#62 創設
「フェイジンさぁ……媚薬作るの手伝ってくんない?」
アルムは小瓶を密閉していきながら、唐突に話を振ってくる。
「は……? 媚薬?」
「"魔薬"でも可。めくるめく新たな世界が見れるようなの」
「主作用が大きいと、それだけ……副作用もひどくなるぞ」
「そこはほら。どうにか中和したり、肉体強度で無視したり」
「それに……後遺症も考えないといけねえだろ──にしてもアルムはそんだけお盛んか」
「当ったり前だろ、男の子だぞ。そういやフェイジンは……俺が帰った後に一人でしてんのか?」
「さすがに下世話すぎんだろがい」
フェイジンは目を細めて睨むが、アルムはどこ吹く風といった様子を崩さない。
「男同士で恥ずかしがんなって、それとも南州に女いたりするのか?」
「……いや、いないが」
「はっはぁ~~~、なるほど。武侠だもんな、遊び女はいくらでもいるか」
「そういうのも我ぁお断りしている」
「もったいね。南州でもいい店知ってんぜ、紹介しようか?」
「女を金で買ったり、権威を振りかざすような真似はしたくねえんだよ」
空間転移によって遊び回っているアルムに対し、フェイジンはやれやれと言った様子で返す。
「……なして?」
一方でアルムのそれは純粋な疑問であり、フェイジンは文化の違い──というよりは思想の違いを実感しつつ答える。
「祖先たるサルヴァ・イオは運命の人と出会い、添い遂げた。我もそうありたいと思っている」
「悠長すぎね? それって神族の長命を活かして大陸より外海すら越え、極東まで巡ったからこそだろ」
「ぬふぅ……それは──そう、かも……だが」
「人生は短いんだ、いやまぁ俺は妖鬼人だからそこそこ長いっぽいが。こんな場所で引き籠ってちゃ出会いもねーぜ」
右手でパチンッと部屋中に響き渡るほど大きく指を鳴らし、アルムは決め顔で言葉を紡ぐ。
「限界を超えて楽しめ、それでも世界は果てしない」
「馴染みのない発音だ、また連邦東部語か?」
ビッと人差し指で天を突いてから、フェイジンへと指先を持っていって差した。
「そうだ。死に散るその時まで……限界を超えて楽しみ続けろ、それでもこの宇宙には数えきれないほどの未知が溢れている」
「宇宙──夜空の世界だったか、途方もねえなあ」
「その為にも"不老不死"、錬金術師なら目指さなきゃな。俺の分もついでによろしく」
「簡単に言うなよ」
「魔法具だと実際にあるんだってよ、不老不死」
アルムがイドラ・ハージェントから譲り受けた魔導具"一日一命"は、真に不老不死になれる魔法具"深き鉄の白冠"を模倣したものであるとか。
「不老どころか不死まであるんかよ……うん、魔法具ならそれもアリなのか。永遠に愛し合える相手、か──いいな」
「なんか気持ち悪いぞ」
「うるせえぞ。それにそう、自分で造るのもありだな」
「まさか……自分の女をか?」
「そうさあ、理想通りの人造生命。それこそ錬金術師っぽいだろ」
「不老不死か、人体錬成か──どっちが先かってとこか」
「もしくは運命的な出逢いが先かだ」
「うわっ──」
「あぁん? なんか文句あんのかあ? それにアルムが言うところのあれだ、"浪漫"だろう」
毎日のように聞かされている、アルムのとどまることの知らない夢と浪漫の話。
じつに多方面に対して好奇心を振り撒き、楽しもうという気概は……フェイジン自身、見習うべきところは多かった。
「まぁロマンティックな話ではあるけど、実際問題として場所を移さないことには肝心の出逢いは無いぜ?」
「そう……だな、でもこれだけ色々揃っている場所は──それに病毒の検体にも困らない」
「いーーーやッ! もう決めた。運搬だって面倒っちゃ面倒だし、他所に新しい実験施設を作ろう」
「まあオメーさんがそこまで言うならよお……。そもそもここまで充実したのは全部アルムのおかげだし」
アルムはうんうんと腕を組んで悩み始め、あれこれ思索を巡らしていく。
「導線まで考えた立地計画、運用開始した後の管理……そもそも秘密裏に建てる必要もある、か。さらに信用できる人足の手配も──」
フェイジンは思考の邪魔をしないようにお茶を注ぎ、アルムが座る机へと静かに湯呑を置いた。
「おっ、ありがとさん。建てるのは北州でいいよな?」
