#58 巡り会い I
──強烈な痛みで覚醒すると同時に、少年は大きく息を吸って吐いた。
「ッッ……がぁ──ぐぅ」
「へっへぇ~~起きやがったか、頑丈な体に生んでくれた両親に感謝するといいぜ」
「誰、だ……?」
くすんだような薄黄色の髪を後ろで結った男がゆっくりと近付いてくる。
「人に名を尋ねるのならば、まずは自分からが礼儀だろうがよ?」
「あ? あぁ……」
少年は判然としない意識を覚醒させながら、薄ぼんやりと返事をした。
「そもそもオメーさん名前はわかるか? 出身は? 年齢は?」
「……"アルム"、霧縫アルム。大陸生まれの上総育ち、年齢は……わからん」
アルムの全身には痛みと痺れが残ってはいるが、動かせないというほどではなかった。
「歳は覚えてないのか、どうやら──」
「いいや正確にはわからないってだけだ。で、あんたの名は?」
「我ぁフェイジン、"葉・フェイジン"だ。上総ってなぁ……確か北州だったか。にしたって生まれが大陸とは珍しいな」
「そっちは南州出身か」
フェイジンと名乗った男は、少しだけ目を見開いて驚いた表情を浮かべた。
「よく……わかったな?」
「名前と訛りでわかる。南州の交易品も売り捌いたりしてるもんでな」
フェイジンからは警戒心が見て取れたものの、アルムは肩をすくめて理由を明かす。
「へぇ、行商人かい……商家の息子とかか?」
「武士の家に養子に入っている。他に仕事は仲買問屋と金貸しと忍者と飛脚と傭兵と、鍛冶師の真似事と絡繰職人もどき、あとはたまに立会業や芸人やって金を稼いだり──」
「多すぎだろ!?」
「楽しいぜ?」
「くくっ……はっはははは! まあ充実しているようで……いいことだな、うん。とりあえず記憶には問題もなさそうで、なによりだ」
アルムはバンバンと強めに背中を叩かれ、一応だが状況を確認する。
「ってか、何があったんだ。俺はどうしてこんなところ……見知らぬ場所に──?」
「こんなところとは……失礼だな。ここは"紫の庵"と呼ばれる、それはもう貴重な場所なんだが」
「あいにくと聞いたことないな」
「それはそうだろうよう、誰にも知られてない場所だ。なにせ南州と北州を分かつ、完全立ち入り禁止の"病毒汚染地帯"なんだからよ」
「まじか……」
なにゆえそんな場所に、こうして居るのか──まったく記憶になかった。
好き好んで立ち入る場所じゃないし、好奇心を満たす為に踏み入るには危険が高すぎる場所。
「なんか妙な音がしたから、完全防護で外に出てみたら……毒霧がかった空気の中、汚染された地面の上で倒れていたのに生きていたのには心底驚いたよ」
そこでアルムは、かつて空に浮かぶ"片割れ星"へ転移した時のことを思い出しながら、答えに辿り着く。
「あぁ~~~わかった、そういうことか。こうも思いっきり失敗したのは四年振りくらいかぁ」
空間変成による"歪空跳躍"で、転移したのが原因だと結論づける。
気分転換をしたい時に、特に目的地を定めずランダムに空間転移をすることがあるのだが……その際に運悪く、汚染領域に突っ込んでしまったのだ。
ランダムと言っても、おおよその転移距離は把握している。本来であれば病毒の地に侵入してしまうことなんて、到底ありえないはずだった。
言うなれば己の異能を制御しきれなかったがゆえ、転移距離を見誤ってしまった──ある種の恥ずべき暴走。
(それかあれだな、俺が思ってたよりも成長しすぎてしまっていた)
アルムはポジティブにそう自己完結する。
「──失敗ィ? どういうこったよ。そもそも普通の生命なら即死するところだぞ? 生身なんてありえねぇ」
「ちょっとな、正確には生身だけど生身とも言えない。とりあえず、助けてくれたことには感謝する。あんたは命の恩人だ」
