#64 天魁屋 I
「なんこれ、"|天魁屋"──? てんに、さきがけ……先駆け?」
噂の賭博場がある町に到着し、しばらく歩いているとやたら目を引かれるものがあった。
"魁"の旗が立てられていて、さらに雑多な看板が大量に立ち並ぶ──異様なまでに悪目立ちする建物。
「お店、なのかな」
"魁"の一字が風に揺られはためく。
(怪しすぎる……)
"魅"了にも見えてくるそれは、言葉にしようのない奇天烈な不安を掻き立てた。
「えっと……北州最先端の店。よろずを売ります、なんでも買います。大陸の珍品、新しい道具、知識と技術が溢れてます──」
文字が読めない人の為か、絵と一緒に書かれていたのは……あまりにも節操のない内容だった。
「傷を治します、お薬あります。歌って奏でます。絵を描きます。お金も貸せます。保険もココ。占星術であなたも幸せに。鍛冶・絡繰・運搬・討伐そのほか応相談で各種承りますぅ?」
あまりにもあんまり。しかしそれゆえにどうにも興味が惹かれて、あたしは恐る恐る中へと踏み入った。
店の中は外側以上に、混沌の坩堝──かと思いきや、驚くほどスッキリしていた。
最低限のものしか置いておらず、看板に偽りアリと見た。
興味本位で入ったあたしは騙された心地になる。
「いらっしゃい、何をお探しで? なんだって用意してやるぜ。おすすめを聞きたいなら、"星典"っていう大陸の──」
あたしとそう年齢が変わらなそうな──"灰紫色の髪"に"深い碧紫の瞳"の青年が、"細い鎖がついた手の平に収まる程度の丸いモノ"の蓋をパタンッと閉じる。
店番にしては遊んでいるようにも見えるが、恐らくは店主の息子か誰かだろうか。
「いえ、あ~~~……間違えました」
「くっかっはっは、初見の客は大抵そういう顔をするんだ。安心してくれ、地下にでっかい倉庫があるんだよ」
見透かされたようにそう言われ、あたしは踵を返そうとしたのを止める。
「ふぅ~ん……じゃ、怪我した時の為のお薬もらえる? 本当に効くんでしょうね」
「当ったり前よ! この"紫復散薬"は、お嬢さんの自然治癒能力を高め、血もすぐに止まる優物だあ」
無駄に威勢のよい青年はどこから出したのか、いつの間にか木台の上に紙袋が置かれていた。
「初見の客だしお試し価格ってことで、中銅貨一枚でいいよ」
「ほんとっ!? なかなかいい店じゃないの」
あたしは貴重な種銭の中から、一番薄汚れた銅貨を青年へと渡した。
賭博を控えているのであまり使うわけにはいかないものの、貴重な薬が手に入るなら安いものだ。
もし騙されていたとしても、かろうじて気にならない値段である。
「まいど、気に入ったんならまた来てよ。つっても怪我はしないに越したこたぁないけどな。他に欲しいものはあるかい?」
「んーーー売るだけじゃなくって、買ってもくれるのよね?」
「あぁ、なんでも即金で買い取るぜ。同価値の物々交換も受け付けてる」
少しだけ悩んだあとに、あたしはゆっくりと告げる。
「……"金剛石"だったらいくらで買ってくれる?」
「大きさは?」
「んっとぉ、このくらい?」
指で輪っかを作り、ざっくりとした大きさを伝えると……青年はまだどこかから取り出した"黒い板"の上に、スラスラと"白く細長い棒"で値段を記す。
「まぁ状態が良いもので、今の相場で最低限だとこれくらいかな。あとはどういうカットかにもよる」
そこにはあたしが想定していたよりも、ずっと高い額が示されていた。
「まじ……大金貨にすると20枚以上? もっと低いかと」
「くっかっはっは、なかなか計算が速いな。騙されるかと思って警戒するのもわかるが、商人たるもの信用が第一。ついでに言えば、俺の交易網なら高く売れるってだけだ」
「……え? もしかしてあんたが店主なの?」
「そうだが。なんだと思ってた?」
「うっそぉ、店主の息子かなんかかと」
「まぁ若く見られることは多々ある。でも、ほら──」
青年店主は横髪を掻き分けて、やや尖った耳を晒した。
「実は半分は妖精種の血なんだ。だからこう見えて、けっこう長く生きてるんだぜ」
「へぇ~~~ハーフエルフって言うんだっけ、はじめて見た」
「まっ良からぬ噂を立てる人間もいるからね。普段は見せないようにしているが、お嬢さんは良い人そうだから特別」
(半分は──お世辞か、おためごかしなのだろうけど……)
営業用の話術であったとしても悪い気はしなかった。
「ふっふ~~~ん、あんたなかなか見る目あるわ。そうねぇ、せっかくだから占いもしてらおっかな。いくらなの?」
普段は占いなどまったく信じないものの、気を良くしたあたしは景気づけに尋ねてみる。
「占いは"サービス"にしとくよ」
「さぁびす?」
聞き慣れない……というか初めて聞く言葉に、あたしは反射的に疑問を返した。
「無料ってこと」
「無料ぉ? タダより高いものはない、ってのはあたしの人生経験からの持論の一つなんだけど?」
「薬を買ってくれたからね、お得に感じるだろ? ついでに言うと、他所で宣伝してくれると嬉しいね」
「なるほど、そういう魂胆か。いいわ、たっぷりと言い触らして回ったげる。言っとくけど、あたしはそういうの得意だから」
伊達に辻説法をして、金を稼いでいたわけではない。舌先三寸で窮地を渡ってきたこともある。
「ありがとさん。ただあくまで無料だからね、占いも簡単なのに限るよ」
そう言って店主は、さきほど支払いに使った小汚い銅貨を見せる。
「いいか、これは"縁"だ。北州中にある貨幣の中で、この銅貨が選ばれて君と俺の橋渡しをした"縁"」
(なんか気持ち悪いこと言い出したなこいつ……)
無駄に大仰だが、とはいえ同時にもっともらしいことを言ってるようにも思える店主は、親指で銅貨をピンッと弾く。
そして銅貨は商卓の真ん中に落ちてから、少しだけ転がって止まる。
「乾・離の方向、人生が上向く兆候だな。もしかしてお嬢さん、最近不運だと感じているんじゃないか?」
「へ、へぇ~~~……」
あまりにも大雑把ながらも、言い当てられた気がしてあたしは声が上ずる。
「そこに今日の星位置を当てはめると──このくらいの大きさかな、はいコレ」
「……!?」
すると店主は新たに商卓に"砂時計"を置いた。
今まで見たこともないほど透明なガラスにおさめられた砂が、サラサラと落ちる。
「日が暮れる頃にひっくり返して、この砂が落ちていくにつれて運勢が上がっていく。七度目にひっくり返したのが落ちきる頃が最高潮のはずだ」
「……なるほど、いい商売してるわね」
「そう思ってくれると、商人冥利に尽きるってもんだ」
互いに意図を読んだ笑みを浮かべ合う。
「で、いくらなわけ?」
「そうだな、大銅貨一枚でいいよ」
「うん、買ったわ」
特に法外な値段を吹っ掛けられるわけでもなく、ちょっとした占い代におまけがついたと思えばずっと安い。
あたしは少しだけ考えて、さらに別の商売について聞いてみることにするのだった。




