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#50 真剣勝負


 アルムは地面を反射するように振り上げられた斬撃を、大刀の()を縦に(なかご)で受けて野太刀を止める。


「ヒューッ! やるねェ」


 軽く十数センチほどは斬り込まれ、アルムはペロリと舌なめずりして小刀を突き込もうとする。

 しかし既に白尾トオルは重心を後方に、肉体を引き絞っていた。


「オルタンス絢爛剣舞・"螺旋疾風突(スパイラルインペール)"──」


 かつて女しかいなかった傭兵部隊の隊長が使い、鮮血にて戦場を彩った──捻りを加えながらの刺突技。

 急激な螺旋の回転によって、斬り込まれていた(なかご)ごと大刀がアルムの手から離れる。


 アルムは反射的に攻撃の為だった小刀を防御へと転じさせ、刺突を受け流しながら横方向へと回避した──直後、白尾トオルは再突進していた。


「カイル式剛剣術・"濁流刃(トゥルヴァテラ)"──」


 白尾トオルは"螺旋疾風突"の最高速を維持したまま、強引なもう一蹴りで進路を変えて、刀の峰に左腕を添えながら全身を叩き付けるようにアルムに斬り掛かる。

 それは共和国で現在もその名を()せし、"自由騎士団"に伝わっている実戦剣術。



鍔迫(つばぜま)り……意趣返しのつもりか」


 アルムは左手で持った小刀のみで、野太刀の全力に拮抗する。

 図ってか図らずか一戦目とは逆になる形で、白尾トオルの刃によってアルムが抑え込まれるような形になっていた。


「だけど? あら不思議、俺の右手には弾き飛ばされたはずの大刀が──」


 言いながらアルムが大刀を引き寄せようとした瞬間、白尾トオルの野太刀の重量が突如として増した。

 それはかつて"刃禍"となったヴィクトル・イーズデイルを討ちし英傑が使っていた魔術の模倣。

 加えて刀身に魔力力場を(まと)い、受け太刀しているアルムの小刀ごと押し斬って断たんとする。



 しかし斬られたのは──アルムが持った小刀ではなく、白尾トオルの野太刀のほうであった。


「っし、上手くいった」

「──ッッ」


 己の全身に走った嫌な感覚に従い、白尾トオルはいったん距離を取る。

 アルムは追撃を仕掛けることなく、ニヤリと笑う。


「いやはや、こんなに面白い闘争は久し振りだ。さすが転生前は大陸の人間だけあって、魔力による肉体強化の使い方っつーの? が他と違う感じ。ラディーアやエドゥアールと()ってる時みたいだ」

「……おぬしこそ、な」

「あとあれだ、"無属魔術"も使ったろ。体内の魔力を意識的に強弱をつけて放出したり、(かたよ)りや厚みを作って(まと)ったりするやつ──だから厳密には魔術という定義からは外れるって先生(マスター)は言ってたけど」


 通常は魔力による身体強化で、自然に漏出している魔力が体全体を(おお)っている。

 それだけで素肌よりは傷つきにくく、より大きな破壊をもたらすが、無属魔術はそれを任意で自在にコントロールするのが神髄となる。


 不可視に加えて、熟達した者は魔術そのものを打ち消すことも可能。

 魔力をそのまま飛ばしたり、リーチを伸ばしたりもできる為、シンプルに強度に直結し、かつ相性に左右されにくい。

 逆に魔力差や練度に差があると、他の絡め手がない限り、より優位な者に勝てる可能性は非常に薄くなってしまう。


「それとそう、魔力効率が悪いのが弱点って言ってた。いきなし重くなったのだけはよくわからんけど……まぁ全部わかってもつまらんからいいか」



 白尾トオルは通常の刀ほどの長さになってしまった野太刀を、馴染ませるように何度か振る。


(めい)こそないが、良き刀だったのだがな……落とし前はつけさせてもらう」


 そう口にしながら白尾トオルは魔力を集中させる。

 無属魔術であれば──難度こそ高いが──刀身がなくとも、魔力力場の刃を上乗せして延長することができる。

 かつて三大神王ディアマは、その膨大な魔力でもって超長大な力場の剣を創り出し、大陸を斬断して極東へと切り離したほどの使い手だったという。


「俺に勝ったら無料でやろうか? ()けても特別価格で売りつけてやるよ」

()らぬ世話──」



 話しながらアルムは大刀を引き寄せて掴むも、(なかご)受けで斬り込まれた所為でバランスが悪かったのか、一度だけ振ってからその場にポイッと捨てる。


「白尾さん! その剣と打ち合うのは賭けになる! 手術の時に見たが得体が知れないぞ!」


 すると与羽村リンドウが大声で差し挟んできた為、アルムの視線が半眼でそちらへと向く。


「オイオイオイオイ、リンドウさん?」

「"手を出すな"という約束は破っていない、口を出した(・・・・・)に過ぎない」

「……なるほどなー。さすがはいくつもの顔を持ち、何足もの草鞋(わらじ)を履き潰してるだけあるぜ。俺に負けず劣らずの減らず口だ。いいさ、舌戦もまた戦争(いくさ)(みょう)。それに──」


