#51 導者
「これは……──まるで攪拌でもされたように、全身の血液と共に魔力が乱れている」
与羽村リンドウは、既に気を失った白尾トオルの全身を触診しながら状態を把握する。
「そんなにやばい感じ……?」
「しばらくは魔術も使えなければ、魔力による身体強化もできない。威力も凄まじいが……仮に立ち上がれたとしても、相手を封殺する恐ろしい技だ」
「──凄ェな、老師。今後もありがたく使わせてもらいます」
両の手を合わせて、既にこの世にはいない師を拝む。まさしく絶招に相応しい威力だと。
あるいは大陸での強さを痛感してから、今度こそ通じさせる為に編み出した技術なのかも知れない。
「とりあえずは大丈夫だろう。無属魔術とやらの鎧と、技が不完全? だったおかげで、致死に迫るような破裂までには至ってなさそうだ。ただ縫合した傷口も開いてるし、肋骨はだいぶイッてるなこれは……」
与羽村リンドウは雨に濡れた地面を利用し、白尾トオルの必要以上に動かさないよう体を引きずって屋内へと運ぶ。
「回復力次第だが……最低でも、一週間は安静だろうな」
とりあえずは無事なようで、アルムは安堵する。
「問題があるとすれば追討軍が現れた場合か、村民たちのこともある。それと──」
与羽村リンドウの視線が、ジィ──っとアルムへと注がれる。
「"天狗面"としてこれからどうするつもりか?」
「天狗面じゃなくって、霧縫アルムとしてなら……最初っから決まってるぜ」
ニヤリと唇の端を上げたアルムに、与羽村リンドウは"地蟲鵺の刃針"を強く握り込む。
「弟子にしてくださいッ!!」
アルムはその場で盛大に土下座をして頼み込んだ。
「むっ、これはいささか予想外」
「話の流れで"男の勝負"を再開しちゃっただけで、俺は最初からそのつもりっす。天狗面として貴方を幕府に売り渡すなんて滅相もない」
肩を透かされた心地で、与羽村リンドウは強張った筋肉を弛緩させる。
「人騒がせな」
「退屈しないでしょう?」
まだまだ少年らしさが多分に残ったアルムの笑みに、与羽村リンドウは大きく溜息を吐いた。
「転生者とはずっと会ってみたかったんだ。別の世界の話とか最高じゃん? "宇宙"のことも知ってます?」
「それは、まぁ……一般的な教養の範囲であれば」
「おぉぉぉぉおおおおおーーーーッ!!」
勢いのままにググイッと体を寄せてくるアルム、若さゆえの好奇心と押しに与羽村リンドウは少しだけたじろく。
「師匠、か。それは別に構わないが……異世界の話を聞くだけなら、別に師匠である必要もないのではないか?」
「せっかくだし、医術も知りたいんで」
「なるほど……それは自分としても、是非お願いしたいところだ。魔術に依らない普遍的な医術は、多くの人を救う」
「よっしゃあ! 師匠だと味気ないんで、なんて呼べばいいっすかね? 師父と先生と老師とお師さん以外で、異世界ならではのがあればいいなぁ」
与羽村リンドウは少しだけ考えてから、案を口に出す。
「"ならでは"、か……──医者、いやこの際は"導者"が適切か」
「めんたー?」
「……自分がいた世界の、昔の人物に由来する言葉さ」
「導者、いいっすね。これからそう呼ばせてもらいます、導者。俺のことはアルムと呼び捨てでいいんで」
「わかった、アルム。立場としては構わないが、率直に言って馴染む気がしないから普通に名前で呼んでもらうとありがたい」
「そっすか? じゃぁリンドウさんで」
「なんというか……あまりにもいきなりの関係性になってしまったが、よろしく頼む。さしずめアルムは研修生といったところか」
「研修生──」
想定とは違った形になったものの、リンドウにとってはこれ以上ない最高の関係と相成った。
本来ならば凶悪な敵となるはずが、結果的に強力な味方として得ることができた。
さらにアルムが大陸と取引のある交易商として、"抗生物質"を入手できるアテがあるのならば願ったり叶ったりである。
「ちなみに自分が転生者であることは──」
「無論、言い触らしたりはしませんよ。河村ゲンジロウ──じゃなかった、白尾トオルのこともね」
リンドウはトオルのことを介抱しながら、愚痴に近い言葉を吐く。
