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#56 元服 I


 朝霧の立ち込める庭が見える武錬場にて──焚かれた香の匂いを嗅ぎながら──座した青年は、ゆっくりと盃を口に運ぶ。


 "紅炎一座"に拾われて約14年、"霧縫"の養子となって10年ほど。

 正確な年齢こそわからないものの、ひとまずは15歳と数え、霧縫アルムの"元服"の儀が執り行われていた。


「ん、不味(まず)……」


 口に含んだ酒は燻した米と山胡桃の風味が漂うものの、どこか土を思わせる重い余韻があった。


「無駄口を叩くな」

押忍(おす)


 師父ドウゲンにたしなめられつつ、霧縫の家紋付袴に身を包んだアルムは飲み干した盃を置く。

 周囲に座するは嫡男のテンゲン、次兄のフゲン、三女のノエ──大伯母は()せっており、長姉・次女は遠方に嫁いでいる為、限られた身内だけの密やかな儀式。


 

「霧縫アルム、いざ前へ」


 アルムは言葉を発さずゆっくりと立ち上がり、武錬場の中央へと──音を発さずに──進み出る。

 同じように中央へと立ったドウゲンの前で、アルムは片膝をついた。

 

「霧縫アルム。常に己を律し、その身の武と精神を違えず、家名を辱めぬことを……誓うか」

「誓います」

「霧縫アルム。忍びの誇りと武士の礼を忘れることなく、困難に臨みて諦めぬことを……誓うか」

「誓います」

「霧縫アルム。必要とあらば身命を賭し、霧縫の刃となり楯となることを……誓うか」

「誓います」


 アルムの言葉に対し静かにうなずいたドウゲンは、腕を前に少しだけ抜いた小太刀を──武錬場に響き渡るくらいの音を鳴らして──納刀した。


「霧縫家当主、"霧縫ドウゲン"の名において"霧縫アルム"の元服を認め置くこととする。立会者一同これを証人と()し、今より一人の武士として霧縫の家名を刻み継ぐ者とここに定む」

「霧縫の名、謹んで頂戴いたします」


 顔を上げた霧縫アルムは、師父ドウゲンと視線を交わしながら立ち上がる。



「よし。では続いて──"真髄"の儀へと移る」

「……真髄?」


 その後の予定をまったく聞かされてなかったアルムは、首をかしげて疑問符を浮かべる。


「フゲン、ノエ、速やかに用意を──」

「はいはい親父どの……っと」

「承知しました、父上」


 一方で呼ばれた二人は既にわかっていたかのように、それぞれ武錬場の隅で、家紋入りの旗布に覆われた物品(もの)を庭先へと並べていった。


「テンゲン、説明してやれ」

「はッ! アルム……これより試されるは、霧縫流の真髄」

「奥義的な?」

「否。それは家伝ゆえ、養子であるおぬしには教えられぬ。たとえ血に連なる者であっても、霧縫流をしかと修め、適性を認められなければ秘中となるものだ」

「はぁ……それじゃぁ"真髄"って──」

「真髄とは、基本の延長にあるものだ」


 テンゲンは語調を崩さないまま、淡々と語る。


「なるほどなー?」

「アルム、霧縫流・"霧刻(きりきざみ)"とはなんぞや」

「えーーー……自らを()とすること。己の体を"霧粒"のような"刻み"として分解し、一つ一つ洗練させた動きを一繋ぎに完成させる、霧縫流における武の根幹(きほん)──です」

