#67 取り立て
「う゛っ゛づく……ぁ、オオ゛ォォオオ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛──」
軽く触れられた部分のお腹から、全身に味わったことのない衝撃のようなものが走る。
急激にせり上がってくる気持ち悪さに抗おうとするものの、それはあまりにも儚く虚しいものにしかならず。
あたしは賭博場で飲み食いしていたもの、その前に飲んでいたコーヒーも混じっているであろうモノを全て、地面へと吐き出させられた。
「え゛ッぅぇ……あ゛っ!?」
「臭ェなぁ。けど、はい見っけ。変な助平心を出して、いくらで売れるかを聞いたのは失敗だったな」
"腐れ金貸し"は苦痛に顔を歪めながら嗚咽しているあたしを無情にも無視し、飲み込んでいた"金剛石"を拾い上げる。
そしてあろうことか、あたしの服でゴシゴシッと拭くが……もはや咎めるような余裕もない。
「待ってぇ、待ってくださいィ。後生なんでそれだけはぁ……」
あたしは涙と鼻水と涎を垂れ流しながら、なんとか良心に訴えかけるように懇願する。
「ふむ……まっ、大金貨25枚分くらいにはなるかな。よかったな借金女、あとはたった5枚分だ」
「うわぁぁぁああ~~~ん、堪忍してーーーっ!」
もはや媚びへつらう余裕はなかった。あたしの、すべてが、終わりを告げた音がした。
「まぁとりあえず、残りの分はその貧相な体で"取り立て"させてもらうか」
「うぐぎぎぎ、あたしはそんなに安かない!」
「どんだけ自分を過大評価してんだよ。おおまけにまけて、大銀貨で1枚分ってとこか」
"腐れ金貸し"にグイっと詰められて、あたしは思わずぶるっと身震いをしてしまう。
強がって虚勢を張ってはいるが、今まさに"男からの逃れ得ぬ暴力"に晒されている恐怖が、本能で理解させられているのだった。
「……? その反応、それにさっきの固さ……まさかお前、男を知らないのか?」
「くっ、だったらなんなわけ!! あたしは品性まで切り売りするつもりはないの!! 昔そうやって自分を売ってた奴……病気で惨たらしく死んだ。だからあたしは絶対に──」
不覚にもこんな奴に、昔のことを思い出させられてしまう。
戦災孤児の集団で、みんなで助け合って生きていた頃の……忘れたい記憶。
血は繋がっていなかったものの、唯一あたしの家族と言えた優しかった義姉。
生き方を教えてもらったし、死んでしまった彼女のおかげであたしは生き永らえることができた。
(だからあたしは絶対に死ぬわけにはいかないし、幸せにならなくっちゃいけないんだ……ッ!)
「知るか」
「はァーーーーーっ!?」
「まずは汚いし臭いから、洗うとこからだな」
「臭いのはおまえのせいだ!!」
「まぁはじめてなら大銀貨3枚分くらいにしといてやる」
「ぎぃぃぁああああ! やめろぉぉおおお!!」
首根っこを掴まれて足が届かないほどに持ち上げられ、あたしはただただ連れて行かれるしかないのだった。
◇
一晩経って──
「ぷっはァ~~~、思ったより悪くなかったな。少なくとも直近の遊女屋よりは良かった」
あたしは純潔を喪失い、隣では憎き男がぷかぷかと煙管を吹かしていた。
「吸うか? 特別に配合した気を鎮めて体を安んじることができる薬草だ。これだけでお前の一晩分の値くらいは──」
差し出された煙管を手で払いのけようとしたところで、ヒョイッと避けられてしまう。
「"昔から慣れ親しんだ肉体"が一番なのは不動だが、やっぱり新しいものを開拓する喜びってのは別腹で代え難いもんがある」
「っ……ぅ~~~う゛ーーー! あ゛ーーー!!」
「うーうーうるせぇな、昨夜の分と金剛石で借金はチャラにしてやるから、もうどっか行け」
