#61 紫庵での日々
「おーーーっす、フェイジン」
「……おいアルム、部屋を行き来する時は扉から入ってこいと何度も言っているだろうが。それに……ちゃんと入る前に扉を叩いて確認を──」
「まぁまぁ気にすんなって、ほぉれおみやげ」
アルムが持参した竹籠の中を見ると、そこには10匹ほどの小動物が入っていた。
「ね、ねずみぃ……? これのどこが、何をもってみやげなんだよ??」
「実験用さ。少ない飼料で簡単に素早く増える種らしい、ちと可哀想だが発展に犠牲はつきものだ」
チューチューと鳴く小さな命たち。
今まで命を使った実験などはやってこなかったが……アルムが持ち込んだ数々の特許知識を読む限り、避けては通れない問題である。
「それとこっちは注意な」
「こいつは……既に何か、感染しているのか」
さらに別の竹籠には、白い毛の下に"黒い斑点"が浮かんだネズミが一匹だけ眠っているようだった。
「ヒタカミでは"黒癬病"って言ってな、シーハイではあるか?」
「いや聞いたこと……ない。似たようなのも無いと思う」
「そうか、下々の生活で流行してるもんで。噛まれると感染する可能性があるから歯は削っといた、でも取り扱う時は厚手の手袋必須で」
「それを治したい……というわけか」
「治すというよりは、導者からのちょっとした"頼まれごと"を試してデータを取る。北州も色々問題を抱えてっからさ、それと──」
目を細めたアルムは、わずかにだけ口の端を上げる。
「治験用の人間も外に用意しとくから、実験したいことがあれば言ってくれ」
「……いやそれはさすがにまずくね?」
「くっかっはっはっは、世の中にはどうしようもない罪人もいるんだぜ? それを有効利用してやろうってんだ、踏みにじられた人らも少しは留飲が下がって報われるってもんさ」
◇
「──ってわけで、ガキの頃は起きたら真っ裸で屋根の上とか、知らん他人の家で目覚めたり、土の中に埋まってたりして困ったもんだよ」
「便利に扱えるようになるまでは、苦労……してたんだなあ」
蒸留が完了するまでの束の間の休憩中にアルムは、フェイジンの過去へと踏み込む。
「そういやよ、なんでフェイジンはどうして錬金術師を目指したんだ?」
「……突然、なんだ」
「いや俺ばっか自分語りまくって、なんだか逆は全然聞いてないな~~~と」
「お喋りの自覚はあったわけだな」
「いや? 俺ほど寡黙で冷静な奴ぁそうはいないだろ」
「……」
互いに手持ち無沙汰な状況に、フェイジンは観念した様子で一息だけ吐いた。
「我の家系はな……祖・サルヴァの頃と違って、今は"武侠"なんだ」
「南州の侠客か。商売の時に何回か絡まれてぶっ飛ばしたことあるわ」
「まあオメーさんはどこにでも逃げられるからいいわな。とにかく我ぁ一族総出で21人もいる兄弟姉妹の中で、才能に恵まれなかった。無能者の立場は……そりゃあもう狭いとだけ言っておくぜ」
「そうなのか? 体格もいいし、普通の連中に比べりゃ知識量も豊富だろ」
「我ぁ、別に強さなんて大していらねえんだよ。そういう一族だから無理やりやらされてただけで、家族ん中じゃ良く言って中の下ってとこだ。たまったま祖・サルヴァの手記を見つけて惹かれてからずっと、我ぁ"この道"に生きたかったんだ──だが武侠にはいらない知識なもんでな、すっかり異端扱いさ」
フェイジンは己の拳をグッと握りしめて見つめる。
「いつの日かよ……偉大な錬金術師となって、我を虐げてきた連中全員を平伏させてやんだ。ほれ見たことかってな」
「歪んでンなあ」
「アルム、オメーさんほどじゃねえよ」
「いーや俺は歪んでないし」
「どの口が言うんだか」
「なぜならばぁ──世界のほうを歪めて俺の形にするからだ、つまりそれが宇宙基準の形になる」
「意味不明で無茶苦茶すぎる」
アルムの自信は微塵にも揺らがず、フェイジンは呆れ顔を隠さない。
「くっかっはっはっはっは! なんにしてもだ。ご先祖さまへの憧れと……未知の世界に魅せられたってのは、イイね!」
「生涯を通じて探究し続けたいところだ」
祖・サルヴァの手記は、表向きはただの伝奇風の娯楽本のようで、誰にも見向きもされず所蔵されていたもの。
しかしある規則性を見つけることで、ところどころに隠された真意を段階的に読み取れるように丁寧に記されていた。
書かれている内容が空想の物語ではなく、事実に基づいたものであること。
病毒に汚染された地の奥深く、"紫の庵"に詳しい研究内容が収蔵されていること。
辿り着く為にあらゆる手段を講じ、死に物狂いで見つけ出した。
勝手に持ち出した家財も売り払ったので、今のまま生家に戻ればどうなるかわかったものではない。