「こんな時、自分にも回復魔術が使えればと──つくづく思うよ」
「リンドウさんは使えないんすか? まっ俺も普通の魔術は使えないっすけど、教え方自体は習ったことあるんで、良ければ教えましょうか」
「いや既に自分は何人かに教えを受けたことがある。それでも駄目だったから……恐らく無理なのだろう」
その言葉にアルムは少しだけ考えてから、己自身に照らし合わせて尋ねる。
「もしかしてリンドウさん、魔導とか使えたりしません?」
「……んん」
自分を慕ってくれる研修生相手にもはや隠すようなことはないと、リンドウはいったん言い淀むも正直に告げる。
「確かに、確証があるわけではないが……話に聞いた魔導に類するものは使えているのかも知れない」
「あーーーやっぱり。俺もそうだったんすよ、生まれながらに魔導師だったんで普通の魔術が覚えらんなくって──」
「そういうものなのか」
「俺の先生は、その手の知識は大陸一と本人が豪語するくらい詳しいんで。魔力ってぇ肉眼じゃ見えない個々人の色があって、魔導ってのはそれを濃く保つことが前提条件なんすよ。そこに狂おしい渇望が如き想像が乗っかって、かつ発露させられるだけの才能があると……普通の魔術では到達しえない、魔導という固有の現象を引き起こせるわけです。それが魔力と想像を凝り固まらせてしまって、転じて魔術が使いにくくなる要因だそうです」
理論的に説明されたことで、リンドウはいくつか得心がいったようにうなずく。
「なるほど……心当たりが無くもないな。使いにくくなる、ということは魔術も使えるということなのか?」
「それはそれで才能が要るらしいですし、何年か何十年か掛かるって言ってました」
「使えるという確証があるのなら、いくらでも覚えたいところだが……」
回復魔術は破格なれど、無駄な努力となってしまってはその分だけ救えた命を助けられないことにもなりかねない。
「というわけで、魔導師でも重宝するのがコレ」
アルムは人差し指をピッと立てると、その先から小さな炎が灯る。
「"魔術方陣"──大陸でも失伝しているらしい技術です。魔力を少しずつ繊細に薄めながら伸ばしていく感覚で、精細に紋様を展開することで発動することができます」
「なんと……」
「導者として教えてもらうだけじゃ難なんで、逆に俺が教えますよ。"借りは返す、貸しは返させる"が俺の商売人としてのモットーなんで」
縁によって産まれた新たな可能性の数々に、リンドウはアルムとの出逢いを心底から感謝する。
「たっぷり異世界の話を聞きたいところっすけど、とりあえず俺は"天狗面"の任務に戻ります。追討軍については、てきとーにいなしとくんで安心してください」
「すまないな、よろしく頼む──ちなみに、銀十字協会と共に北州を"変革"する気はあるかね?」
「それはまた別の話っすかね、まぁとりあえずは心中に留めておきます」
そうあっさり答えたアルムは、後ろ手から新たに鞘に納まった刀を取り出してその場に置いた。
「名工"叢正"の一振り──トオルが起きたら渡しといてください。お代は……転生前の大陸の話ってことで」
「了解した」
「それとこれ」
さらにアルムから大きめの巾着袋を手渡される。
「"使いツバメ"の芳香袋っす。リンドウさんも御庭番用の使いツバメにそれを使えば、俺のとこに届くようになるんで」
「使いツバメの運用法を個人で確立できたのか……? あまりに秘密裏すぎて、自分でも調べ切れなかったというのに」
「そもそも使いツバメの発祥って大陸じゃないっすか。商人として伝手があるし、俺の魔導にとっちゃ幕府だろうが庭と変わらないんで」
あっけらかんと言うアルムに、リンドウは思っていたよりもとんでもない人物の師匠になってしまったのだと認識させられる。
「平時は"天魁屋"って名で交易商やってるんでそっち経由か、また黒鷲楼にも通うんで、そん時に連絡ください」
「では特別割引にするよう伝えておくとしよう」
「そりゃありがたいっす。あーそうそう、義足造りはまた今度ってことで」
アルムは立ち上がって"天狗面"をかぶると、最初の時と同様に扉を開けぬまま、その姿を消してしまったのだった。




