじゃないよな?」

「ん? アルムと違って私にはそんなの必要ないし」

「俺が勝つまでは絶対にダメだから、いや勝っても駄目」

「ふっう~~~ん? 自分は他の女で練習(・・)してるくせに」

「俺はいいんだ」

「なんでさ」

「ノエは俺のもんだから、俺以外が抱くのは許されない。おーけー?」


 濁りのない真っすぐな碧紫眼で見つめられ、数秒ほど呆けてから私は笑う。



「独占欲が強いにゃ~。というか私がアルムのモノじゃなくて、アルムが私のモノなんじゃないの? 霧縫の養子だし」

「俺は俺自身のもの」

「身勝手すぎるよ?」

「それが許される。なぜなら宇宙(せかい)は俺のモノだからな」


 本気の瞳、本気の声色、本気の言葉。

 いつ頃だったかはもはや記憶の彼方ではあるが、見合うだけの実力を備えていくと共に、アルムの自尊心が肥大化していった。

 しかし童心は抜けきれておらず、どこか背伸びしているようでもあり、それもまた愛嬌を感じるというもの。

 

「せめて半身だとか、一心同体とかないのぉ?」

「まぁそういう側面も無いこともない。ただなんだろう、姉弟……家族だが、親友であり、仲間であり、相棒であり、愛人であり、同志──は違うか。とにかく型に囚われない自由な存在みたいな?」

「自由……か、うん。まっとりあえずはそれでいいかも」

「おーーーっし、復活。もう一戦いこう」

「にゃっはは~、じゃっ少しだけ本気出しちゃお」



 口唇を交わしながら、運動が再開される。 

 ほとんど毎夜のように体を重ねる間柄であっても、お互いに慣れすぎてて世俗で言うところの恋仲というわけではない。

 アルムが他の女を抱いていたとしても、妬心(としん)を抱くこともない。


 互いに自由な関係──それがとても心地よかった。

 アルム以外の男と遊んだり練習台にしないのも、アルムの独占欲とは関係なく私自身が選んでいることだから。


「んっ……あはぁ、さっきよりもいい感じ」

「余裕ぶってられるのも今の内さ、すぐに()せてやる」

「そうかにゃぁ、二回目なのにさっきよりも早く終わっちゃいそうな感じが……。いいのぉ? 世界はアルムのモノなのに、私に好きにされちゃうよ?」

「うぉっ、生意気モードはズルいって!」

「知ってる。アルムはいつもイケイケだから、こういうの弱いもんね。普段なら望みのままに演じてあげるけど、これは勝負だからダメだよ。でも最後は合わせてあげるからねぇ」


 私はアルムの耳元で囁きながら、束の間の自由を精一杯楽しむのだった。





 吹く風が、時に家屋を揺らすほど強い、曇天模様のとある日──


「ノエ~、これ見てみ」


 勝手知ったるように、遠慮なしに私室へ転移してきたアルムから、私は巻物を渡された。

 まだまだ小さかった頃にしばらく行方不明になってひょっこり帰ってきた頃からだっただろうか、「二人だけの秘密だよ」と魔導の練習に付き合わされてきた。

 だからアルムの魔導(ひみつ)のことも、どこかに不法侵入しては何かを()ってくることも、私は知っている。


「……? 古そうだね、なにこれ」

「秘伝の奥義書」

「へぇ……え、どこの!?」

「霧縫のに決まってんじゃんか、ちっと借りて(・・・)きた」


 アルムが圧倒的に多用するのが空間転移であり、誰にも悟られぬ内に別の土地への往復を繰り返す。

 どこぞで変な言葉やら知識を覚えてきて、私も多分に影響されてしまった。

 いろんなお土産を持って帰って来るのも日常茶飯事となっていたが、今回のは一味違っていた。


「ちょっとじゃ絶対に済まないよ?」


 それはとても年季の入った古いもので、雑に扱えばボロボロに崩れて落ちそうなものだった。

 私は丁重に机へとそれを置いて、アルムに怪訝(けげん)な視線を送る。


「まぁ一通り読んで把握したら返すからバレやしねえって、どうせいつかは教えてもらうんもんだし」

「霧縫直系の私はそうかもだけど……アルムはどうなんだろ?」


 あくまでも養子の立場を脱することはない。

 霧縫の技はあくまで霧縫の家でのみ継承することで、純度を濃くしてきたのが初代の頃よりの慣例。


 

「なぁに固いこと言うなって。秘伝書を見せてもらえなくたって、見れば大概は模倣(マネ)できる」

「……それもそっか、じゃーなーいーよーね~?」

「なんだよノエ、珍しく食い下がるじゃんか」

「だってそれは……私は霧縫の子だし」


 私の自由を縛る(かせ)であると同時に、私の存在そのものと言っていい。

 それを否定し(ないがし)ろにするのは……違うと思うし、どうしたって(はばか)られる。


「くっかっはっは、中身を見ても同じことを言えるかな?」

「んん、これって……」


 アルムがぺらっと巻物を開き、私はつい好奇心に負けて目で追ってしまった。

 昔の私だったら目を()らして(とが)めたに違いないが、アルムにだいぶ毒されているようにも思う。


「霧縫流──"絃術(げんじゅつ)"?」

「七代目だけが使えた一代限りの、霧縫流らしい。俺の(しょう)には合わないけど、ノエなら使えるんじゃね」


 私はアルムから丁寧に巻物を受け取る。その内容は非常に興味深いものだった。 


「琴とか得意じゃん? あやとりもよくやってるし」

「いや安直すぎでしょ。七代目当主の"霧縫ヤゲン"さまは"傾国の魔女"を封印して、初代と並んで歴代最強と言われるくらいの──」

「……まっ、ご先祖さまだって"使い手"が現れてくれるなら本望だろ。挑戦くらいはしてみろって」



 読み進めれば、読み進めていくほどに理解(わか)る。

 あまりにも高度技法が過ぎるゆえに、誰にも使えなかったということが。

 

「たしかにこれは、久々に挑戦し甲斐(がい)がある……かも」


 私は序文から記されていた、絃術の理合に釘付けになる。

 書かれている内容が本当に可能なのかどうか、半信半疑にならざるを得ないほどの。


「忍術のほうに至っては、禁術まであるぜ」

「へぇ~……」


 私はアルムに生返事しつつ、武の可能性と奥深さ──そして面白さを再認識していた。

 そして自分の中に再構築されていくものを感じる。


(これは……新しい楽しみを見つけたなぁ)


 霧縫ノエ(わたし)が使う──霧縫流でありながら霧縫流に()らない──霧縫ノエ(わたし)だけの新たな霧縫流(・・・・・・)というものを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。