 アルムは白尾トオルのほうを見て挑発(あお)る。


「そんな助言ぽっちで、簡単にやめるような尊厳(プライド)の男じゃないもんなぁ?」



「──大陸と違って、肉体も魔力も劣っている極東だが……良いところもある」

「へぇ……?」


 白尾トオルの語り口に、アルムは耳を傾ける。


「技術体系──積み上げられた歴史が違う。魔力強化が未熟な分、大陸なら過程で捨てられる武が残り……大陸では決して到達し得ない、新たな形で芽吹いている」

「そうなんだ??」

おれ(・・)は大陸の剣技を、誰よりも知っている。以前と比べて肉体(からだ)も弱くなったが……だからこそ実感しているよ。楽しみが尽きない、とな」


 饒舌(じょうぜつ)になり、一人称も口調も変わったそれは、白尾トオルではなくヴィクトルとして吐き出されたものだった。


「この真剣勝負(たちあい)感謝する、霧縫アルム。そして拙者(せっしゃ)が勝たせてもらう」


 再び白尾トオルとして諸手で握った太刀を捻転させた体で隠すように、戦場での一騎打ちの際に見た"地源(じげん)流"の構えをとった。


「霧縫流・小太刀勢法──」


 一方でアルムはダランと両手を下げて、左手で持った小刀の刀身を、右手の指で軽くつまむように挟む。



 発条(バネ)仕掛けのカラクリのように弾かれた白尾トオルの肉体。一騎打ちの時の一撃とは比べるべくもない速度で迫る太刀。

 眼には(とら)えられない魔力力場によってリーチが伸びていることを加味し、アルムは明確な想像(イメージ)をもって迎えうつ。


「三代神王の加護ぞあれ」


 呟く声はアルムには届かない、その代わり眼前に迫ったのは"投げ打たれた太刀"であった。

 土壇場で虚を突く一刀投擲。魔力力場で刀身を伸ばすでなく、物理的に飛ばすことでリーチが伸びてくる。


 しかしてアルムは小刀で冷静に太刀を()らしながら、踏み込みつつ斬り落とす。

 一方で白尾トオルは無手のまま──見えない剣を持つかのように──腕を振り下ろした。


 アルムの振るう小刀と白尾トオルの振るう左手が重なる。そこで"決定的な差"が生まれた。

 魔力力場による見えない剣の存在が、アルムの頭によぎっていた。


 刀身がなくとも伸ばせるのであれば、刀がなくとも形成することができるのではと……わずかばかりの逡巡(しゅんじゅん)

 その一瞬の迷いが明暗を分ける。白尾トオルの左手甲が刀身を滑るように鍔元を制し、続く右手がアルムの持つ小刀の()へと伸びていた。


 白尾トオルはそのまま右手で柄頭(つかがしら)を掴むと──左手で抑えた鍔を支点に──上方へと思い切り引っ張る。

 振り下ろしの勢いと梃子(テコ)を利用した跳ね上げ。

 アルムは小刀を保持できず、逆に白尾トオルの両手に握られていたのだった。



「ッ"無刀取り"──!? "神蔭(しんかげ)流"……だと」


 アルムは自身も町道場で習ったことのある流派の、奥義の一つとされる技術(わざ)に面食らう。

 奪い取った小刀をそのまま突き込んで来た白尾トオルの両手首を、アルムはなんとか両手で掴んで止める。


「くっそォ、まんまと乗せられちまった。にしたって得物を捨てるとは……剣士の名折れだろ」

「剣の道とはそんなに浅いものではない。極めれば"無刀"に至るという考え。肉体の延長(いちぶ)どころか"全身全霊(おのれじしん)を刀"とする思想。"(さや)の内なる勝"といった理論もある。剣とは自由で、無限なり」

「モノは言いようだな。まぁ俺も他人(ヒト)のことは言えないけどさ」


 白尾トオルの手首を、アルムは握り潰して折ろうとする──が、魔力力場が皮膜のように(おお)われていて(はば)まれてしまう。


「っげ……無属魔術って存外に厄介」

「命までは取らぬ。が、片瞳(かため)くらいは置いていってもらおうか」


 左眼へと向けられた小刀。

 刃に(まと)われた魔力力場が、切先(きっさき)より伸びてくる──のが空気のわずかな揺らぎでわかる。


「トオルよォ……勝った気でいるな?」



 直後にアルムは左手のみで白尾トオルの手首を抑え──刹那の内に足先から正拳まで魔力の流れと合一させ──打点を幾重にも(つら)ねて浸透する一撃を放っていた。


「っっ……ぐっ、がはぁ──」

「残念だったな、俺は空拳(こぶし)のほうが本職まであるんだ」


 白尾トオルは小刀を落とすと、地面に片手と膝をつき、(こうべ)を垂れる。


「なんとか魔力の力場(よろい)貫徹(つらぬ)けたか、さすがは絶招(ぜっしょう)


 身意八合拳──絶招・"虚勁(こけい)"。

 ロンバン老師の最期の置き土産であり、アルムにとっては特別な想い入れのある技である。


「ってかこれも無属魔術の一種なのかも?」


 全身を通して合一・加速した魔力を、拳の先からほんのわずかに放出していると言える。



「がッ……づグぅ」

「ん、大丈夫か?」


 思ったよりもダメージが深そうな白尾トオルを、"やられた振り"の不意打ちには注意して残心し、アルムはしゃがんで覗き込む。


「勝負あり──ということで、彼を()ても構わないかね」


 するといつの間にか歩を詰めていた与羽村リンドウが、白尾トオルの肉体(からだ)を診断する。


(たす)けられます? そりゃ命を張った真剣勝負だけど、死なれても後味悪いんで」


 アルムは心配そうに尋ねる。このまま命を散らしてしまうにはあまりにも惜しい。

 白尾トオルは貴重な同世界転生者であり、既に2度も戦った仲である。


「これは……──」


 深刻そうな表情を浮かべた与羽村リンドウに、アルムの表情も険しくなるのだった。


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