「あぁ構わねえよ。アルムもそっちのほうが仕入れとか活動しやすい? だろうし、我ぁ葉家に見つかったら追い回されかねない」
「よしよし、資材の運搬は俺がちっと頑張ればいいとして……それでも人手が──」
アルムの独り言を聞きながら、ふと思い立ったことをフェイジンは尋ねてみる。
「そういやあアルムはよ、"自分の商会"とかは持ってないのか?」
「んあ……?」
「いつも個人で動いてるような印象を受けるからさあ」
アルムは少しだけ沈黙した後、並列で思考しながら答える。
「下で動く人間はいるかな。特に借りた金を返さない連中に、労働で返させてる。あとは阿佐木ってのに商人としてのアレコレと、店の立ち上げから安定までを手伝ってもらったくらいか」
「ふ~ん、つまりなにか? 何事も単独でやりたい信条……でもあったりすんのか」
「いやぁ? 別にない。……そうだ、別に創らない理由のほうがない。俺ってば完璧だし、何でも一人でできてたから、なぁんとな~くここまでやってきちゃったけど」
大陸の"シップスクラーク財団"も創立当初は商会を名乗り、規模としてもそこまで大きくなかったと聞く。
「増長、と言いたいところだが……正直オメーさんの人格はともかく、能力に関しては認めざるをえないところだ」
「うっせ」
フェイジンの言葉の棘に引っかかりつつも、アルムは考える。
自分自身、紅炎一座に霧縫家に棗家や幕府その他──多くに属し、多くに師事していたのもあってか、自ら上に立つという発想がなかった。
導者である与羽村リンドウだって、"銀十字協会"という秘密結社を持っているというのに。
「返済しない連中、結構使えるのがちらほらいるから正式に雇用してやったっていい。そうか、商会……組織か。それなら秘密裏に動かし、管理だって任せられるようになる」
まだ熱さの残るお茶をグイッっと飲み干してから、アルムは勢いよく立ち上がった。
「よしっ! そうと決まればフェイジンも組織運営に参画してもらうぞ」
「えっ……我もか?」
「当然。もっと外の世界を知れ、楽しんでけ」
「……わかったよ。我から言い出したことだし、祖・サルヴァも見識を広めて回ったわけだしな」
「前々から言おうか悩んでたけどさぁ、先祖に縛られすぎじゃねえ?」
「いいんだよ、我ぁ好きでやってんだから」
「自覚してるんならいいや。んじゃ、せっかくだし名前も決めちまおう」
「そこまで焦らんでもよくないか?」
「まずは形から、思い立ったがなんとやらだ。中身ってのは、それに相応しいように伴ってくもんさ。心と、指の、導くままに~~~♪」
アルムは口ずさみながら、虚空に"光る文字"を書き始める。
魔導・科学・進化・革新・創造・魅了・遊戯・放蕩・酔狂・享楽・探究・真理・生粋・精髄・秘匿・挑戦・突破──
「んっんーーー、こういうのは直感が大事だよな。フェイジン、同時に選ぶぞ」
「我も選ぶのか!?」
「そりゃそうだろ、俺とお前で創設するんだから」
「……わかった。直感でいいんだな?」
「おう、相応しいと思ったのを一ツ──」
同時に1字ずつ指差したところで、それ以外が消える。
「"生粋"か、フェイジンっぽい」
「"遊戯"ねえ、アルムらしいわ」
残った2つの単語を並べて、二人並んで腕組み見つめた。
「うん、粋は使いたいとこだな。粋だし、はためかせれば酔の字にも見える」
「遊粋、粋遊、戯粋、粋戯……」
「響き的には、戯粋が気に入った、決定!」
「いいと思うぜ。戯粋商会か」
「商会だとな~んか野暮ったいな。一座、一家、機関、組、団、党、隊、閥、連、盟、志、派──」
そもそも商会に限定する必要もなく、あくまでアルム自身が運営する"天魁屋"とは別枠で商業も担うというだけ。
かつての紅炎一座のような、大陸ギルドに類する何でも屋。
御庭番のような情報収集や汚れ仕事。さらにはシップスクラーク財団のように研究開発なども行う集まり。
「っし、"戯粋局"にしよう」
「局……?」
「北州の一部で使われてんだ、公用局とか軍事局とかな。戯れに酔い興じ、粋に生きて楽しむ──戯粋局」
名も決定したところで──ひとまずは改めて注いだ茶で、アルムとフェイジンは互いに盃を交わすのだった。




