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#60 先進知識


 病毒に汚染された区域に建つ"紫の庵"にて──イェ・フェイジンと霧縫アルムは握手を交わす。


「これからよろしく頼むぜ、霧縫(きりぬい)

「アルムでいいぜ、俺もフェイジンって呼び捨てる。あんたのが年上っぽいけどいいよな?」

「……別に構わねえ」

「ちょっと歯切れ悪いな?」

「気にすんな」

「言ってくれよ、遠慮なく吐き出してけ」


 食い下がるアルムに対し、あしらい流そうとしたフェイジンはやれやれと言った様子で口にする。


「……年下には舐められたくないってだけだ。だがオメーさんは……そういうわけじゃなくって、単にそういう気質なんだろう。不躾(ぶしつけ)で無礼で粗雑な感じ、()ではなさそうだがな」

「うわー傷ついた。俺の心は今ので深ぁ~~~く傷ついたぜ」

「棒読み茶番やめろ。とりあえず……(オレ)は祖・サルヴァの部屋を使っているから、アルムは紫竜の部屋を使ってくれや」

「うん?」

「確認した限りだと、汚染もないから安心してくれていい。まだオメーさんは病み上がりだし、(オレ)が片付けておくからよ……それまでここで休んでな」


 私室が2つ、研究部屋が3つ、倉庫が2つ、共用部屋が1つ、その他生活用の部屋など。

 必要に応じて拡張されたと思われる"紫の庵"は、思いのほか大きい屋敷であった。



「いやぁ別に住み込むつもりなんて毛頭ないけど? だからわざわざ俺の為に部屋を片付ける必要もない」

「……あ? でもここは簡単に往来できる場所じゃあないぞ。(オレ)だって適切な順路で、二週間以上を掛けて安全最優先で往復してるんだ。それとも北州(ヒタカミ)側には、もっと早くて安全な──」


 フェイジンが喋っている途中で、アルムの姿が忽然(こつぜん)と掻き消えていた。

 そして次の瞬間には後ろからトントンと肩を叩かれ、振り向くとアルムの姿があった。


「はっ……? ん、んんッ!?」

「これからは不要な往復も必要ないし、蓄えの心配もしなくていい。ずっとここで研究に没頭できるぜ」

「今のは……魔術、なのか?」

「正確には魔導だ」

「魔導師……!?」

「まぁわざわざ使わんでも、技で裏回るくらい造作もないが──俺は"空間から別の空間へ転移"することができる」


「お、おぉ……それ、は……凄い、なぁ──っ」


 あまりにも貧弱な語彙しか出てこないフェイジンは、気恥ずかしさが湧いてくる。

 しかし己の知識領分を超えていて、そうとしか言いようがないのが事実であった。


「ちなみにこのことを知ってるのは、片手で数えられる程度しかいないから。ささやかな信頼の証とでも思ってくれ」

「わかった……あぁそうか、だから外に倒れてたってわけか」

「そーゆーこと。ただもう"紫の庵(ざひょう)"は把握したから失敗しないし、いつでも好きな時に行き来できる。大陸の研究道具も、必要な素材も、食糧も、すべて運んどくよ」

「至れり尽くせりすぎねェか……いくらなんでも」


 フェイジンがどうにもバツが悪く言葉に詰まると、アルムが背中をバシッと叩いた。


「くっかっはっは!! まぁまぁ気にすんなって、俺も使う場所だし。恩人料と今後の勉強代さ」


 



