#66 返済
「失敗した……失敗した、失敗したっ、失敗したァ!!」
御幌の財産は全て寄進され、実質的に家が取り潰され、没落したものの──賭場で貴族を装う為に、買ったばかりの綺麗な服はすでにボロボロに汚れている。
それでも必死に走り、裏道を縫うように、追っ手を撒くべく、あたしは足を動かし続けた。
(うぅ、どうしてこうなったの……)
持ち金を倍にするだけでも十分だった。それなのに──調子に乗ったと言えばそうかも知れない。
ちゃんと護衛を金で雇い、小大名の娘に扮して、まずは大金貨一枚分を専用貨幣へと変えて様子を見ていた。
「あぅ……っく──」
道行く先に"イヤな匂い"を感じて、あたしは身を隠すように物陰へと体を丸める。
(役立たずの護衛がぁ、あたしが逃げ切る時間くらい稼げってんだよ)
ちょっと勝ちが弾んで、良い気分になっていた。
美味しい食べ物も飲み物もあって、今まで行ったことのある賭博場とはまったく雰囲気が違っていた。
(イカサマだ、くそっぜったいあの賭博場イカサマやってた……っ!!)
実際の賭けも普通のものだけじゃなく、"とらんぷ"と呼ばれる札で変わった遊戯が何個かあった。
大陸から来たんだかなんだか知らないが……あれはそう、きっとなにか仕込まれていた。そうに違いない。
『でないとあたしが負けるわけがないんだ! 砂時計の砂だってちょうど七度目が落ちきる頃だったし』
小声で悪態を吐く。実際途中までは好調だったのだ。
途中から負けが込み始めて、それを取り戻すためにずるずると……。
(今思えば……金銭感覚が麻痺してたのがいけない、あの雰囲気が悪いんだ)
巧妙。悪辣。邪知。陰険。詐欺。素人を騙し、搾取する為の罠。
本来であればいつだってあたしこそがする側なのに、御幌の家にいたせいで勘が鈍っていたと言えるかも知れない。
『クッソぅ、もうあんな大金を借りられる機会なんて……絶対に無いよなぁ。とりあえず北──陸奥くらいまで逃げて、また最初からやり直しかぁ』
「そうは問屋が卸さないな」
「へっ……?」
いつの間にか物陰に潜んでいたあたしに、影を落とす人物が立っていた。
暗くて少しわかりにくかったものの、昼間に話していた人物を忘れもしない。
「あんた……あの変な店の金貸し!? なんで、どうしてここに──」
「"天魁屋"だ、変な店たぁ失礼な。まぁいいや。実はちょっと取引で金が入り用になったもんで。貸した金を、大金貨一枚だけでいいから返してもらおうと思ってね。そのかわり利子は少しばかり"サービス"するぜ」
それはなぜ今あたしを見つけて、目の前にいるかの理由と説明には……まったくなっていなかった。
「えっと……ごめんなさい! お金は必ず返すので、期限まで待ってもらえると……?」
金貸し店主の表情を見て直観的に理解した。
この男は……わかってて無理を言っていると。
「独り言も聴いてたんだよ。お前ェ、逃げるつもりだったな?」
「っ……へ、えへへ──そんな聞こえ間違いじゃないですかねぇ」
あたしは薄ら笑いを浮かべるも、男はゴミを見るような半眼を向けてくる。
「──あっ!! こっちにいたぞォ!! あの女ァ!」
「ひっ……やば」
立ち上がって逃げようとするも、金貸し店主にガッと右肩を掴まれただけで、まったく身動きができなくなってしまった。
「チッ、だれかぁぁあァァアア!! 火事ィっむぐっ──」
「お前さぁ……とんでもない女だなオイ」
男の左手によってあたしの口は塞がれ、伝家の宝刀である"火事場虚言逃亡"すら封じられる。
「おっ、あれ? アルムさん?」
集まってきた男たちは、金貸し店主の顔を見ると一斉に止まる。
「あぁこっちはいい、俺が捕まえたから」
「うっす、おまえらぁもういいぞぉ。あとは胴元がやってくれるそうだ」
「──ッ!?!!?!?!!?」
あっという間に囲まれたと思ったら、再び二人きりになったところで、抑えられてた口が解放された。
「は? あんたが賭博の胴元!? ズルい! イカサマ賭博!」
「失敬な。いいか、胴元ってのは手数料や長期的に確率が収束して儲かる仕組みだから、イカサマなんかする必要がないんだよ。それに仮にしていたとしてもバレなきゃイカサマじゃねェよ。つーか貸した金──大金貨30枚分ぜんぶスッった挙げ句に、チップまでしれっと盗んでおいて猛々しいわボケ」
「ぜーーーんぶわかった上でやってたんだな! この"腐れ金貸し"!!」
「確かに占いについてはデタラメだし、誘導した部分はあるが……決めたのはお前自身だし。儲けて終われる場面があってなお、暴走して全額溶かしたのは手前だ」
「でもでも! 結局ぜぇんぶ、あんたのとこに金貨は帰ってきたわけじゃん!? ならもう返済した! これでおしまい!!」
「ふざけたこと抜かしてやがって。あれから調べて、実は御幌の財産が接収されて存在しないことも、こちとら把握してんだよ。ああも堂々と騙してくれやがって」
思わぬところから飛んできた言刃に、あたしはギクリと心臓を掴まれたような心地になる。
「げっ……うそ、どうやって──」
「どうやってだろうなぁ? 不思議だな~~~? 御幌って聞いて個人的に同情して、奮発してやったってのに仇で返された気分だわ」
ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべるクソ野郎に、あたしは苦虫を噛み潰すように食いしばる。
「ぐぬぅぅぅうううう゛ーーー!」
「これは自慢だが、俺は借金を返さなかった連中を、これまで一人として逃がしたことがない」
あたしはこれ以上粘っても仕方ないと判断し、方向性を切り替えることにする。
「そ、そうだ! あたしに投資してよ! 将来は絶対大物になるって約束するんで!! お願いします旦那ぁ!!」
「マヌケ。お前には三流小悪党が精々だ、借金女」
「長生きしてるくせに、若い芽を摘むな!!」
「言っとくけど、店で言ったのはただの方便だかんな。正確にはわからんから誤差があるにしても、俺の年齢は十五歳、少し前に元服を迎えたところだ」
「は? ウソぉ!? あたしと変わんないのぉ!?」
必死に頭を回すも、打開策がどんどん潰されていく。
あとはもうどうにか下働きをさせてもらい、ある程度の信頼を勝ち取ってから逃亡する。
それまでは苦渋を舐めさせられることになるが……そこは諦めるしかない。
「さて、大金貨30枚ともなると……普通に働いたって返せないわけだが」
そう言って"腐れ金貸し"は、右手であたしの肩を掴んだまま、空いた左手を下半身へと伸ばしてきた。
「ひィ……やっ、ダメ! そこ──」
「ん~~~、ど・こ・に・あ・る・か・なーーーっと。こっちには無さそうか」
あたしの中を掻き回した指を、チュピッと舐めた"腐れ金貸し"にあたしは怒りをぶつける。
「ふざけんな! この変態下衆野郎!!」
「下にない、とすると……こっちか」
今度は左拳で軽く腹をトンッ押された──と瞬間に、衝撃が走り抜けてあたしは必死に込み上がってくるものを抑えようとした。
「う゛っ゛づく……ぁ、オオ゛ォォオオ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛──」
しかし抵抗も虚しく、あたしは腹の中のものを全てぶち撒けてしまったのだった。




