#63 薄幸の少女
「ひもじい」
あたしはそこらへんで拾った太い枝で地面をつきながら、街道を歩き続ける。
「ひもじぃよォ……」
やや癖っ毛だが深く高貴な黒紫の髪色。ぱっちりした愛くるしい黄色い瞳。
細くたおやかで、将来性の感じられる肢体。謙虚で素直に、柔軟かつ臨機応変で、社交的で前向きな私がどうして……。
「いーや諦めるな、あたし。こんなの子供の頃に比べればなんてことない──」
生まれた時から本当の親を知らないし、兄弟姉妹もいなかった。
元々は戦災遺児の溜まり場で育った為、おそらくは自分もそうした境遇の一人なのだろうと。
「くっそぉ~~~、なんであたしがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ」
しかし戦争そのものがほとんどない為、一人また一人といなくなっていく。
そうなると戦災遺児で集まった勢力は縮小していき、より大きな勢力に糾合される……あるいは潰される。なんとも諸行無常と言えるだろう。
事実──戦災遺児をまとめていた上の連中が、別の勢力と揉めに揉めた挙句に、あっさりと殺されてしまった。
血は繋がっていないとはいえ一緒に育った仲。それなりに哀しかったが、そんなことでいつまでも落ち込んではいてはすぐにも野垂れ死ぬだけ。
とにもかくにも学びだけは得ることができた。
世界は残酷で、突然の幸不幸に見舞われ、情に流されては足を掬われてしまうということを。
「……どんだけ貧しくても、また尼寺は絶対にゴメンだ」
まだ幼かったあたしはまともに身を立てる術もなく、餓死寸前となったところで、運良く尼寺へ駆け込むことができた。
粗食ではあったものの腹は満たせた。しかしそれ以上に尼僧というものにウンザリして、1年と経たずに逃げ出した。
「今さら庶民の下で働きたくなんてないし……どこか、親切な馬鹿がいてくれればなぁ~」
腹をいっぱいにしてから逃亡することに味を占めたあたしは、どこかで下働きをしては逃げるを繰り返した。
そのついでに労働の駄賃を少しだけ多めにくすねて売りさばき、時には手配されて逃亡生活を余儀なくされた時期もあった。
「うぅぅぅぅううーーー、また"清浄宗"の教えでお布施をもらって……ダメだ、今は絶対に目をつけられる」
日々を意地汚く、姑息に、裏切って、必死に生きてきた。
そんな生活の中である時──尼寺にいた頃に覚えさせられた──清貧・浄化・救済を掲げる清浄宗の教えを、人々に説く機会があった。
くだらないと思っていたことが思わぬ場面で役に立ち、慣れていくとお布施によって放浪生活ができるまでになった。
「いっそ"新たな宗派"でも立ち上げようか……いやいや、さすがにそこまでの知識も経験もない」
ある時あたしに大きな転機が訪れた。
説法の風聞がどう流れたのかはわからないが、どうやら敬虔あらたかな宗徒であると勘違いされたようで……。
"御幌"という名の清浄宗に熱心な小大名に見込まれ、養女として迎えられることとなった。
「ちっくしょォ……"御幌ヨシツグ"──あんの狂信者めぇ」
清浄宗徒である以上、御幌家も清貧を第一としていた。
とはいえお貴族さまとして張らなければならない見栄もあるゆえに、そこからの数年は少なくなく良い暮らしをさせてもらった。
いずれ御幌の資産の一部が手に入ると思えば、信者を装うことや、しち面倒な上流教育なども我慢できた。
「死んだだけじゃ飽き足らず、遺産をすべて清浄宗に寄進とか……頭おかしいんかァ!」
先立って、"沢田屋事変"と呼ばれる、謀反を起こそうとした逆賊ら全員が、誅殺される事件が起こった。
何を夢想していたのやら、その中には養父である御幌ヨシツグと、義兄であるゼンノスケもおり、まとめて死んでくれやがったのだ。
当主と嫡男が同時に死に、他の兄弟姉妹も既に鬼籍に入っていた為、必然的にあたしが御幌家の遺産を継承できるものと思い込んで狂喜乱舞した。
しかし当主であった御幌ヨシツグは、遺産はすべて清浄宗の為に使う旨を残してあったのだ。
「ほんとしくじった……。早めにめぼしいものを売っちゃっとけば……こんな苦労をしないで済んだのにィ」
ただただ悔やまれる。
御幌親子が死んだと知らせが届き、ただ「我が世の春がきた」と調子に乗って、暴飲暴食などを楽しんでいたせいで後手に回ってしまった。
清浄宗の信者どもがワラワラと押し寄せてきて、遺書の存在を知らされた時には後の祭り。
そもそも御公儀に逆らったのだから、飛騨幕府に財産を接収されてもおかしくない。
連座によって一族郎党が処刑されたっておかしくない。
だからこそ……そういう危惧があったからこそ御幌ヨシツグは、先手を打って遺書を残していたのだろう。
そしてあるいは……養女は、信者らについていく予定だったのかもと。
(でももう狂信者どもの相手はゴメンだ……)
結局、手元に唯一残ったのは──三大神王ディアマを象徴したという──"金剛石"と呼ばれる綺麗な石だけ。
体内に飲み込んだことで信者どもの探索から免れた。
「ちゃんとした伝手がないと、買い叩かれるのは必至。コレを売り飛ばすのは、ホントに最後の手段にせねば……」
そう言って私は左手で自分の腹をさすった。「いざとなれば、とりあえずなんとかなる」の精神で心が安定する。
同時に懐中にある、御幌の証文が入った"家紋入り印籠"へと手を伸ばす。
お家が取り潰しになったことが知られている"山城ノ国"では使えないが、他国であれば担保や融通を利かせられる可能性がある。
「見てろぉ……あたしは絶対に返り咲いてやるんだから。いやもっと高みへと昇るんだ」
街道沿いの宿場町で日銭を稼いでいた時に、おもしろい風聞を聞いた。
上総ノ国の、とある町に大きな賭博場があり、実際に儲けたという若い青年が遊女屋で豪遊して回っていたそうな。
「くっくっく、こんなにも不幸な今のあたしなら絶対に当たる」
もうすぐ到着すると思うと笑みがこぼれてくる。
種銭をなるべく減らさない為に、今もこうして食事も我慢しているのだ。
さっさと一山当てて思いっきり美味しいものを食べて、ぐっすり眠るんだ。
一攫千金の野望を胸に、あたしは街道を歩き続けるのだった。