「それと……恐らくまだ生きている祖・サルヴァと邂逅し、感謝を伝えたいなあ。教えを請い、語り合いたい──」
「いい目標じゃんか、凡人の人生を懸けるに値する。天晴れなり、褒めてしんぜようぞ」
「どれだけ上から目線なんだよ、オメー」
◇
「──オイオイオイオイ、それは日和りすぎじゃ?」
「副作用の危険性を考えれば、これが妥協点だろがい」
やや険悪な雰囲気になりつつも、アルムとフェイジンは建設的に話を進める。
「いーや、かえって免疫がつくってもんだ。賊十人ばかしに使ってみたが、一応問題なかったし」
「さらっととんでもないことを……それに、一応だ?」
「一人だけ怪しかったけど、許容範囲だ」
「あいにくと大半の人間はなぁ、アルム……オメーさんのように丈夫じゃねえんだよ。安全はとるに越したほうがいい、個人差はどうしたってあることを覚えろ」
「むっ……チッ、凡人は大変だなぁ」
舌打ちしながら年相応のひねくれっぷりを見せるアルムに、フェイジンは意見をぶつける。
「だったら自分用にすればいいだろ? 一般向けに普及させる必要をそもそも感じない」
「あぁ? なるほど確かぁに。つい商魂から販売までを考えちゃってたけど、別に個人用で……なんならもっと強力にして俺専用に改良しちゃえばいいのか。ナイッスアイディ~ア」
「何語だよ」
「おっと、つい連邦東部訛りが出ちゃった。直近まで先生と話してたからな」
聞いたことない言葉、聞き慣れない発音。
大陸では"大魔技師"と呼ばれた革新的な魔術具製作者がいて、彼とその高弟たちが言葉を広めたらしいというのがアルムの言。
「いつもの秘密の先生ってやつね」
「あぁ、そこは約束だから言えな~い。」
「いや別に聞いてないが」
「う~わっ、そういうこと言っちゃう? 言っちゃうかーーー。そう言う子には、完成させてもあげないよ?」
「協力こそしているが、そもそも我とアルムとじゃ最終的に目指すべきところが違うんだよ。アルムの望む薬毒に関して、我にとっちゃ研究材料の域を出ねえって」
知ってか知らずか──病毒を研究した紫竜と、錬金術を志したサルヴァ、共に励んだ立場が重なる。
「あっそ、でも俺はフェイジンの成果は欲しいからそこは覚えといてくれよな。未来の錬金術師くん」
「図々しいやつだよアルム、オメーは本当に」
「そう褒めるない」
◇
「フェイジン~最近ちゃんと寝てんか? だいぶやつれてんぞ」
「ん、あぁ……ちょっと進捗がいいところでなあ。細かく変化を見てないとダメそうなんだ」
定温に保たれたシャーレの中身を、音が鳴るたびに確認する作業。
一睡せずに既に2日目も半ばへ差し掛かっているが、そろそろ次の変化があっても良いはずであった。
「そうそうアルムが持ってきてくれた"音時計"よお、すごく正確っぽくて助かってるわ」
「だろ? 最初の頃はボーネルさんに手伝ってもらったけど、最近は全て俺のお手製。まぁ設計図を特許として公開してくれていた財団が一番やべえけど」
アルムは持ち込んだ素材や食糧を、ぽいぽいと冷蔵庫へと収納していく。
「そういやぁ濾過紙やっと入荷できそうだから、近々補充しとくな。財団じゃないと製造できない道具はほんと参るぜ。再利用にも限界があるし」
「すまねえ、いつもありがとうよ」
「どういたしまして。今日は随分と素直だ、つまり疲労蓄積の証左ってこと」
「オメー、我のことを一体なんだと思って……」
「なんなら俺がかわりに見といてやろうか? 変化があったら教えてやんよ」
「……」
フェイジンはジトリと半眼でアルムを見つめる。
眠たいのが半分、本当に任せて大丈夫なのかというのが半分の瞳であった。
「くっかっか、手厳しい視線だねぇ」
「……申し出はありがたいが、自分でやることにす──」
言葉途中でアルムはパチンと指を鳴らすと、フェイジンの視線が集中する。
誘導により視野角を限定させて死角を作り出し、意識の外となった間隙──"意識の霧を縫う"、霧縫流の基本である"霧縫"。
音を発せず、霧を散らさず、影に紛れるようなすり足と体捌きを伴う歩法──"霧影脚"により、フェイジンから見たアルムは、空間転移と区別がつかないほどの移動を完了していた。
「ちょいさ」
背後から側頭部をコンッと一度だけ軽く叩くと、わずかに脳が揺らされ、意識が途絶して倒れる。
フェイジンの頭が地面に激突するよりも先に、アルムはその体を受け止めていた。
「疲れてちゃ精彩を欠くってもんだ」
数時間後──検体の変化に伴い、起こされたフェイジンは……微妙に酔ったような気持ち悪さを覚えつつ自らの不覚を戒め、アルムはしたり顔で笑っていたのだった。




