表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/53

#53 上覧武芸試合 I


 飛騨幕府、櫻桐城の御庭(おにわ)格式ある白砂の庭上に、武士たちが整然と並ぶ。

 裃の肩が揃う者もあれば、軽装の胴着を合わせた者もいる。

 いずれも場に相応(ふさわ)しき威儀を保ち、薄く張りつめた気が(ただよ)っていた。


 御庭の周囲には譜代(ふだい)の重臣をはじめ、高家、大名筋といった者らがずらりと顔を揃えている。

 幾筋にも立てられた几帳と日除けの(しつら)えは、砂に映る陽光をやわらげ、周囲の風景すら(おごそ)かに染めていた。


 中央──白砂の一段高き場所には、紫檀造りの御座が据えられ、現将軍"扇祇(おうぎ)ナリムネ"が静かに坐している。

 その隣で若く凛とした眼差しを(たた)えるは、次代将軍たる"扇祇カグラ"。

 御座の少し背後には"北州(ヒタカミ)"無双と名高い、将軍斯衛(このえ)筆頭"宗像(むなかた)タツトラ"が控えていた。


 今しも、"上覧武芸試合"の(とき)を告げる陣太鼓が……ゆるりと、三度、庭内に響いた。


 静けさの中──"天衣チグサマル"が、庭の(はし)より進み出でる。

 大大名である"天衣(たかえ)"家は、"(なつめ)家"と並んで聖威大将軍からのご信頼厚い。

 ゆえに当主である"天衣イズナ"と同じ一族であり従者である天衣チグサマルが、此度(こたび)作法役(さほうやく)(おお)せつかったのだった。


『只今より、御上覧にあずかります武芸試合……これを開幕と致す!』



 声を張った開始の言葉の(のち)、作法役の天衣チグサマルがつらつらを試合に際しての心得などを述べている間──東陣の幔幕(まんまく)内に控える"霧縫アルム"は気を充実させていた。


「緊張してる?」


 そう問いかけたのは、義姉にあたる霧縫ノエだった。

 出場者であるアルムの付き人として──子守り兼お目付け役として──師父ドウゲンより命じられてたのだった。


「くっかっはっは、俺がすると思う?」

「ん、ないね」

「わかってんじゃんか。そういえば相手のこと聞いたか?」

「うん、"風間(かざま)流"忍術でしょ。霧縫と違って、今も忍び稼業を続けてる一族」

「そうそう、楽しみだわぁ。わざわざ忍者同士をぶつけるなんて、御公儀(おかみ)もなかなか(いき)なことをしてくれるぜ」


 アルムが着ている霧縫家の戦闘装束を、ノエは丁寧に再確認していく。


「気を付けてね、アルム」

「俺がやられるとでも?」

「違うってば、父上から再三申し付けられたことだよ」

「あぁ~~~、霧縫流を見せすぎるな(・・・・・・)ってやつね」

「上意だから披露するのは仕方ないけど……やりすぎは絶対に後で怒られるから」

「わかったわかった、必要な分だけは()せる。それ以上は見せない」


 装束を確認し終えたノエは最後に、試合用の大小それぞれの木刀に問題ないか改める。



「しっかし口上が長いなぁ、一発抜いてく時間あるかな?」

(たか)ぶってる闘争心を冷めさせちゃダメでしょ」

「逆に冷静になれるってもんだ」


 下世話な笑みを浮かべている義弟(アルム)の股間を、ノエはピンッと指で弾く。


「どうせ夜には房中術の修練するのに」

「こういう状況だからこそ興奮するんじゃん」

「じゃぁ勝って帰ったら、たっぷりしたげるよ」

「よしっ」


 アルムは手の平を握りながらゴキリと鳴らした。


「ただし、傷一つないのが条件だからねぇ~」

今の俺(・・・)に限ってそれはない」


 アルムは大木刀を右手に持ち、小木刀のほうは左手で後ろ腰に差した。



『以上が規則と心得でございます。御前にての技比べ──その武と誇りを余すところなく示されよ」


 出場する武士たちは一礼し、その場からそれぞれの控えまで退()がっていく。


『最初に()(おこな)われまするは、"演舞披露試合"。東方(ひがしがた)──霧縫流、"空迅"霧縫アルム!!』


 名を呼ばれたアルムは無言でノエとうなずき合って、庭上へと歩いていく。


『先の曙誠党の乱において、先駆けとして敵陣を破った若き英雄。霧縫の家はかつて棗家と共に"傾国の魔女"の討伐に多大な助成をし、忍者(しのび)から武家となった一族でございます。こたびの試合で見せるのは武士の技か、忍びの技か、あるいは両方か──」


