#65 天魁屋 II
あたしは少しだけ考えて、さらに外看板に記されていた別の商売について聞いてみる。
「そういえば"金貸し"もやってるって、表には書いてあったけど?」
「あぁ、貴賤なく金を貸している」
「……儲かってるの?」
「半分は慈善だったり投資だよ」
「とうし? って?」
「いつか大物になるであろう人間に目を付けて、多めに貸しを作っておく。そうすると後々になってもっと得をするってわけさ」
「なるほどぉ……」
店主は軽く笑みを浮かべたあと、しっかりとこちらを見据えてきた。
「もちろん相手のことをしっかりと品定めする慧眼が要る」
あたしは本心が悟られないよう、話題をずらす。
「でも、正直なところどうなの? そんなに借りたものをみんな返せてるもんなの?」
「意外とね、時間は掛かっても返してくれるもんだ。まっ結構逃げられたりもしてるけど、差し引きで儲けられているから十分さ」
あたしは心の中でほくそ笑む。
今までのやり取りからも薄々わかっていたが、なんというお人好しか。
「そっか、あたしもちょっと借りたいんだけどいいかな?」
「もちろんいいぜ。質屋のように担保になる物品、事業計画、悲喜こもごもな身の上話、借り手の現在と将来性、その他もろもろで貸せる額が変わってくるけど」
「あんたの胸一ツってわけ……そうねぇ──」
(日が暮れてから砂時計の砂が七度落ちるまでに、色々準備もすることを考えるとベラベラと話しているわけにもいかないし……)
その上で最低限を差し出して、最大限に借りる為には──
「これ、見てくれる?」
あたしは御幌家であることを示す証文入りの"家紋付き印籠"を、商卓の上に置いた。
「ふむ、お嬢さんは良家の出だったか。護衛とかがいないところ見ると、ワケありかな」
「ご想像におまかせするわ。中を見てもらえればわかるけど、あたしの名は"御幌メイ"。山城ノ国の小大名である、御幌家の子よ」
店主の証文を取り出す手が止まった。
「御幌……?」
「っ……なにか?」
「いや、んっあーーーうちは商売柄、情報なんかも扱ってるんだが」
「なにか聞いてたり……するの?」
「"沢田屋事変"──そこで御幌の当主とその息子が、共々亡くなったと聞いている」
「……えぇ、そう。だからあたしは今、親戚のもとに向かっている途中なの」
「なるほどな──」
店主は証文を確認しながらそう口にし、再び印籠の中へとしまう。
「とりあえずはご冥福をお祈りする」
あたしはここが"最初の勝負所"だと賭ける。まずはここで己の運を試すことにする。
(もしもこの店主が、御幌家の当主と息子が死んだ以上の話を聞いていたら……)
ここで話はご破算と言えよう。てきとーに誤魔化して店を去るだけだ。
「ありがとう、それでモノは相談なんだけど──"御幌の財産"を担保に、金を借りられるかしら。即金にしにくいものもあって……」
「御幌の遺産か」
既に資産のすべては遺書によって清浄宗に寄進されている、なんて細かい部分まで知られていたら終わり。
しかし沢田屋事変という大きな事件ならばともかく、上総ノ国とは別の土地である山城ノ国の小大名の話。
さらに言えば、そんなにも速く噂を得ているとは考えにくく、大量の風聞を一つ一つ把握しているわけはないと見た。
「山城から上総まで身ィ一つ、随分と遠くまで来たんだな」
「まぁその……あたしがさ、御幌の家に入る前の故郷が近くにあるんだ」
「ふぅん、親戚ってのはそういうことか。つまりあんたは──」
「そ。養子ってやつ。いったん自分の出自ってやつを確認したいのと、その人に久し振りに会いたくなって……」
「言っちゃ難だが、服はかなりボロボロで護衛もいないのか」
「これ見よがしだと逆に襲われかねないからね。それに養子に入る前は、これでも一人で生きてきたもの」
ぺらぺらと呼吸のように虚実を混ぜて吐き、店主は少しだけ沈黙してから口を開く。
「一つだけいいか」
「なに?」
「御幌家はそれはもう熱心な清浄宗徒だとか。神言を一つでいい、唱えてくれるか」
「あたしが本物かを試しそうってわけね」
「すまないな。たとえば印籠を盗んだ人間が装っている──なら、わざわざ養子ではなく実子を騙るとも思うが……一応な」
「構わないわ、金を貸すんだもの。"オム・シュドナ・ダヤ・マーガ"──"浄化と慈悲のお導きあれ"という意味よ」
信心などまったく無いが、伊達に辻説法をしていない。
たとえこの店主が清浄宗徒であったとしても、問われる全てに答えられるだけの知識はあった。
「ご希望なら、少しだけ説いてもいいのだけど?」
「……いや結構。もう充分だ」
(やった! あたしは勝った!)
心の中でグッと拳を握った。これで種銭に余裕を持って、楽に大きく稼ぐことができる。
「ただ申し訳ないが今は"大きな取引中"なのと、直接的に価値のある物品を預かるとかでない限り、初見客に貸せるのは制限がかかる」
「当然ね、いくら借りれる?」
「そうだな……まずは大金貨で30枚」
「うぇえ!? そん、な……に?」
「御幌家の遺産を考えれば余裕だろう。それと期限までに返してもらえれば、次は大金貨50枚くらいは都合できるよ」
またしても想定より大きな額で思わず驚いてしまい、あたしは取り繕って話と調子を合わせる。
「ん゛ン゛、ゴホン……それで今は構わないわ」
「了解、それじゃぁちょっと待っててくれ」
そう言って店主は裏へと姿を消すと、すぐに金貨と天秤と書面、そして何やら湯気の立った"黒い泥のようなお茶"を二つ持ってきたのだった。
「大陸から仕入れた豆を使った"珈琲"という飲み物だ、どうぞ」
店主が先に口に含むのを見てから、香りにつられてあたしも飲んでみる……と、後から異様な味が込み上げてきて悶える。
「苦っァ!! なにこれ毒!?」
「口に苦みが合わないなら、こうして牛乳と砂糖を入れやる──これも"サービス"だから安心してくれ」
容器に注がれた黒色と白が混ざり合い、綺麗な茶色へと変化していく。
あらためてその芳香は非常にそそられるものがあり、あたしはもう一度だけ口に含んだ。
「わぉ、おいしい……」
「気に入ってくれたようでなにより」
ほどよい苦みと甘さが調和し、空きっ腹に染み渡っていく。
「んじゃ計量証明しながら、利子などを説明する。飲みながら聞いていてくれ」
あたしはいざ眼の前で天秤に乗せられていく金貨を見つめながら、契約について話半分で聞く。
それから血判状に署名と捺印をする頃には、コーヒーが入った容器は空っぽになっていた。
「次は紅茶でもいかがかな? 他にも食べ物とかもあるから、気が向いたらまた来てくれ」
(ふぅ~~~ん、大勝ちしても返済せずに逃げてやろうかと思ったけど……)
なかなかどうしてこれは──ここで縁を断ち切ってしまうには惜しいとも思えてくるのだった。