「大陸にある"シップスクラーク財団"って組織知ってっか?」

「いや……あいにくと大陸についてはほとんど知らねえな」


 フェイジンは作業の手を止めないまま、アルムの話に耳を傾ける。


「最先端の"魔導科学(マギエンス)"ってのを扱ってて、手法だとか研究成果を世間に伝えてんだよ」

「はぁ~……なんだそりゃ、慈善団体かなにかなのか?」

「そういうのもやってるらしいけど、それ以上にとんでもない規模でいろんな方面に手を伸ばして、莫大な利益を上げてるらしい」


 フェイジンは海の向こう側に想像こそ()せても、いまいち現実感のない遠い世界の話でしかなかった。

 しかし大陸と交易を営んでいるアルムにとっては、きっと身近なものなのだろうと。



「単純な商売だけじゃなくって、"特許"って言って──例えば自分の家だけに代々伝わる料理とかってあるだろ?」

「あるなあ、(イェ)家にも秘蔵のモノが……何個かあったっけかな」

「そういったものに値段をつけて広く公開し、支払った人間だけに教える……ってのが"特許"。他にも製造する為の許可だとか、作った数に応じて割合で金をとったり」

「なるほど……でもそれって管理しきれるのか? 一人だけが支払って、一部で共有したりだとか。隠して製作したり……」


「よくわからんけど、風聞の限りだと上手く回せてるっぽいね。単純に財団の規模がすっげーのかも知んねえ。特許の数自体も膨大みたいだし、多少やられたとしても大した痛手じゃないんかも」


 あるいは──"儲けることそのものが目的じゃない"のかも、とアルムは考えてもいた。


「まぁとにかくさ、俺も機会あればコツコツとそういう特許を仕入れてたってわけ。特許の中には単純に"研究の為の知識"なんかもあって……実際に作ってみた」

「……実際にぃ?」

「"素材の製法"なんかも特許になっててさ、一つの物を作るのにいくつも特許が段階的に必要になってく。ほんと上手い商売してるわって感じたぜ」



 アルムはそう言うと特大・大・中の3つの箱を虚空から取り出し、ドンドンドンッと床の上に置いていった。


「そんなわけで特許を網羅できずに、構造の一部は先生(マスター)にも手伝ってもらって、魔術方陣を使った代替だったりするけど……一応は形になった。割と苦労したけど楽しかったぜ」


 大人2人分ほどの大きさのある──棺桶のような箱──を軽々と持ち上げたアルムは、部屋の隅へと運んでから外箱を解体する。


「まずこれが低温に特化させた"冷蔵庫"。強力な氷室(ひむろ)って言えばいいか、食糧なんかも保存しておけるぜ。下段は急速冷凍機能付きで、水分膨張による細胞破壊もない」

「膨張……? さいぼう……??」

「"科学"さ。俺もまだ完全に理解しきってるわけじゃないけど」

「わけわからん」


 (いわ)く、様々な素材や合成物などの腐敗を防ぎ、長期間の保管を可能にするという。



 次に2つ目──アルムより少し小さいくらい──の箱を開けて、中身を机の上に横向きに置いた。


「こっちが"多用途絡繰箱(マルチチェンバー)"、内部を低温から高温まで自由に温度を維持したり、蒸気で満たしたり真空にすることができる──」


 曰く、定温で変化を見たり、蒸気で滅菌とやらをしたり、真空にすることで化学変化を防いだりするらしい。

 そういったのも全て、大陸の財団とやらが特許として公開している知識であり、フェイジンにとって未知の領域が広すぎて追っつかない。



 そして3つ目──両手で抱えると顔が見えなくなるくらい──の箱から、"丸い形状のそれ"を机の上に並べた。


「最後に"遠心分離機"、中に入れたものを高速で一定回転させる、だけのモノなんだが──」


 曰く、物質は回すと別々のモノに分離するらしい。

 実際に動作を確認し、既に混ざってしまったものが、綺麗に分かれて沈殿されるのを見てフェイジンは感動を覚えた。


 

「あとはおまけのコレ、顕微鏡~!」


 そう言ってアルムは後ろ手から取り出して机に置く。


「ちょいと値段に関しては足下(あしもと)見られた感はあったけど、モノがそのまま手に入った。すっげーぜ、普通には見えない小さな世界が()えんだ」

「なんっ……だこれ、は……なんだこれぇッッ!!?」

「俺の知り合い(・・・・)の話だと、それが"菌"って概念。病気はその小さいやつの、さらに小さい生き物とかが体の中で(わる)さするんだと」


 それは医学が発達した地球(アステラ)より転生した、与羽村リンドウから得た知識。

 細菌・ウィルス、免疫や遺伝子──人体のこと以外も、地球(いせかい)の知識は現在進行形で学んでいる最中(さなか)である。



「わけが、わからない……わけがわからないが、おもしろい!」

「だろ? こういう楽しいのばっかだから、俺はシップスクラーク財団と連中の掲げている"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"って思想に傾倒しちゃうんだよなぁ」


 小さな世界の広さを──小さな庵の中で知っていくのだった。

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