「大したことはしてねェけどな。ここにある"薬"をちっとばっかし利用させてもらって解毒しただけだ、生き延びたのはオメーさんの丈夫さと運さ」
「……??」
よくよく見るとそこは生活感がある部屋というよりは、何かを研究しているような印象を受けた。
それこそ職人が住まうような、書物や陶製の壺などが多く並んでいて、大きな机の上には雑多に用途がよくわからない物が置かれている。
「珍しいものが多いだろ? 実はなここは……かつて大陸にいた、"紫竜"が住んでいた場所なんだよ」
「"七色竜"の一柱の??」
赤・青・黄・緑・紫・白・黒──遠い昔に大陸を支配した"竜種"が"神族"と争い、敗北して別天地へと旅立った際に、共に行くことなく世界に残ったとされる七頭の竜。
「おっ、けっこう見識があるほうか? ……あぁ大陸で生まれたんだっけか」
「いや恐らく俺が大陸にいたのは精々一歳くらいまでだから、記憶はまったくない」
全ては先生から語って聞かされた、はるかとおきむかしむかしの神話。
しかしそのことは伏せて、アルムはそれっぽい理屈を並べることにする。
「ただ大陸からの書物や工芸品こそ、俺がやってる"天魁屋"の主力商品なんでな」
「南州と違って、北州だと主流になるくらい大陸と交易できてんのか?」
「うんにゃ、俺んとこだけだ。仕入れてくれている中間商人から、直接話を聞いたりして知ってる」
「もしかしてオメーさん、けっこうすげぇ商人なんか……?」
「まぁな」
"海魔獣"が原因で、海路を利用した往来は非常に少ない。
しかしアルムの"空間変成の魔導"であれば、その限りではない。
「──つーかさ、紫竜って意外と小さいのか。こんな部屋で研究していたって……」
少なくとも黒竜は、ちょっとした山かと思えるほどに巨大かったのだと先生から聞いている。
「"人化の秘法"って言ってな、"七色竜"は全員が人に成れたんだよ」
「へぇ~~~竜が人にかぁ」
「……思ったより驚きが少ないな? まあ、いいや。それぞれ人としての名を持っていたらしく、紫竜は"ヴィフト"と名乗っていたそうだぜ」
「そういえば、そこらへんの話も聞いたことあったよう──痛っ……」
アルムは起き上がろうとして、苦痛に顔を歪めた。
「おっと大丈夫かよ、鎮痛薬がたしかこっちに──」
「なぁ……解毒は済んでるんだよな?」
「あぁ解毒だけはな。ちょっと待ってくれるか、最近整理をしてなくてなあ……」
「いや毒に蝕まれてるんじゃないんなら何も問題はない……"回帰光輪"」
するとアルムを中心に光の輪が展開され、みるみる内に毒によって損傷していた肉体が治癒し、楽になっていった。
「魔術かよ、それも凄腕か……羨ましいこった」
「厳密にはちょっと違うけど、認識としてはそんなとこでいいかな」
"空脈方陣"──魔導師であるがゆえに魔術を使いにくいアルムがイドラから教わり開発した、空間上に魔術方陣を構築する為のアルムだけの魔導。
空間変成の魔導ゆえに場所を選ぶことなく、魔術と同じ性質の効果を発露させるアルムだけのオリジナル。
「っぷフゥ……死にかけるのなんて、いつ以来だ? とはいえ毒ってのはなかなか新鮮だった。救けてくれて本当にありがとさん。んで俺は命の恩人に対して、でっかい借りをどうやって返せばいい?」
アルムはベッドから立ち上がって、軽く体を動かしながら自らの状態を把握していく。
「別にいらねえさ。我自身が何か特別なことをしたわけじゃない。紫竜と……ご先祖さまが残した成果を、掠め取っているに過ぎねェかんな」
「ご先祖?」
「そうだ……代々続いている葉家を最初に創った人──名を、"サルヴァ・イオ"と言う」




