#57 元服 II
「ふっゥ~~~、夜風が気持ちいいぜぇ」
アルムは──"空間変成の魔導"も"空脈方陣"も使わず──空の散歩と洒落こむ。
「この浮遊感、たまんねェな──」
履いているブーツにも視線をやって……俺は思わずニヤリと、今日何度目かの笑みがこぼれた。
大陸からようやく輸入できた素材──"浮遊極鉄"を自ら加工。
元服した自分に相応しい一品を、前夜の内に完成させていた。
その素材は一般には"浮遊石"と呼ばれ、自然界で浮いている岩石という形で含有されており、単極磁石の性質により、惑星核の磁場との相互作用で浮遊する特性を持つ。
それを大陸にあるシップスクラーク財団の魔導科学によって抽出され、魔力を通すと活性化する"魔鋼"と合金化されたものが"浮遊極鉄"となる。
鉄が少なくなく含まれているにも関わらずアルミニウムよりも軽く、各強度・硬度・延性・靭性・耐食性など──何よりも魔力伝導率にも秀でたまさに夢の金属。
さらに魔力を込めることで重さは反転して浮遊を開始し、バランスよく惑星磁場と均整を取ることで、こうして夜空を闊歩することもできるのだった。
(……特許料のことは、忘れよう)
"浮遊極鉄"の仕入れ費用よりも、よっぽど高くついたのが加工する為の情報であった。
合金化の技術に至っては完全秘匿されており、あくまでも金属そのものを輸入するのに留まるが、それすらも流通が非常に限られた希少品である。
「まっ高い金を払っただけの甲斐はあったしな」
俺は夜目を利かせて地上を鳥瞰めながら標的を探しつつ、手の中にある密書へと改めて目を通す。
「"唄う翼魔"──」
二対の翼と醜悪な二ツ首を持つコウモリのような異形の怪物──の似姿が手の内で燃え、灰となった。
これまでいくつもの集落を破壊したという妖魔であり、飛騨の山深くに現れたという目撃情報があっての探索任務。
(本当ならノエとしっぽりヤるつもりだったけど……まっそれはいつでもできるしな)
夜中にたっぷり楽しむ予定だったし、"使いツバメ"から受け取った内容も緊急性こそあれど"天狗面"への個人任務ではない為、なんなら無視したって問題ないもの。
しかし迅速に任務を遂行することに決めた。
(扇祇カグラの第十五代"聖威大将軍"の襲名から間もない──飛騨の地で好き勝手させときたくないから、急いでるって感じかね)
所在が明らかになれば、あるいは"宗像タツトラ"が派遣される可能性が高い。
"膨哭花"を討伐した英雄に、新たに大物をみすみす譲る気は微塵もない。
「手柄は俺のモンだ、願わくば"大妖怪"並であってくれよなァ……」
元服した一人の男として、最速で俺が見つけて討滅する。それもまた"天狗面"として、"霧縫"としての仕事だと。
◇
「なっかなか、さすがに見つかんねぇ……」
懐中時計で時間を確認すると、目撃場所と思しき地域に到着してより既に2時間ほどが経過していた。
耳を澄ませども、聞こえてくるのは山の静寂のみ。"歪空跳躍"も織り交ぜつつ、散歩をしていたが──当てもなく、さすがに飽きてくるというもの。
「っし、逆でいくか」
後ろ手にギターを取り出しながら、俺は大陸の合金貨をピンッと弾く。
「俺の歌を聴け──」
再び右手でキャッチしたコインをピック代わりに、ギターをジャラランと鳴らす。
今の俺にピッタリな……ご機嫌な一曲を、大きく息を吸い込んで全力で弾き歌い上げる。
「今夜──俺は極上の──時間を味わう──」
こちらから探すのではなく、こちらへと誘う。
「生きてる実感──世界をひっくり返すくらいに──そうさ──」
山間に大音量で響かせ、遥か彼方まで届くように。
「夢心地で浮くように──身を委ねろ──」
空間転移を繰り返し、何度となく位置を変え。
「だから今は俺を止めるな──俺を止めないでくれ──」
さながら山彦と、輪唱させるように。
「この瞬間を楽しめ──この最高を楽しむんだ──」
大陸の歌を、人間の文化を、化物に聞かせてやる。
「俺は流れ星、夜空を裂いて疾駆ける──」
静謐を破る、たった一人ライブパフォーマンス。
「竜のように──重力なんて──知ったこっちゃねえ──」
まるで世界を独り占めしているような感覚で、俺は熱量を加速させるのだった。
◇
『──ィィィィ゛イ゛イ゛』
「っ……お?」
