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#59 巡り会い II


「──名を、"サルヴァ・イオ"と言う」

「ほっほ~ん、その人と紫竜がどうしたんだ?」


 どこか話したがっている雰囲気を感じ取り、アルムは当然だが聞き覚えのない人物について尋ねる。


「あぁそこにいくまでには、そうだなぁ……少し歴史について語るかね。まずは【極東】がどうしてできたかだが──」

「三代神王ディアマが、大陸をぶった斬った」

「多くの人間は伝承こそ知っていても、荒唐無稽すぎて信じていないもんだが……かくいう(オレ)も信じてなかったけど、資料を読むと事実らしい。ちなみにどうしてそんなことをしたのかと言うとだな──」


 アルムは手近な椅子に座りつつ、先生(マスター)であるイドラから語って聞かされた歴史を、脳内で思い出していく。


「確か紫竜の病毒が暴走して……大陸全土が汚染される前に、隔離された」

「おお!? 驚いた。文献などにはまず残ってないはずだが……なんで知ってんだぁ? 大陸では伝わってんのか?」

「俺は実に多様な人間に師事しているもんでね。その知識は海より広く、天空(そら)より深いと自負してる」

「大言をここまで堂々と吐けるとなると立派なもんだ」

「それほどでも」


 幼少期に聞かされたことなので曖昧な部分もあるものの、なんなら先生(マスター)は当時その場で見ていた(・・・・・・・・)とも言っていたような覚えがある。



「……話を続けるぜ。大陸から切り離されたことで【極東】と呼ばれた島国。本来であれば紫竜の病毒によって、死の土地になるはずだったが──」

「残ってるってことは、そういう事態は防がれたわけだよな?」

「おうよ、祖・サルヴァが残した手記によると……紫竜は"自死毒"を生成することで、己の中の竜のみを殺す《・・・・・・・・・・》ことに成功したらしい」


 大地・大気・大海すらも侵蝕する病毒は、切り離された極東から再び大陸を──惑星(せかい)そのものを死へと塗り替えかねなかった。

 未然に防ぐことができたのは、三代神王ディアマの機転による一時凌ぎと、紫竜自身の悔悟(かいご)の念。


「なぁるほぉどねぇ。それで病毒の拡大は止まったものの既に汚染された場所はどうしようもなく、北州(ヒタカミ)南州(シーハイ)は断絶されて、それぞれで(こと)なる文化を育んだわけか」