「……えっ!? ほんと!?」
蛇蝎のごとく睨みつけていたところで、思わぬ申し出にあたしは間の抜けた声をあげた。
「あぁ、大金貨5枚分を返済するなら、そうだな……あと1000回くらいは抱くところだが──」
「計算おかしくない? 一回で大銀貨なら──」
「ほんっと金勘定は早いな。だが今のお前に、もうそこまでの価値はねーよ」
「こンの……──!」
あたしは思いっきり罵倒してやろうと大きく息を吸った。
(いや待てダメだ、メイ。こんなことで怒っちゃ……学べ、学ぶんだ、学んできたんだあたし)
ここで機嫌を損ねられたらまた台無しになるので、憎しみと怒りをグッと堪える。
「まぁ清算してやったからって、別に恩に着る必要もない」
(いけしゃあしゃあと、この鬼畜……昨夜のことは絶対に忘れな──ううん、あたしの醜態は忘れよう……コイツは野良犬、ちょっと噛まれただけ)
「なんせ"御幌親子を殺したのは俺"だし」
あたしの頭が凍りついたように停止する。
そして何秒か何十秒か経ったかわからないが、ようやく言葉の意味を理解して──叫ばざるを得なかった。
「……ほぉぁぁぁああああアアア!? おいこら"腐れ金貸し"ィ!! おまえがすべての元凶なのかよ!!」
「あぁん? なんか文句でも?」
「あるに決まってんだろ!! 人殺し下衆野郎!!」
「オイオイオイオイ、御幌親子は謀反を起こそうとしたんだ。つまりそれは御公儀に楯突くことになるが?」
「うぇえっご公儀ぃ!? ほ、ほんと……ですかぁ?」
「そういう仕事も請け負ってる」
たしかに"天魁屋"とかいう、あんな無節操な店を開いている以上、十分に考えられることだった。
「あ、そっかぁ……そりゃそう、ですよねぇ。楯突くなんてぇ……あたしはぁ、そんな気はさらさらないです。へ……えへへっ、まったく知りもしなかったんです」
"腐れ金貸し"は大きく溜め息を吐いて、呆れたように告げる。
「はァ~~~ったく、お前は三下がよく似合うよ。ただその変わり身の速さと図太さだけは大したもんだし、小さな幸せを見つけて分相応に生きるこった」
(うるせーーーーーー!!!!!)
あたしはそう心中だけで叫び、そそくさとまだ乾ききっていない服を着て逃げようとして……立ち止まる。
「あの~~~」
「すゥー……フぅーーー、まだなにかあんのか?」
「えっとぉ、ちょびっとだけでいいんで路銀なんかもらえたり……へへっ、えへへ」
弱者には尊大に、強者には阿る。
そうして生きてきたあたしにとっても、この男にだけは媚びへつらうのは苦痛であったが……仕方ない。
こいつは鬼畜だが少なくとも女に対しては甘い部分があるようだし、身も心も窮して考えなしで躊躇がない賊どもと違って、自信と余裕がある。
「ほんといい根性してるわお前、どこででも生きていけそうだな」
そう言って腐れ金貸しは、いつの間にか持っていた硬貨を指でピンッと弾く。
あたしは床へと落ちたのそれを恥も外聞もなく拾うと、それはおそらく最初にお試し価格とやらで薬を買った時のあたしが払った"薄汚れた中銅貨"だった。
「すいやせん、旦那ぁ。これだけじゃ……もうちょっとだけお恵みを?」
「これで"縁"は切れたな」
もはや無駄だと悟り、あたしは扉を開けて出る。
そして閉める直前に、我慢できずに溜まっていたものを吐き出すことにした。
「こっちだって願い下げだぁぁあああ、バーカ! バーーーッカ!! 冥府に堕ちろォ! クソ下衆変態鬼畜ド腐れ金貸しィ!!」
「そういう最後まで弱者に徹しきれないところが、骨の髄まで三下根性の小物──」
言葉途中であたしは勢いよく扉を閉じ、なけなしの銅貨を握りしめ、昨晩の痛みが残る体を押して、ひたすらに走るのだった。