妖精種と吸血種の血を、それぞれ1/4ずつ継いだ半人半妖鬼の──魔力強化によって研ぎ澄まされた聴覚が、雑音のような声を拾い上げる。
曲数からすれば既に小一時間ほど、星天の下でノリノリで熱唱っていて……唐突に水を差されたような気分にさせられる。
「っんだよ、まだまだこれからだってのに」
なんなら本来の目的を忘れていたとさえ言えるほど、演奏と歌唱に没頭していた。
俺はギターをしまいながら、咆哮と思しき出所へと耳を傾ける……が、山に反響しまくっていてまったくわからない。
(きっとノエなら余裕で聞き分けられるんだろうけどなぁ……)
そんなことを思いつつも、俺は俺にできることをする。
「"空間走査"──」
一息だけ「ヒュッ」と吐きながら、俺は両の平手を虚空へと叩き付け、領域内の残滓や偏差を探知する。
「見敵必殺」
だだっ広い上空から、爆音を出している巨大な妖魔の"揺らぎ"を見つけるのはそう難しくはなかった。
そのまま"唄う翼魔"の座標へと"歪空跳躍"して、俺はその姿を拝む。
腐食し爛れたような外皮。2本ある首の基部は黒く変質した鱗で覆われ、露出したような神経束が互いに絡み合っている。
膿んだ眼孔から暗い液を滴らせ、不規則な大きさの牙が無造作に生えていた。
「おぉう、こりゃ醜悪だ……似姿は思ったよりも正確に特徴を捉えてたな」
"唄う翼魔"と呼ばれるだけあって、特徴的なのはその裂けた四枚の皮膜翼。
羽ばたかせることで乱気流のような暴風を生み出し、そこに咆哮を乗せることで複雑に交錯して周囲を破壊せしめる。
(唄う──には程遠いが……な・る・ほ・ど・ね)
それはさながら与羽村リンドウからの講義で聞いていた、こことは別世界の地球にある"音響兵器"のそれだろうと想像する。
「生身だったら、ちょいヤバかったかもな」
頭が二つあるゆえに、交互に切れ間なく発せられる音波と暴風。
木々だけでなく岩さえも破壊されていく中で、俺は悠々と歩を進めていく。
『──ィィァァ゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』
二つの頭の声が重なり前腕が振り降ろされ、こちらの肉体よりも大きい手の平が迫る。
「空華夢想流・戦陣礼法──術技・混成接続」
俺は集中しながら完璧なタイミングでもって切り返し──左半身から右脚で上円弧を描くように──跳躍しながら蹴り裂いた。
「"刹那空刃脚"!!」
"唄う翼魔"の前腕は真っ二つとなり、そのまま追従するように地面を蹴り込んだほうの左足で、斬断された前腕部を一対の頭部めがけて蹴り飛ばした。
「はっははぁ! ナイッショッ!」
玉突きのように連鎖して衝突し、咆哮と羽ばたきが数秒ほど停止する。
続いて"浮遊極鉄靴"に一気に魔力を流した俺は、その場から急激に浮き上がったところで、空中反転──
「究極ッッ──墜焔蹴ッ!!」
固定した空間を足場に空中三角跳びの要領で、急降下しつつの飛び蹴りをかました。
足底に多重展開した"空脈方陣"によって発せられた、隕石の如き赫炎で頭蓋ごと片一方を頭を粉砕する。
「"星屑運送"──」
空間に描き出した魔術によって星光を帯びた俺は、"唄う翼魔"に向かって体ごと突進する。
「ユニヴァァァァァアアアアアアスッ!!!」
そして光熱を纏ったまま加速し続け──森を薙ぎ倒しながら"唄う翼魔"の巨体ごと数百メートルと運び、岩壁へと直撃して爆発したのだった。
◇
夜の闇を照らした光柱が収束し、俺は無傷のまま爆心地を眺める。
「あーあー……塵一つ残ってねェじゃん、テンションまかせで派手にやりすぎちまったかぁ。にしたって脆弱すぎんぜ」
これでは討伐した証明もできなければ、生物資源として活用することもできない。
「──まぁいい、スッキリしたしな」
惜しくはあるが、後の祭りを嘆き悔やんでもいても無意義である。
俺は振り返って自身が通過してきた惨状に目を凝らし、空華夢想流・戦陣礼法もかなり身になってきたと実感を得る。
それから空高くまで"歪空跳躍"してから浮遊し、ググッと大きく伸びをした。
「っし、帰るとすっか」
元服を迎えた一人の男として、己の成長を確かめることができた。これまでも、これからも、やることは変わらない。
誰よりもわがままに、誰よりも自由に、誰よりも楽しんで、世界を謳歌するだけだ。