 さらに付け加えるのであれば、文明形成の途中で現れた"転生者"の手によって方向性が定められ、今の形になったと言えよう。



「その後……紫竜は残った汚染を改善すべく研究を始めたんだなコレが」

「なるほど"紫の庵(ココ)"がその研究施設ってわけか。なかなか殊勝なんだな紫竜、最後まで手前(てめえ)(ケツ)は手前で()こうだなんて」


 あるいは……"七色竜は人が好きだから、人と()り、大陸に残ったのだ"──とは、先生(マスター)の想像の(げん)であった。

 であれば自らの不明によって生じた災禍を、人類の為に根絶しようというのは……さもありなん。


「そして繋がるのが、祖・サルヴァだ。彼は元々"神族"で、"錬金術の秘儀"を求めて海を渡った」

「へっへぇ~、神族とは珍しい。じゃぁフェイジンさんは神族の血を引いてるわけだ……いや、それは俺ら全員そうか」


 地上の王者だった竜種を、魔法によって別天地へ追放せしめ、新たに大陸を支配し──魔力の暴走と枯渇によって魔族・亜人・獣人、そして人族へと枝分かれしていった。

 あらゆる人型種族の始祖にあたるのが神族であり、遥か遠き昔にまで(さかのぼ)れば……誰もが神族の血を引いているとも言えなくもない。


「ちなみに手記によると、祖・サルヴァは神族から別の進化(・・・・)を遂げようとしたらしい」

「なにそれすんげー(そそ)られる、どんな進化?」

「ああーーー……"竜の加護"は知ってっか?」

「いやぁ? 聞いたことないな」

「七色を冠する原初の竜は気に入った人間にその恩寵(ちから)の一端を授けるらしい。赤竜なら炎の力──とかな」

「紫竜だと、病毒の力ってことか?」

「あぁ、サルヴァ・イオは"紫竜の加護"を得て己の肉体を変成させたらしい。詳しいことは手記が途切れてて、結果までわかんねえんだけど」

「ふぅ~ん、残念。生きていることを願おう。てかさ、そのサルヴァさんって祖先なのにイオ? あんたは(イェ)・フェイジンって名乗ってたよな?」

「大陸の発音と違うからじゃねえかな」

「あぁ、なるほどなー。元は同じ大陸から切り離されたとはいえ、(なま)りとかも結構違うからなぁ」



 言いながらアルムは机の上にある小さな皿を指でつまみながら、もう一つの話題へ切り替える。


「んで──サルヴァさんが求めた"錬金術"ってあれか、卑金属から(きん)を創ろうとかってやつだよな」

「"黄金変成"、"万能の霊薬(エリクシル)"、"賢者の石"、"生命の水(アクアウィタエ)"、"人工生命体(ホムンクルス)"──真理の極致を望む学問だ」

浪漫(ロマン)満載(たっぷり)じゃんか」

「夢物語……とも言えないこともないだろうがな」


 自嘲気味に笑うフェイジンの言葉を、アルムは違う笑いで返す。


「くっかっはっは、それでもフェイジンさんも目指してるんだろ? こんな辺鄙(へんぴ)な場所でさ」

「……まあなぁ。そうした神秘を探究する錬金術師でありたい、とは常々思うところだが……最近はなかなかな」

「たとえ頂上が見えなくても、登らなきゃ始まらない。到達できないかもと恐れてちゃ、それこそ進化(・・)はないぜ」


 アルムがピッと投げた空っぽの小皿を、フェイジンはパシッと楽々掴み取る。



「それに俺を解毒してくれたのは(まぎ)れもない事実。残された文献から、自分なりに試行錯誤して毒を判断して、必要な解毒剤を選んだわけだろ? きっとやれるさ」

「簡単に言ってくれるぜ」

「それよりもフェイジンさん、続き──聞かせてくれよ」


 不思議な少年だとイェ・フェイジンは思う。単なる聞き上手とも違う。

 ちゃんとこちらの話を理解した上で、欲しい答えを適切に返してくれているような感覚があった。


「祖・サルヴァは紫竜と出会い、彼に師事した。病毒と錬金術、根源的な部分は似ていたようで、手記によると互いの研究は大きく進んだそうだ。最終的に紫竜は人として死に、サルヴァの行方は知れぬものとなった」

「ふんふん、つまりフェイジンさんは紫竜とサルヴァの共同研究の"後継者"ってわけか──よしっ恩返しの方法を閃いたぞ」

「はぁん?」


 次の瞬間、アルムの手には"ガラス製の小皿"のようなものが握られていた。

 今度はそれを投げ渡さずに、しっかりとフェイジンへと手渡す。


「なん、だ……これ」

「"シャーレ"って呼ばれる、そこに入れたものを観察する大陸製(・・・)の研究道具だ」

「なんっっっっって透明度……なんだこれ美しすぎんだろ」


 ジィっと食い入るように、フェイジンはガラス皿を見つめる。


「他にもこれ、"フラスコ"」

「おぉ……!?」


 円錐の先を伸ばしたような形をしたガラスの瓶が、くるくると回されてからフェイジンの手のひらに置かれる。

 一体どこから出したのかという疑問よりも先に、その均一で素晴らしい造形と完成度に惚れ惚れする。



「他にも色々あるから、優先して仕入れてやるよ。どうだ? これで借り、返せる?」

「最高だ」

「なぁに、"世界で最も価値のある俺の命"を救ったんだ。安すぎるってもんだぜ」

「……自信家にもほどがあんなあ。だがすまねえ、ありがとうよ。なんというかこう──これだけでも色々と想像力が沸いて出てきた」


「いいねぇ、筋金入りの研究者肌っぽい。良かったら俺にも教えてくれないか?」

「なんだ、興味あんのかよ?」

「俺はとりあえず何にでも興味を示す性質(タチ)だ。錬金術もそうだし、俺を殺しかけた病毒にも好奇心が(うず)くってもんだ」


 学びを得る喜び。それを発展させる楽しみ。さらには応用することで、まったく別の分野にも転用する快感。

 今までにも何度となく耽溺(たんでき)してきた果実。


「それに三年ほど前になるか……恩ある"老師"を病気で亡くしたもんでな。まぁ武人として俺が介錯してやったんだけど」

「そうなのか……他人ではあるけど、冥福を祈らせてもらう」


 立ち上がったアルムは、右手をスッと差し出してくる。


「最初はちっとばっかし、足を引っ張っちまうこともあるかも知れんけど。"知識とは他者に教えることで、本当の意味で身内になる"って、先生が言ってたぜ」

「いい教訓だ。祖・サルヴァの手記にもこんな言葉がある。"知識とは繋がり、広げることで新たな知見を得る"と」


 フェイジンはそう返して、2人はガシッと堅く握手を交わしたのだった。

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