「そうだ。すなわち完璧に霧刻(きりきざ)んで繋げること(あた)うれば、たとえ同じ硬度のもの……鉄の刀にて鉄の兜を、縫うように斬断に至る」


 アルムが説明を受けている間に、木台の上の兜が五ツ、さらに刀が5本立て掛けられていた。


「それが霧縫流──真髄・"兜縫(かぶとぬい)"」



 説明を終えたところで、ドウゲン・テンゲン・フゲン・ノエ──霧縫の直系4人がそれぞれ木台の兜を前に並ぶ。


「では始めるとしよう、フゲン」

「ちぇっ、やっぱり不出来(ふでき)なオレからかよ」


 ふてくされた様子で、フゲンは刀を抜く。


「素振りは三度まで。魔力を使わず、己が肉体のみだぞ」

「わかってまっさ」


 フゲンは大上段に構えると──己の動きを確認するように──兜の真横へと三度、振り下ろしてから……一息に打ち据える。

 そうして兜を三割ほど割ったところで、刀がバギンッと折れてしまったのだった。


「げっ……やっちまった」

「鍛錬不足だ、フゲン。"刻み"が足りぬのはもちろんのこと、(ちから)(ぎょ)し切れておらぬからそうなる。次、テンゲン」

「はい」


 テンゲンは一度だけ素振りしてから、一太刀で八割ほどまでを割り止める。


「うむ、今少しの練度だ。精進せよ。次、ノエ」

「はい」


 ノエは素振りをまったくせぬまま、大きく弧を(えが)き──テンゲンと同じく八割ほどを割って刃を引き抜いた。



「よし。なぜノエを最後にやらせたかと言うと──刃と切り口を比べてみよ」


 アルムはそれぞれの振るわれた刀と、割られた兜とを見比べていった。


滑らかさ(・・・・)が違うっすね。特にノエのは、刀のほうも刃こぼれすらない」

「左様。"霧刻(きりきざみ)"がより洗練されているゆえ、こうした差が生じる。ノエは最も若いが、体の動かし方をより深く熟知しておるというわけだ」


 そう言い終えてからドウゲンも刀を抜き、一度目をゆっくり、二度目に速度を上げ、三度目を全力で振る。


「よく見ておけ、兜を縫う(・・・・)という"真髄"を──」


 次の瞬間、風斬り音だけが武錬場に響く。


「御美事」


 そうテンゲンが口にすると……斬断された兜が、ぱっかりと二つに分かれたのだった。


「おぉーーー、流石は師父。切り口もノエくらい綺麗だ」


 ツツツ──ッとアルムは指で伝うように確認する。



「最後だ、やって見せよアルム」

押忍(おす)。やって()せましょう」


 アルムは4人に(なら)って大上段に刀を振り上げる。常在戦場、素振りはしない。

 "霧影脚"で音無く踏み出しながら、虚空を経て兜へと斬り落とす──ズバンッと快音と共に、木台までが真っ二つに断ち裂かれたのだった。


「……ちょっと(りき)みが足りすぎたかな」


 アルムは肩をすくめながら納刀する。

 "身意八合拳"における"合一"を意識しすぎたのかも知れない。

 無用な力の流れを伝達し、"刻み"が崩れてしまったような感覚を覚えていた。


「ふむ……多少縫え(・・)てはいるが、割り(・・)のほうが多いな。種族由来の膂力に依存しては意味がないぞ」

押忍(おす)。つい勢い余りました」


 兜を斬るという結果そのものは同じではあるが──そこには技術として、武としての差が存在する。


「いずれせよ忘れるな、これはあくまで試し(・・)に過ぎぬ。肝要なのは、実戦でも変わらず実行できるかということだ」

「動かず、モノ言わぬ兜を割る──いえ縫ったところで、ってことっすね」


「その通り。そして"すべての斬撃(やいば)にてこれを()す"こと、それが理想にして極致──目指すべき完成形だ」





 元服の儀を終え──紋付袴から普段着へと着替え終えたアルムは、武練場の庭先へと戻った。

 処分予定の積まれた兜と木台を再び並べて、無事な刀をすらりと抜く。


「ア~ルム、なーにやってるの」


 義姉にあたるノエが、音も無くアルムの隣に立つ。


「忘れない内に"真髄"の続き。……師父たちは?」

「テンゲン兄さまと大事な話をしてると思う。フゲン兄さまのほうは……単に鍛錬不足を絞られるのがイヤで逃げたかも」


 するとノエも隣に木台を立てて、自身が八割ほど縫った兜を置いた。



本当(・・)のお手本、見せたげるね」

「あぁん? どういうこった?」


 ノエは(こと)()ではなく、実践にてその答えを示す。

 深く体を沈み込ませてから、後ろ腰から小太刀を抜くと水平に一閃──兜は真横一文字に斬断され、地に落ちたのだった。


「ほっお~~~、切り口も完璧じゃん。なんなら師父のより滑らかでは」

「ん、一刀じゃなくって"小太刀勢法"ならできるってだけだよ。それに父上とテンゲン兄さまの手前、立場をわきまえないと」

「……面子(めんつ)を潰すわけにはいかないってか」

「そうだよ。だからアルムが変なことしないか、実はあの時ちょっと心配してたけど……できてなくて安心した」


 ノエの挑発的な物言いに、アルムは半眼で不満そうな表情を浮かべる。


「そーーーもそも! 俺にとって、技術で斬ることそれ自体は別に()らんしなァ」


 そう言いながらアルムは、刀の"(みね)"のほうで横一文字に──ゆっくりと、なぞるように、通した(・・・)

 縫うというよりも、すり抜けるといった様子で、兜は微動だにせぬまま分割される。



「とはいえ、ノエができるってんなら俺もやってみるか」

「がんばれがんばれ」

「もう元服した男だぞ、子供扱いすんな」

「私にとってはいつまでも義弟だからねぇ」


「ったくよ……(シッ)ィ──」


 魔導も魔力も使わず、生来の膂力にも頼らず、合一を意識せず、アルムは純粋な"霧刻(きりきざみ)"だけで刃を振り抜く。

 兜は斬り断たれこそすれ、その切り口はまだまだ粗さが残っていた。


「くっそ、こうなったら中古在庫を買い漁って練習するか」

「元服したのに大人げないなぁ……まずは"霧刻(きほん)"を洗練させないとダメだよ」

「わかってら──」


 アルムは上空の気配を感じて見上げると、ノエもそれにつられて空へと視線を移す。


(つばめ)だ。このあたりは生息域じゃないけど、たまーに鳴き声が聞こえるね」

「……まっ、渡り鳥だしな。はぐれるのも出てくるだろうさ」


 アルムは納刀し、"使いツバメ"から"公儀御庭番"からの密書を回収すべく、すぐに部屋へと戻るのだった。


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