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#54 上覧武芸試合 II


「あははっ、二人とも良き気概よ。(わらわ)も真剣でより実戦に近い勝負を見てみたいわ、父君いかがでしょう?」


 扇祇ナリムネの視線のみが、"天狗面"であるアルムへとわずかに向く。

 いかに将軍直属と言えど、公儀御庭番の任務を遂行する人間の命を易々(やすやす)と散らしてしまう危険に晒してよいものなのかと。


「──"刃引(はび)き"、にしてはいかがか」

「刃引き?」


 ふと紡いだ宗像タツトラの一言を、扇祇カグラは繰り返す。


「斬れる刃にあたる部分の、鋭さのみを潰します。木刀より危うく、真剣より無事。より実戦に近い立ち合いとなりましょう。そうした訓練用の刀が城内にありますゆえ」

「うむ、そこが落としどころよの」


 将軍である扇祇ナリムネのその一言で、上覧武芸試合の規則(ルール)の変更が決定した。

 新たに内容を伝えられた作法役の天衣チグサマルが、庭上の中央で声を張る。


『ただいま上覧武芸試合の規定に関し、急の取り計らいがございます。(うえ)さまのご意向もあり、また各々方(おのおのがた)の技量をより実戦に即した形で試す為、得物(えもの)を刃引きの刀に改めさせていただきます──』


 再び庭上へ立った作法役が、武芸者たち、陪観者(ばいかんしゃ)たちへと大声で伝える。

 その間に雑用役たちが刃引きの刀を、武錬場のほうから運び込んでいた。



「頭領、きちんと刃引きされております」

「うむ」


 風間テツザン付きの小姓から、アルムは大小の刀を受け取る。


「こちらも問題ありません」

「別に刃引きされてなくても変わらんけどな」


 同じように刀身が潰されていることを確認したノエから、三本の大刀が風間テツザンへと渡った。

 付き人はそれぞれの陣へと戻り、作法役が中央に、二人の武芸者(しのび)がいざ対峙する。


『霧縫アルム、風間テツザン──いざ両名とも、存分に武を尽くされよ』


 アルムは大刀を鞘ごと左手で抜きながら、持ち手の拳を相手に向けるように水平にしてから一句()む。


「咲くことを、(ほま)れともせぬ、この花に。ひとひら落つる、風の()()に」


「……辞世の句か」

「そうさ、あんたのな」


 ニィと笑ってアルムは抜刀し、右手に大刀、左手に鞘を持ったままの変則二刀流戦型(スタイル)を取る。

 一方で眼を細めた風間テツザンは、背なの三本の刀の一本に手を掛けた。

 

