#55 上覧武芸試合 III
幾度となく右手のみで振るっていた宗像タツトラは、最後となる"刃引き刀"を左手で握り自然体で構えていた。
(ここに来て、左……だと?)
アルムの中で警戒心が一段階引き上がる。とはいえ相手が左利きであろうと、やることは変わらない。
鞘を左手に持ったアルムは脱力し、右手を柄に添えて居合の構えを取る。
「辰気──発勝」
踏み込み、抜き打ち。
アルムの刀だけが折れる……しかし宗像タツトラの左持ち斬撃が、右よりも鋭いだろうことは織り込み済み。
「霧縫流・小太刀勢法──"斬霞"」
アルムは後ろ腰に佩いたままだった小刀を左逆手にて抜刀を完了──宗像タツトラからは死角になるように──左腕の陰に隠しながら振り斬った。
居合での一斬目と寸分違わず同じ箇所へと刃が衝突し、アルムの小刀と宗像タツトラの大刀は共に砕け散る。
「……模倣が得意なようだ」
「大層な技じゃぁないけど、眼がいいから見取り稽古は得意なんで。ましてや自分で直に体験した技とくりゃな」
図ってか図らずか、風間テツザンが未遂に終わった"影太刀"を再現した形。
「決着は無しとしよう」
「次は"お互いに手加減なし"で……またいずれ相見える刻をお楽しみに」
アルムと宗像タツトラが互いに向かい合って一礼を交わしたことで、決着がついたのだと賠観者たちは理解する。
『っ……ただいまの勝負! 両者、刀折れ果てども決せず! これをもって、引き分けと見届け申し上げ候!!』
作法役である天衣チグサマルが叫び、御前へとその後をどうするかをお伺いを立てにいく。
同様に宗像タツトラはわずかに眼を細め、再び斯衛として戻っていく後ろを──アルムも続いた。
「タツトラと打ち合って勝負なし……見上げた男児よ、霧縫アルム」
「えぇえぇ、本当に凄かったわ。妾は戦場を見たことはないけれど、少しはそんな気分になれたもの」
「恐縮です。惜しむらくは……鍛錬用の刀であるがゆえ耐久に難ありて、刃鳴散らすばかりだったことです」
将軍父娘からの言葉に、一礼しながらアルムはそう言った。
「木刀に戻すしかないのね、でも満足だわ」
「おい、すぐに庭を片付けさせよ」
扇祇ナリムネは近習にそう命じると、伝えられた雑用役たちが速やかに庭に散乱した鞘や破片を回収していく。
「ではこれにて御免仕ります」
「あら……追加で褒美を取らせようと思ったのだけれど?」
「十分にいただきましたんで」
宗像タツトラを最後に一瞥し、アルムはその場より退場する。
既に一度、己の欲目を通した以上は……ここは謙虚さであり殊勝さを見せて引いておくのが、御庭番として今後の関係性を考慮した駆け引きである。
アルムは試合のテンポを崩さぬよう絶妙にアシストしたノエのほうを見ると、いつの間にか刀架台の近くから居なくなっており、東陣控えの近くで佇んでいた。
『恐れながら、大御所様のご裁断にて刃引きの刀を用いし試合なれど、得物すべて尽き申した! 以後の試合は、旧のごとく木刀にて立ち合いいただきたく、御座候』
作法役の天衣チグサマルからそう説明し、次の上覧武芸試合が始まる。
『東方──飛鳥馬家、後援。"鬼牙炎刀"古賀ジンパチ!! 西方──四方堂家、推薦。"猛金剛"篠原センザエモン!! 御庭が整うまで、お二方の来歴をご紹介申し上げます!』
(おっ古賀さんだ)
東陣控えで古賀ジンパチに目配せだけで挨拶しながら、アルムは上がる口角を抑えるのだった。
◇
「アルム──ひとまずは、よくやったと褒めおくとする。霧縫の技を見せすぎることなく、模擬とはいえ宗像タツトラどのと打ち合った……軽んじる者はおらぬだろう」
「ありがとうございます、師父」
アルムは義父であるドウゲンの頭を下げ、それから隣に立つ"もう一人"へと挨拶する。