 アルムは礼法に則った所作を完璧にこなしつつ、特に"扇祇カグラ"──そして"宗像タツトラ"にも視線を流す。

 ノエは特等席とも言える東陣にて膝をつき、義弟(おとうと)の晴れ舞台を見守っていた。



西方(にしがた)──風間流、"闇なる牙"風間テツザン!! 今なお続く忍び一族の長。日向の道は歩かず、常に歴史の影に生く……その(ちから)の一端、御照覧あれ」


 大柄な体躯に背には三本の大木刀。短髪に四角く太い輪郭。色の抜けたような肌に、薄い黒布を重ねた風間流独自の忍装。

 見た目には威圧感があるにも関わらず、実際の気配は薄氷のようにも感じられる不気味さがあった。


「二人とも気兼ねなく存分に技を競え」


 扇祇ナリムネの一言に、アルムと風間テツザンは深く頭を下げる。

 それは暗に忍びの技だろうと、隠さずに見せろと命じているようにも聞こえた。


「タツトラ、二人を見ての感想は?」


 すると扇祇カグラが、小声で耳打ちするのが聞こえてくる。


「……どちらも良き武人かと存じます」


 北州最強とされる男の──低い想像通りといった(ふう)な──はじめて聞く声。



「ふぅん……ねぇ父君、忍びとは顔を(さら)してよいものなのですか?」

「さてな、世の移りには抗えぬといったところか」


「恐れながら。霧縫家は武士なればこそ、顔を隠す必要は既にございません」


 アルムは(うやうや)しい調子は崩さぬまま、そう言葉にした。


「御前に口を差し挟むとは、無礼千万」


 言葉とともに宗像タツトラの射殺すような視線がアルムへと注がれるが、当人は特に気にした様子もなく受け流す。

 いかにアルムが傍若無人とはいえ、当代将軍には公儀御庭番としての天狗面(かお)も素性も知られているがゆえに、気安く割り込んだのだった。


「よいタツトラ、控えよ」


 案の定、扇祇ムネナリは斯衛(このえ)を制し、宗像タツトラは黙したまま従う。



「霧縫アルム、(おもて)を上げなさい。()(ほう)はいくつなのかしら?」

「あと三月(みつき)ほどで十五を数えまする」


 頭を上げたアルムは──本当の生誕日も年齢も定かではないが──仮の答えを口にした。


(わらわ)より若いのね! 風間テツザンのほうは?」

「はッ! (それがし)は四十を数えたばかりでござる」


 問われたがゆえに、風間テツザンはしっかりとした口調で答えた。


「あなたも(おもて)をあげていいわよ」


 扇祇カグラは、アルムと風間テツザンの顔をそれぞれ見比べる。



「親と子ほどね。ところで……なぜ木剣なのかしら?」

「カグラよ……作法役の話をちゃんと聞いておらんかったのか、庭先を血で(けが)さぬ為よ」

「申し訳ありません父君、蝶々に気を取られてしまったもので……。のうタツトラ、木剣で実力を発揮できるものなの?」

「実戦とは異なりますが、技比べであれば十分かと」


 宗像タツトラがそう答えたところで、アルムは不敵な笑みを浮かべて再び差し挟む。


「カグラさま、こちらは"真剣"でも一向に構いませんよ」

「……!? (それがし)も同様でござる」


 すると負けじと風間テツザンも同意してくるのだった。


「ふふっ双方はそれで納得なのね! なかなか良き"(たわむ)れ"と思うのだけど、父君はどう思われます?」

「白き庭砂が血の赤に染まってゆくのは一興ではあるがなぁ……臓腑まで漏れては、臭くてたまらぬぞ」


 そう言われて、扇祇カグラもさすがに嫌そうな顔を浮かべる。



「上さま、ご安心を。(たわむれ)れで庭先は汚さぬとお約束いたします」

「左様。汁が漏れることはありませぬ、流れるとすれば武家の血(・・・・)のみ」

「くっかっはっは、言うじゃんかぁ」


 アルムと風間テツザンの顔は体ごと御前(しょうめん)へと向いていて……眼を合わさぬままバチバチと舌戦を交わす。


「あははっ、二人とも良き気概よ。(わらわ)も真剣による、より実戦に近い勝負を見てみたいわ。父君、いかがでしょう?」


 扇祇カグラは──まるで市井(しせい)の子供が祭りの屋台をねだるように──無邪気に、そして残酷にせがむのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