『いざ尋常に──』


 作法役である天衣チグサマルが大きく腕を振り上げ、そして勢いよく振り下ろす。


「はじめぃ!!」



 風間テツザンが深く沈み込むと同時に地を蹴り──舞った白砂が落ちるよりも速く──背より抜き放たれた刀身が迫る。

 アルムは悠々と右手で持った大刀で受け太刀した瞬間、想定していたよりも感触が軽いことに気付く。


 次の瞬間、風間テツザンが両手で握り込んで斬り落としていたはずの()は……既に左手のみで支えられ、再び右手が二本目の刀を抜いていた。

 寸分違わず同じ軌跡を通る"影太刀(かげたち)"、そのまま再び受け太刀すれば刀が折れるは必定であった。


 そして──そこからのアルムの動きを肉眼で(とら)えられたのは……両手で数えるにも満たなかった。

 最小限の予備動作で最速で到達する、常人の目には肘から先が消えるほどの初速でもって放たれた左の"速拳(ジャブ)"。


「──ッッ」


 音もなく、声もなく。

 顎を打ち抜かれた風間テツザンの意識は、一瞬にして刈り取られていた。

 左手で持っていた鞘から手を離し、拳を放ち、鞘が落ち始めるより速く再び掴むまでの(あいだ)に、全ての動作を終えた刹那の一打必倒劇。


 アルムが"紅炎一座"の面々より教えられた"ジェルス式拳闘術"には、元々顎を狙うパンチがあったが、"脳を揺らす"という原理までは知らなかった。

 与羽村リンドウから人体の講義を受けたからこそ得心がいき、覚えたことを思うさま使う快感をアルムは堪能する。



「霧縫流・体術──"末裏縫(まつりぬい)"!」


 しかし武芸上覧の場である以上、このままでは終わらない……終われない。

 大仰にアルムは──霧縫の技を派手に()せる為──叫びながら、刀と鞘を捨てる。

 流れるように、風間テツザンが崩れ落ちるよりも速く、背後へと縫うように裏回りを完了していた。


 そして誰の眼からも、左肘で首の後ろを強打したかのように見せ、既に意識のない風間テツザンは倒れ伏す。


『勝負あり!』


 数秒置いてから作法役より決着の合図が上がり、試合場にどよめきが走ったのだった。


「"(たわむ)"れなれば、当て身にて」


 御前で一礼をしながら、アルムは──全ての動きが見えていたであろう──宗像タツトラの視線が突き刺さるのを感じていた。


「美事よ、霧縫アルム。()(ほう)の数々の風聞(うわさ)に相違はないようね!」

「うむ、実に素早く鮮やかな手並よ。まだ底も見せてはおらんのだろう? さすがは──……先の戦争(いくさ)の英雄よ」


 そこで扇祇ナリムネの言葉が一瞬だけ詰まり、おそらくは"御庭番"あるいは"天狗面"と言いそうになったの修正したのだろうとアルムは頭を下げたまま苦笑する。



「父君、演舞披露も勝者には褒美はとらせるのですか?」

「無論じゃ。風間のほうはどこぞに召し抱えるという願いだったか。霧縫アルムは金子(きんす)であろう?」

「左様でございます」


 アルムは将軍の声色を推し量りつつ、図々(ずうずう)しくも欲目を差し込む。


「しかし上さま、もし叶うならば……一つお願い申し上げたき儀がございます」

「そうさの、申すだけ申してみよ」


「宗像タツトラ殿(どの)に一手! 御指南仕(ごしなんつかまつ)りたいと存じます!!」


 あえて大きくアルムは叫んだ。露骨な声はないものの、場が熱気に湧くのを感じる。

 戦場の若き英雄と、妖魔討滅の英雄、どちらが強いのか──否、勝ち負けよりも北州(ヒタカミ)で最強と目される宗像タツトラの闘う姿こそ見たいのだ。



「あっはははは! タツトラと手合わせ? 向こう見ずなのねぇ」

「武人たればこそです、カグラさま」


 アルムは礼の姿勢は崩さず、顔だけを上げて薄い笑みを張り付けたままカグラを見つめる。


「ふむ、余興としては悪くはないか」

「タツトラ、あなたが決めなさい」


(興味は()けたはずだけど……はたしてはてさて)


 アルムはそのまま視線を、眼と口を閉じて黙想している宗像タツトラへと向ける。


「刃引きの刀なれば」


 ゆっくりと開かれた眼、じんわりと沁み込むように紡がれた言の葉。


「決まりね。将軍斯衛としての実力を見せておやりなさいな」

「久しぶりに見せてもらうぞタツトラ、おぬしの武をのう」

「御意のままに」



『ただいまの勝ちをもって、霧縫アルム──斯衛との立ち合いを望まれ(そうろう)! 大御所さまの御裁可を(たまわ)り、御前にて斯衛筆頭の武に挑むものなり!』


 アルムは新たに刃引き大刀を右で担ぎ、宗像タツトラは特に構えもせず右腕をダランと下げていた。


『いざ尋常に……はじめぃ!』


 担いだ状態から流れ八相で袈裟懸けに振り下ろすアルム。呼応するように右腕より斬り上げる宗像タツトラ。

 刃と刃が交差した──瞬間、バギィンッと庭上に残響すると同時に、互いの刃は折れ散っていた。


「わぁ!!」

「互角……?」

「でも父君、タツトラは片手で持ってますが、霧縫アルムは両手でしてよ?」

「うむ、いずれにせよ武器のほうが耐えられなんだか」



 アルムは折れた刀を地面へと突き刺し、ゆらりと態勢を戻す。


空拳(たわむれ)でいきますか?」

「……次を」


 一方で宗像タツトラは左腕を伸ばし、新たな刀を所望する。

 雑用役は投げて渡すには慣れておらず、しかして武芸者が立つ神聖な場に入るわけにもいかずに狼狽した様子を見せる。


「失礼いたします」


 すると霧縫ノエが──音も無く──"刀架台(とうかだい)"へとその身を進め、二振りの刀をそれぞれアルムと宗像タツトラへ正確に投げ渡した。



「さんきゅ、ノエ」

「……」


 鞘から抜かれ、再び白刃と白刃が交錯する──も、同様に破断する。

 そして予期していたかのように、ノエが間髪入れずに刃引き刀を投げ入れており、双方とも視線は相手に向けたまま掴み取った。


 受け取り、抜刀し、振り抜く。繰り返される破壊劇。


 しかし一合ごとに(ちから)が増し、わかりやすく速度が上がっていく。

 幾度も、幾度も、振るわれるたびに、庭上は鞘と壊れた刀と破片まみれになっていくが……もはや誰も気にも留めない。


 意地の張り合い、(せめ)ぎ合い──この決着を見逃すまいと、誰もが固唾(かたず)を飲んで注視する。

 

「──最後ッ!!」


 残った二本の大刀を投げながら、ノエがそう叫ぶ。

 すると宗像タツトラはそこではじめて右ではなく、左手で()を握り込むと空中のままスラリと鞘から抜いたのだった。


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