「テンゲン兄ぃ、ご覧になっていたのですね」
「あぁ久し振りだ、アルム」
霧縫家の養子になって以来、両手の指で数えられるほどしか会うことのない長兄がそこにいた。
アルムが棗ナガヨシの弟子になる頃には棗家の奉公を終えており、その後は霧縫の次期家長として方々を巡っている。
「こんなにも強くなっていたとは思わなんだ。フゲンのやつも……見るべきだったな」
「フゲン兄貴はいないんで?」
「あの放蕩バカ息子はまたしても連絡が取れんでな」
アルムは相変わらずな自由人の次兄に肩をすくめる。
とはいえ行く先々で、霧縫家の武名を高めているという側面もあるのだった。
「父上は最後までご覧になっていくのですか?」
「こういった催しの場は、人脈を拡げる好機。ゆえにわざわざテンゲンも連れて来ておるのだ」
ドウゲンは言わずもがなといった風に、ノエの問いに答える。
「承知しました、私も同道いたします」
「うむ、アルムはどう仰せつかっておる?」
「試合後は特には……ただ右腕の痺れが残ってるんで、御養生所で一応診てもらってきます」
もちろん嘘である。上覧武芸試合を見ることに変わりはないが、堅苦しい陪観席に混じるのは御免被るというもの。
「そうか、相手が相手だったからな。十分に休養せよ」
「押忍、失礼します」
◇
アルムは天守閣の屋根の上から、庭上を睥睨する。
「──俯瞰で観る試合ってのも乙なもんだ」
"弥勒兵法"と"シン捨流"の師である棗ナガヨシは、お屋形付きとして棗家当主トキサダと共にいる。
大大名である飛鳥馬ムネチカもまた、専用の陪観席に座している。
招待された者は立場がある為に自由に動けない。
となれば招待されずとも城に居ることができて、気兼ねなく話せる相手は一人だけであった。
「……よし、体は特に問題なさそうだ」
「そりゃそっすよ、リンドウさん。どっちも本気じゃなかったんでね」
医者として一応の触診をしてくれた"無貌面"与羽村リンドウは、ふっと笑う。
「頼もしいことだ。やはりその強さ、是非ともほしい」
「だからまだ考え中ですって」
鉄扇を右手に持ったアルムは、パチッパチッと少しだけ開いては閉じるを繰り返す。
「まぁ俺を"伝家の懐宝刀"に対する抑止として"鬼札"にする気ってんなら、後でちゃんと言い訳なり名分が立つような緻密な計略を考えてくださいよ」
「無論だ」
宗像タツトラとは因縁ができた。
相応しき舞台を用意してくれるのであれば、真の決着をつけるのもやぶさかではない。
「扇祇ナリムネ……やはり此度は全ての試合終了後に、娘のカグラに家督を譲る発表があるのだろうな」
アルムの鉄扇を見ながら、リンドウはそう口にする。
「第十五代"聖威大将軍"襲名の風聞っすか。まっ棗、天衣、飛鳥馬、四方堂──周防の"眞宵オウセツサイ"と大隅の"千鳥タカトシ"以外の大大名は揃ってますし、お姫さんの年齢的にも十中八九そうでしょうねぇ」
もっとも将軍が代替わりしたところで、治世にさほどの影響はなく、変化がないだろうことは想像に難くなかった。
リンドウの"計画"においては多少の軌道修正がいるものの、やることは大きく変わらない。
「歴代だと四代と七代以来の、女性の聖威大将軍になるか」
「一部の巷じゃ既に姫公方さまとか言われてましたわ」
「十五代……そろそろ幕を引いてもいい頃合だろう」
「剣呑だなぁ。まっ頑張ってくださいよ──っと、片付けも終わったようだ」
どうやら再開されそうになるのを見て取って、アルムは話を中断する。
「"演舞披露試合"が派手すぎたせいで、後の者はさぞ闘りにくかろうな」
「くっかっはっは、そこはそれ。重圧感くらい跳ね除けてもらわないと」
そう言ってアルムは、そのまま高みより下々の試合を見物するのだった。




